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その事件、魔法ではありません。~魔力ゼロ転移者の魔法学園生活~  作者: にめ
1学年前期:ルミエールの相談

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第11話 部活動見学と、守られる覚悟

第11話 部活動見学と、守られる覚悟


 放課後の鐘が鳴ると、教室の空気は一斉にほどけた。


 だが蒼真の周りだけは、ほどけない。


 視線が絡みつき、囁きが背中に貼りつく。


「ねえ、昨日の……」

「ほんとに委員長の恋人なの?」

「転入生って、あの子だよね?」


 噂は、事実より速い。


 しかも厄介なことに、今は否定すればするほど“物語”が補強される段階に入っていた。


 蒼真は短く息を吐き、席を立つ。


「蒼真」


 澄んだ声。


 振り向くと、ルミエール・ド・アルセリアが立っていた。背筋は伸び、表情は完璧な微笑みだ。だが、その瞳の奥には、今日一日ずっと抑えていた疲れと緊張が、ほんの少し滲んでいる。


「放課後、時間ある?」


「ある」


 即答すると、周囲の女子たちがざわめく。


「委員長から直接……」

「やっぱり……」


 ルミエールはそのざわめきを、気品のある一瞥で静める。


「クラス委員長として、蒼真の校内案内を任されてるの。放課後になったし、これからどう?」


 言い方はあくまで公的。


 だが蒼真には分かる。


 この言葉には、“ここから先は私が引き取る”という意思が含まれている。


 蒼真は頷いた。


「頼む」


「ふふ。じゃあ、行きましょう」


 そのまま並んで歩き出す。距離は近い。意図的に近い。


 廊下の空気が変わる。


 視線が増える。


 そして――噂は、さらに燃料を与えられる。


 ◆


 校舎を出て中庭へ向かう途中、ルミエールは楽しげに言った。


「恋人っぽいこと、アピールしなくちゃね」


 蒼真は足を止めかけて、すぐに歩調を戻す。


「あからさまに刺激したら、ストーカー被害が強くなる」


「蒼真が守ってくれるんでしょ♪」


 軽い調子。だが、彼女の声には確かな信頼があった。


「……やれやれ」


 蒼真が呟くと、ルミエールは笑う。


「まずは、私が所属する馬術部から見てまわりましょう」


 馬術部は校舎の裏手、厩舎と練習場が並ぶ一角にあった。


 近づくほどに、干し草と獣の匂いが混ざる。


 馬の鼻息。


 蹄が地面を叩く音。


 そこは魔法学園の中にありながら、魔法とは違う“生き物の力”が満ちていた。


「ようこそ。ここが馬術部よ」


 ルミエールが言う。


 部員たちが彼女を見る目は、委員長を見る目とは違った。


 敬意と親しみ。


 彼女はここでは、ただの“上品な貴族令嬢”ではなく、騎手として認められている。


「着替えてくるわ」


 そう言って姿を消し、数分後。


 ルミエールは騎乗服に着替えて戻ってきた。


 制服よりも体の動きが分かる。腰のライン、背中の真っ直ぐさ、そして歩き方の軽さ。


 髪をまとめ、いつもの飾り気ある雰囲気が、引き締まった。


 蒼真は言葉を失いかけた。


 ――別の顔だ。


 彼女は部員から手綱を受け取り、愛馬の首筋を優しく撫でる。


 馬は小さく鼻を鳴らし、落ち着いた目で彼女を見返した。


「見てて」


 ルミエールは一度だけ蒼真を振り向き、微笑む。


 そして軽やかに鞍へ。


 姿勢が美しい。


 脚の使い方が無駄なく、馬の動きと一体化している。


 小さな合図だけで馬が反応し、速度が変わり、方向が変わる。


 蒼真は思わず口にした。


「……美しい」


 ルミエールは馬上でちらりとこちらを見る。


「見惚れた?」


「否定はしない」


「ふふ。馬との呼吸を合わせるのがポイントよ」


 彼女が指先で手綱をわずかに引くだけで、馬は素直に歩調を落とす。


 まるで会話しているようだった。


 騎乗を終えたルミエールは、馬を落ち着かせながら蒼真へ近づいた。


「蒼真も触ってみる?」


「……いいのか」


「もちろん」


 ルミエールは少し考えるような素振りを見せてから、悪戯っぽく笑った。


「それじゃ、一緒に乗りましょうか」


「……は?」


 有無を言わせぬまま、彼女は蒼真の腕を引き、鞍の前へと導く。


