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魔力ゼロ探偵と美少女たちの魔法学園事件簿 ~その事件、魔法じゃありません!~  作者: にめ
1学年前期:ボタニカル・マギアフェスタ

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第78話 星露草と黒髪助手のご褒美(2)

第78話 星露草と黒髪助手のご褒美





 魔力の靄が薄れていく。


 リリアの呼吸も少しずつ落ち着いていく。


 森の外へ出ると、植物祭の賑わいが戻ってきた。


 遠くから司会の声、参加者の足音、観客の拍手が聞こえる。


 制限時間は残り少ない。


「急ぎましょう」


「ああ」


 二人はゴール地点へ向かった。


 受付の前には、すでに何組もの参加者が集まっていた。


 採集籠を抱えた生徒たちが、スタッフに素材を提出している。


 跳ね根を大量に持っている組。


 火照り苔を抱えた組。


 金粉草で服を金色にしてしまった組。


 それぞれ苦労の跡が見える。


 蒼真とリリアが到着すると、受付スタッフの上級生が笑顔で迎えた。


「お疲れさまです。採取素材を確認しますね」


 リリアが鞄を開く。


 まず、霧隠れシダ。


 スタッフが頷く。


「状態良好ですね。葉の欠けも少ないです」


 次に、月光花。


「月光花……この時間でよく採れましたね。花弁も傷んでいません」


 さらに、風紡ぎ綿。


 スタッフの表情が少し変わる。


「風紡ぎ綿まで……しかも繊維が潰れていない。高品質です」


 リリアは少し得意げだ。


 蒼真は横で見ている。


 最後に、星露草。


 保存容器を開けた瞬間、スタッフの手が止まった。


「……え?」


 周囲のざわめきが一瞬だけ遠のく。


 スタッフは容器の中を見て、もう一度リリアを見る。


 さらに蒼真を見る。


「星露草……ですよね?」


「はい」


 リリアが涼しい顔で答える。


「しかも、複数本……?」


「はい」


「根の状態もほぼ完璧……?」


「はい」


「こんな短時間で?」


「はい」


 スタッフは言葉を失った。


 近くにいた別のスタッフが覗き込み、同じように目を丸くする。


「星露草に、月光花、風紡ぎ綿まで……こんなに希少植物をよく短時間で集めましたね」


 蒼真はリリアに小声で聞いた。


「すごいのか?」


 リリアはにこっと笑う。


「さあ? わかんない」


「絶対分かってるだろ」


「どうかしら」


 彼女はわざとらしく首を傾げた。


 その顔は、どう見ても分かっている顔だった。


 提出が終わると、結果発表まで少し待つことになった。


 参加者たちは広場へ集められる。


 植物祭の中央ステージには、司会役の上級生と審査員の教師たちが並んでいる。


 観客も集まっていた。


 フレイアが遠くから蒼真を見つけ、手を振る。


「あ! 蒼真たちだ!」


 ルミエールもその隣にいた。


 金髪を揺らし、笑顔でこちらを見ている。


 セレナは少し離れた位置で腕を組んでいたが、視線は確かに蒼真たちへ向いていた。


 エルミナの姿も、植物研究会の生徒たちの近くに見えた。


 彼女はにこにこと、どこか誇らしそうにこちらを見ている。


「見られてるな」


「そうね」


「緊張するか?」


「少し。でも、それ以上に楽しみだわ」


 リリアは採集鞄を抱きしめる。


「本当に優勝できるかしら」


「できるんじゃないか?」


「根拠は?」


「スタッフがあれだけ驚いてた」


「それはそうだけど」


「それに、リリアが頑張った」


 リリアの頬が赤くなる。


「……そういうの、結果発表前に言わないで」


「なぜ?」


「嬉しくなるからよ」


「ならいいんじゃないか」


「よくないの。顔が緩むでしょう」


 すでに緩んでいるように見えたが、蒼真は黙っておいた。


 やがて、司会の声が響く。


「お待たせしました! 魔法薬の材料採集競争、結果発表です!」


 拍手が起こる。


 三位、二位と発表されていく。


 それぞれの組がステージへ上がり、賞品を受け取る。


 リリアは静かに聞いていた。


 だが、手は少し強く鞄を握っている。


 蒼真はそれに気づく。


「リリア」


「何?」


「大丈夫だ」


「まだ発表されてないわ」


「でも、大丈夫だ」


「……根拠は?」


「さっきと同じ」


「雑ね」


「でも、間違ってないだろ」


 リリアは小さく笑った。


 そして。


「そして今年の優勝は――」


 司会が大きく息を吸う。


「蒼井蒼真さん、九条リリアさんペア!」


 大きな拍手が起こった。


 一瞬、リリアは動かなかった。


 聞こえていなかったのかと思うほど、ぴたりと固まっている。


「リリア」


「……」


「呼ばれてるぞ」


「……勝った?」


「ああ」


「本当に?」


「本当に」


 リリアはゆっくりと息を吸い、それからぱっと笑った。


 その笑顔は、今まで見た中でも一番明るかった。


「やった……!」


 彼女は蒼真の腕を掴んだ。


「蒼真、勝ったわ!」


「ああ」


「本当に勝った!」


「そうだな」


「本が!」


「そこか」


「そこよ!」


 二人でステージへ上がる。


 司会が興奮気味に説明する。


