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魔力ゼロ探偵と美少女たちの魔法学園事件簿 ~その事件、魔法じゃありません!~  作者: にめ
1学年前期:ボタニカル・マギアフェスタ

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第83話 影咲き草と、エルフの里への誘い(2)

第83話 影咲き草と、エルフの里への誘い





 ルミエールは一瞬だけ動きを止めた。


 ほんの一瞬。


 けれど、蒼真にはその表情が見えた。


 花冠を押さえる指が、少しだけ強くなる。


 それでも、ルミエールはすぐに笑顔を作った。


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


「おい……俺は物じゃないぞ」


 蒼真が言うと、エルミナはくすりと笑う。


「分かってるよ。でも、借りていくね」


 そう言って、エルミナは自然に蒼真の腕を取った。


 距離が近い。


 まるで恋人同士のように、腕を組んでいる。


「エルミナ先輩?」


「こっちだよ、蒼真くん」


 エルミナは嬉しそうに歩き出す。


 蒼真は半ば引っ張られるようについていく。


 振り返ると、ルミエールがこちらを見ていた。


 彼女は笑っている。


 けれど、その笑顔は少し寂しそうだった。


 蒼真は何か言おうとした。


 だが、言葉にする前に人の流れに遮られ、ルミエールの姿は展示会場の明かりの中へ遠ざかっていった。


 エルミナに連れられ、蒼真は魔法植物育成コンテストの会場へ移動した。


 そこは、研究発表会場とは違う賑やかさを持っていた。


 広い展示ホールの中に、魔法植物がずらりと並んでいる。


 巨大な花。


 色が変わる葉。


 水晶のような実。


 ふわふわ浮かぶ種。


 音に反応して揺れる蔦。


 足元を照らす光る苔。


 観客たちはそれぞれの展示を覗き込み、驚きの声を上げていた。


「すごいな」


 蒼真は思わず呟いた。


「ここは、植物祭で一番“植物らしい”場所かもしれないね」


 エルミナの声は楽しそうだった。


 先ほどまでの研究者としての凛とした顔とは違い、今は完全に植物好きの先輩の顔になっている。


「育てた人の個性がそのまま出るんだ。魔力の与え方、水の量、土の選び方、光の当て方。全部が植物に残るの」


「人間の癖みたいなものですか?」


「そう。植物は嘘をつかないから」


 エルミナはそう言って、一つの展示の前で足を止めた。


 そこにあったのは、一見するととても地味な植物だった。


 透明に近い花弁。


 薄い茎。


 淡い葉。


 存在感があまりない。


 むしろ、周囲の派手な魔法植物に比べると、見落としてしまいそうなくらいだ。


「これ、私が育てた影咲き草」


「影咲き草?」


「うん。見てて」


 エルミナは展示台の横にある照明用の魔法灯へ手をかざした。


 光の角度が変わる。


 その瞬間だった。


 背後の白い壁に、巨大な花の影が咲いた。


 蒼真は目を見開く。


「……すごい」


 実体の花はほとんど見えない。


 だが、壁に映った影は鮮明だった。


 大きな花弁が幾重にも重なり、輪郭が細かく揺らめいている。


 光源がわずかに動くと、影の花も呼吸するように形を変えた。


「影が花になるのか」


「そう。実体の花弁は薄膜みたいに透明で、肉眼では輪郭がぼんやりとしか見えないの。でも、光を当てると影が咲く」


 エルミナは嬉しそうに説明する。


「光源が複数あると、影が重なって多重開花みたいになるんだよ」


 彼女が別の魔法灯を灯す。


 すると、壁の影が二重、三重に重なった。


 まるで影の花畑だ。


 観客が足を止め、感嘆の声を漏らす。


「きれい……」


「影なのに、花みたい」


「どうやって育てるんだろう」


 エルミナは少し誇らしげだった。


「魔力が安定している個体ほど、影の輪郭がきれいに整うんだ。逆に魔力が乱れると、影が歪んだり、花弁が裂けたみたいに見える」


「つまり、育てた人の魔力制御が影に出るんですね」


「そう。育成者の癖が、そのまま影に残る」


「面白いですね」


 蒼真は影咲き草をじっと見た。


 実体ではなく、影に本質が現れる植物。


 見えているものと、本当に見るべきものが違う。


 それは、事件にも似ている。


 人は見えるものに目を奪われる。


 しかし、真実は時に、光の裏にできる影の方にある。


「蒼真くん?」


「いや」


 蒼真は少し笑った。


「探偵向きの花だなと思って」


「探偵向き?」


「見えているものだけが真実じゃない、という感じがします」


 エルミナは一瞬きょとんとした。


 そして、嬉しそうに微笑む。


「いいね。その解釈、好きだな」


「そうですか」


「うん」


 エルミナは影咲き草へ視線を戻す。


「育てるの、大変だったんだ。光と魔力のバランスがすごくシビアで。少し魔力を与えすぎると影が暴走して、形が崩れちゃう。弱すぎると、そもそも影が咲かない。ただの透明な草に見えるの」