「大丈夫よ。蒼真が前、私が後ろ」


 そう言って、先に軽やかに跨がると、当然のように手を差し出してきた。


 蒼真は一瞬逡巡したが、周囲の視線と馬の落ち着いた様子を見て、覚悟を決める。


  前に蒼真、後ろにルミエールという形で鞍に収まった瞬間、想像以上に距離が近かった。


 馬が一歩動いた拍子に、柔らかな感触が背中に当たる。


 意識しない方が無理だった。


 馬が一歩動いた拍子に、ルミエールの背中が蒼真の胸に触れる。


「っ……」


「姿勢、崩さないで」


 そう言って振り向いたルミエールの胸元が、蒼真の腕に柔らかく押し当てられた。


「……近いぞ」


「恋人なんだから、これくらい普通でしょ?」


 平然と言われ、蒼真は言葉を失う。


 馬は二人の気配を気にも留めず、穏やかに歩いている。


「力、抜いて。私の動きに合わせて」


 ルミエールはそう言いながら、蒼真の手を取り、手綱の持ち方を教える。


 背中越しに伝わる体温と、確かな鼓動。


 蒼真は内心で深く息を吐いた。


 心拍が、馬の歩調と妙に重なる。


「……信頼してるな」


「馬は嘘が嫌いなの」


 ルミエールは少しだけ真面目な声で言った。


「怖いときは、怖いって分かる。嫌なときも、嫌って分かる」


 その言葉に、蒼真は昨日の彼女を思い出した。


 怖かったのだ。


 抱きついたのは、その感情が限界を越えたから。


 そしてそれが、今日“恋人の証拠”として歪められている。


 蒼真は短く頷いた。


「……行こう」


 ルミエールは一瞬驚いた顔をして、それからすぐに柔らかく笑った。


「ええ」


 ◆


 次に向かったのは魔法研究部。


 部室は、静かな熱気に満ちていた。


 壁一面の書架。


 机の上に散らばる魔法陣の設計図。


 浮遊する小さな光の球。


 そして――床に描かれた複数の陣。


 扉を開けた瞬間、九条リリアが顔を上げた。


 眼鏡の奥の瞳が、蒼真を見つけてわずかに明るくなる。


 だが、その視線はすぐ隣のルミエールに移った。


「……ルミエールさん」


 リリアの声は静かだ。


「校内で、いちゃつきすぎじゃない?」


 軽い冗談のように言った。


 しかし、蒼真は気づく。


 これは冗談の顔をした、牽制だ。


 ルミエールは微笑みを崩さない。


「ふふ、噂になるくらい仲がいいってことね」


 そう言って、リリアへ向き直る。


「あなたが魔法陣を研究してる九条さんよね? 前から興味があったの」


「……私に?」


「ええ。理論派って聞いたわ。蒼真が話しやすそうにしてたから


 その呼び方に、リリアの指がわずかに止まる。


「……蒼真、ね」


 小さく呟き、誰にも聞こえないはずの声で続けた。


「(私も……そう呼びたい)」」


 リリアは一瞬だけ言葉に詰まり、眼鏡を押し上げた。


「……光栄ね」


 リリアは小さく鼻を鳴らす。


 蒼真は間に入った。


「研究の邪魔をしたなら、すまない」


「別に」


 リリアは視線を逸らす。


「邪魔じゃないわ」


 言いながら、リリアは蒼真の方へ一歩寄る。


 ルミエールはそれを見逃さない。


 彼女もまた、蒼真の腕に軽く触れた。


 触れたというより、“ここは私の隣”と示しただけ。


 リリアは眼鏡を指で押し上げる。


「……で、何か用?」


「部活見学だ」


「なら、説明する」


 リリアはすぐに切り替え、魔法研究部の説明を始めた。


 魔法陣の解析。


 触媒の扱い。


 術式文の翻訳。


 そして、実験記録の管理。


「ここは派手さはないけど、世界の土台を触る場所」


 その言い方が、妙に格好よくて。


 蒼真は思わず頷いた。


「……分かる」


 リリアの口元が少しだけ上がった。


 その一瞬の柔らかさに、ルミエールが小さく咳払いをする。


「こほん」


 リリアが眉を上げる。


「なに?」


「次に行きましょう」


 ルミエールは穏やかに言う。


 だが、穏やかさの奥に“譲らない”がある。


 リリアは小さく肩をすくめた。


「はいはい」


 ◆


 次は、蒼真が本命として興味を持っていた魔法剣術部。


 練習場は活気に満ち、金属音と魔力の震えが混ざっていた。


 剣がぶつかる音。


 足捌き。


 息遣い。