「こちらのペアは、霧隠れシダ、月光花、風紡ぎ綿、そして高品質な星露草を複数本採取! 希少度、品質、採取難度、すべてにおいて最高評価となりました!」


 観客からどよめきが起こる。


 星露草という名前が出た時、特に反応が大きかった。


 リリアは少し誇らしそうに胸を張る。


 蒼真は隣で、なるほど本当にすごかったのか、と今さら理解する。


 そして、賞品が運ばれてきた。


 重厚な革装丁。


 表紙には金色の魔法文字。


 分厚く、古びた雰囲気を持つ一冊。


 『古代薬草術大全――アルケミア・コーデックス』


 リリアはそれを見た瞬間、完全に目の色を変えた。


「……本物」


 小さな声。


 震えている。


 司会から本を受け取ると、リリアは両手で抱きしめるように持った。


「すごい……復刻写本だけど、注釈が新しい……紙質も保存用……表紙の刻印、これたぶん王立薬草院の認証印……」


 完全に本の世界へ入っている。


 蒼真は少し離れて見守った。


「そんなに嬉しいか?」


 リリアは顔を上げた。


「嬉しいに決まってるじゃない!」


 次の瞬間、彼女は本を片腕に抱えたまま蒼真へ飛びついた。


「ありがと、蒼真!」


「おっと」


 蒼真は反射的に受け止める。


 周囲からまた歓声と冷やかしが起きた。


 リリアは一瞬、自分が抱きついていることに気づいて赤くなる。


 だが、離れない。


「……これは、優勝の喜びだから」


「そうか」


「そうよ」


「なら、よかったな」


「ええ」


 リリアは本当に幸せそうだった。


 その表情を見ていると、蒼真も手伝ってよかったと思えた。


 競技が終わり、二人はステージを降りる。


 リリアはさっそく本を開きかけている。


「歩きながら読むなよ」


「分かってるわ」


「開いてるぞ」


「見るだけよ」


「読む気だな」


「一行だけ」


「絶対一行で終わらない」


 リリアはむっとしながらも、本を閉じた。


 その代わり、大事そうに胸に抱える。


「研究部に戻ったら読むわ」


「今じゃないのか」


「今は……」


 リリアはちらりと蒼真を見る。


「もう少しだけ、余韻に浸る」


「本の?」


「あなたと勝った余韻よ」


 蒼真が黙る。


 リリアは少し赤くなりながらも、今度は訂正しなかった。


 その時だった。


「みーつけた」


 聞き慣れた明るい声が背後から響いた。


 蒼真が振り返る。


 金色の髪が、植物祭の光を受けてふわりと揺れていた。


 ルミエール・ド・アルセリア。


 彼女はにこにこと笑いながら、こちらへ歩いてくる。


「ルミエール」


「優勝おめでとう、蒼真さん。リリアさんも」


 ルミエールは上品に微笑む。


 リリアも眼鏡を直し、同じように微笑み返した。


「ありがとう、ルミエールさん」


 笑顔。


 笑顔。


 だが、蒼真はその間に一瞬だけ見えない火花が散ったような気がした。


「どうかしたか?」


 蒼真が尋ねると、ルミエールは少しだけ頬を膨らませた。


「どうかしたか、じゃないわよ。蒼真さん、植物祭で私との約束、忘れていませんか?」


「約束?」


「朝、カフェで私のケーキを食べてくれたでしょう? でも、そのあとすぐフレイアに連れていかれて、セレナに連れていかれて、今度はリリアさんと競技」


「あ……」


 蒼真は言葉に詰まる。


 確かに、ルミエールとは朝のカフェ以降、ほとんど一緒に回れていない。


 ルミエールは微笑んだまま、蒼真の腕を取った。


「だから、次は私の番」


「今からか?」


「今からよ」


 リリアが本を抱えたまま、静かに言う。


「ルミエールさん、蒼真は今、競技を終えたばかりで疲れているわ」


「あら。なら、なおさら休憩が必要ね」


「休憩?」


「一緒に屋台を回って、何か食べるの。ちょうどお昼もまだでしょう?」


 蒼真の腹が、絶妙なタイミングで小さく鳴った。


 沈黙。


 リリアが蒼真を見る。


 ルミエールも蒼真を見る。


「……腹は減ってる」


 蒼真が正直に言うと、ルミエールは満足そうに笑った。


「決まりね」


 リリアは小さく息を吐いた。


「……本を受け取ったばかりだし、私は研究部に一度戻るわ」


「リリア」


「大丈夫よ」


 リリアは本を抱きしめ、少しだけ近づいて小声で言う。


「約束。研究部に来ること」


「ああ。行く」


「絶対よ」


「約束する」


 リリアは満足そうに頷いた。


 そして、ルミエールへ視線を向ける。


「蒼真をあまり困らせないでね」


 ルミエールはにっこり笑う。


「それは蒼真さん次第かしら」


「……そう」


 また見えない火花。


 蒼真は、嫌な予感しかしなかった。


 ルミエールは蒼真の腕を軽く引く。


「行きましょう、蒼真さん」


「ああ」


 蒼真はリリアへ振り返る。


「リリア、また後で」


「ええ。また後で」


 リリアはそう言って、本を抱えたまま微笑んだ。


 その笑顔は少し寂しそうで、それでも満足そうだった。


 蒼真はルミエールに引かれ、屋台の並ぶ通りへ歩き出す。


 背後では、リリアが手に入れた古代薬草術大全を大事そうに抱きしめていた。


 材料採集競争は終わった。


 だが、植物祭はまだ終わらない。


 次に待っているのは、金髪の令嬢との時間だった。

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