「でしょうね」


 蒼真は頷いた。


「エルミナ先輩、植物のことになると無理しますからね」


「え?」


「体調、気をつけてくださいよ」


 蒼真は自然にそう言った。


「前も温室で倒れていたでしょう。植物が大事なのは分かりますが、先輩自身が倒れたら意味がないです」


 エルミナは固まった。


 長い耳が、少しだけ揺れる。


「蒼真くん……」


「何ですか?」


「気にかけてくれて、ありがとう」


「普通のことです」


「普通じゃないよ」


 エルミナは柔らかく笑った。


 その笑みには、植物の話をしている時とは違う温度があった。


「私、やっぱり君が好きだ」


「……え」


 あまりに真っ直ぐだった。


 遠回しでもなく、冗談めかすでもなく。


 蒼真は一瞬、言葉を失う。


 顔が熱くなるのが分かった。


「エルミナ先輩、それは……」


「ふふ、照れてる」


「照れますよ」


「そういうところも好き」


「追い打ちをかけないでください」


 エルミナは楽しそうに笑った。


 それから、ふと少しだけ真面目な顔になる。


「ところで、さっきのルミエールさんって子は、蒼真くんの彼女かい?」


「か、彼女じゃありませんよ」


 蒼真はすぐに否定した。


 少し早口だった。


 エルミナは目を細める。


「ずいぶん仲が良さそうだったけど」


「クラスメイトです」


「ただの?」


「……ただの、とは言い切れないかもしれませんが」


 蒼真は少し迷った。


 ルミエールとは色々あった。


 最初の事件。


 恋人ごっこ。


 ルミナスブルーム。


 植物祭のランチ。


 花冠。


 イヤリング。


 記念撮影。


 ただのクラスメイト、と切り捨てるには、少し積み重ねが多すぎる。


「大切な友人です」


「友人ね」


 エルミナは意味ありげに繰り返した。


「ルミエールみたいな、気が利いて、可愛らしい女性は……俺には眩しすぎます」


「そうかい?」


「はい」


「お似合いだったよ」


「え?」


「それに、ルミエールさんは君のことが好きだよ」


 蒼真は完全に固まった。


「まさか」


「まさかじゃないよ」


「冗談はよしてください。ただのクラスメイトです」


「君は……鈍感だな」


「え?」


 エルミナは苦笑した。


「まあいい。今はそういうことにしておこう」


「どういう意味ですか?」


「自分で気づかないと意味がないこともある、という意味だよ」


 蒼真はますます分からなかった。


 エルミナは影咲き草の展示札を整え、隣の通路へ視線を向ける。


「そろそろ次に行こうか」


「次?」


「うん。フィナーレの準備が始まる時間なんだ」


「音楽パレードですか?」


「そう」


 エルミナは嬉しそうに頷く。


「約束したでしょう? フィナーレには来てね、って」


「ああ」


 蒼真は思い出す。


 植物研究施設で、エルミナと交わした約束。


 植物祭の最後に、一緒に音楽パレードを見ること。


「一緒に見たかったんだ」


 エルミナはそう言って、また自然に蒼真の腕を取った。


「行こう、蒼真くん」


「はい」


 二人は育成コンテスト会場を出る。


 その時、校庭の方から柔らかな音が聞こえてきた。


 風に揺れる葉の音。


 花弁が鳴らす鈴のような音。


 低く響く木の幹の鼓動。


 それらが重なり、遠くから一つの旋律になって流れてくる。


 エルミナの顔が明るくなる。


「あ、始まったみたい」


「音楽パレードか」


「うん。魔法植物たちの音楽だよ」


 会場の外へ出ると、夕方の光が広がっていた。


 校庭の方では、色とりどりの魔法植物がゆっくり動き始めている。


 植物祭のフィナーレ。


 魔法植物の音楽パレードが、いま始まろうとしていた。

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