 そして、刃に薄く乗る魔力の光。


 入った瞬間、蒼真の体が自然と緊張する。


 ここは危険がある。


 だが同時に――自分が必要としている場所でもある。


「あら」


 声がした。


 銀髪が揺れる。


 セレナ・ヴァイスリヒト。


 今日の朝、教室でアリシアに言いすぎた張本人。


 しかし今の彼女は、剣を握る者の顔をしている。


「魔法剣術に興味があるの?」


「ある」


 蒼真は短く答えた。


「魔力がゼロらしいので、武術を覚えたい」


 セレナは目を細める。


「いい心得ですわ」


 そして微笑んだ。


「魔法が使えないなら、なおさら基礎が重要。ぜひ入部しなさい」


「魔法剣術部は、剣術も学べるのか」


「もちろん」


 セレナは迷いなく言う。


「剣に魔法をのせるのが基本だけれど」

「魔力切れでも戦えるように、純粋な剣術も嗜みますわ」


 彼女は訓練用の剣を取り、軽く振った。


 刃が空気を切る。


 次に、剣先に薄く魔力が灯る。


「これが“のせる”」


 光は派手ではない。


 だが、刃の性質そのものが変わるのが分かった。


「魔力の流れを刃に沿わせて、触れた瞬間に解放する」


「魔法陣は?」


「不要。即応が命だから」


 セレナは近い。


 説明のために、距離が自然に詰まる。


 蒼真も聞き入ってしまい、いつの間にか二人の距離は、会話の“適正”を越えていた。


 その様子を、少し離れた場所でルミエールが見ている。


 彼女の表情が、わずかに曇った。


「……こほん」


 咳払い。


 蒼真が顔を上げる。


「魔法剣術部は、このあたりにして」


 ルミエールは微笑んでいる。


 だが、微笑みの奥が少しだけ硬い。


「次に行きましょう」


 セレナが目を細め、楽しそうに笑う。


「ふふ。入部、お待ちしてますわ」


 蒼真は頷いた。


「検討する」


 ◆


 その後もいくつかの部を回った。


 治癒・補助魔法部。


 飛行術研究会。


 薬草・錬金部。


 結界・防御術研究部。


 魔法演劇部では、幻術で作られた舞台装置に驚かされた。


 天文観測会では、望遠鏡のような魔導具が夜空を覗いていた。


 気づけば夕暮れ。


 学園の石造りの壁が、赤い光を受けて金色に染まる。


「こんな時間……」


 ルミエールが小さく呟く。


「付き合わせたな」


「いいの」


 彼女は即答した。


「蒼真が、学園でちゃんと居場所を作れるなら」


 その言葉が、蒼真の胸に落ちる。


 居場所。


 それは事件の解決よりも、もっと根の深い問題だった。


 ◆


 寮の前で立ち止まる。


 夜の風が冷たい。


 別れ際、ルミエールは少しだけ言い淀んでから、蒼真を見上げた。


「……週末、覚えてますの?」


「ああ」


「デートだろう」


 蒼真がそう言うと、ルミエールの頬が一気に赤くなる。


「わたくし……男性とデートするの、初めてでして……」


「ルミエールの家に向かうんだよな?」


「……ええ」


 小さく頷く。


 彼女は一歩、蒼真に近づき、声を落とした。


「……怖いの」


「何が」


「週末じゃない」


 ルミエールは笑おうとして、うまく笑えない。


「また、誰かに見られてるかもしれない。誰かが、どこかで私を見ていて……」


 蒼真はすぐに答える。


「俺がいる」


 たったそれだけ。


 だが、ルミエールの目が少しだけ潤む。


「……うん」


 そして、照れ隠しのように言った。


「じゃあ、恋人役の練習も、もう少ししていい?」


「……ここでか」


「だって、見られて困るなら、最初から見せておけばいいのよ」


 蒼真は言い返そうとして、やめた。


 確かに理屈としては間違っていない。


「やれやれ」


 蒼真がそう言うと、ルミエールは楽しそうに笑った。


 その笑顔が、少しだけ救いに見えた。


 蒼真は彼女と別れ、寮の中へ入る。


 背後に、気配があった。


 視線。


 ほんの一瞬。


 だが確かに。


(……近いな)


 蒼真は振り返らず、足を速めた。


 噂は真実より速い。


 そして、執着は静かに距離を詰める。


 週末が、すぐそこまで来ていた。


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