第75話 黒髪眼鏡の助手と、取り戻した約束(1)
第75話 黒髪眼鏡の助手と、取り戻した約束
魔法植物の相性迷路を抜けた先には、昼下がりの光と、植物祭の喧騒が広がっていた。
花で編まれた門の向こうでは、色とりどりの魔法植物が風に揺れている。淡い光を放つ苔が道の両脇を照らし、蔦で作られたアーチには小さな鈴のような花が吊るされていた。
風が吹くたびに、ちりん、ちりん、と澄んだ音が鳴る。
その音の中で、セレナ・ヴァイスリヒトは銀髪に花冠を乗せたまま、どこか落ち着かない様子で立っていた。
白、青、薄紫。
迷路の途中で蒼真が選び、慣れない手つきで編んだ花冠だ。決して器用な出来ではない。けれど、丁寧に作られていることだけは伝わる。
そして何より、その色合いはセレナの銀髪によく似合っていた。
「……何を見ているの」
セレナが横目でこちらを見る。
睨んでいるようでいて、耳のあたりが赤い。
「いや、似合ってると思って」
「二度言わなくていいわ」
「まだ一度しか言ってない」
「心の中でも言ったでしょう」
「それはさすがに言いがかりだ」
蒼真がそう返すと、セレナはふいっと顔をそらした。
その手には、青い雫のような小さな核が握られている。
蒼淵の心核――アビス・コア。
相性迷路の中央で、二人の欠片を台座に重ねた時に生まれた希少な魔法触媒だ。
古代の水精霊王が残した心臓の欠片とも言われる品。
水属性の安定だけでなく、複数属性の制御や精神集中の補助にも関わるらしい。光と土を主軸にしながらも、魔力制御を重視するセレナには、かなり相性がいい品なのだろう。
セレナはそれを、壊れ物のように丁寧に見つめていた。
「本当に、私が持っていていいのね」
「ああ。俺が持っていても使えないし、セレナが持っている方が意味がある」
「……そういう言い方を、平然とするのね」
「変か?」
「変ではないわ。ただ……」
セレナは一瞬だけ言葉を止めた。
そして、小さく息を吸う。
「蒼真のそういうところ、好き」
言った。
言ってしまった。
セレナ自身も、言葉が口から出た瞬間に気づいたらしい。
凛とした顔が、見事なまでに赤く染まる。
「……今のなし!」
「ん?」
「聞かなかったことにして!」
「何を?」
「だから、それを聞かないで!」
普段のセレナなら、もっと冷静に言葉を選ぶはずだった。
だが今は違う。
花冠を押さえ、アビス・コアを握りしめ、ほとんど逃げるように一歩下がる。
「私はこれを保管してくるわ。あなたは……その、また変なことに巻き込まれないようにしなさい」
「俺が巻き込まれている前提なのか」
「違うの?」
「……否定はしきれない」
「でしょうね」
セレナは少しだけ口元を緩めた。
その笑みもまた、普段より柔らかい。
「それじゃあ、また後で」
「ああ。また後で」
セレナは花冠を大切そうに押さえたまま、人混みの向こうへ歩いていった。
蒼真はその背中を見送りながら、ふっと息をつく。
植物祭が始まってから、ずっと誰かに連れ回されている気がする。
フレイアとはバトルレースに出た。
セレナとは相性迷路を回った。
エルミナとはフィナーレの約束がある。
そして――。
「蒼真」
背後から、涼しい声がした。
聞き覚えのある声。
蒼真が振り返ると、そこには黒髪に眼鏡の少女が立っていた。
九条リリア。
腕を組み、少しだけ目を細めている。
怒っている、というより。
拗ねている。
「リリア」
「ええ。リリアよ」
「どうした?」
「どうした、じゃないわ」
リリアは一歩近づいてくる。
その眼鏡の奥の瞳が、じっと蒼真を捉える。
「カフェでの話、途中だったんだけど?」
「あ」
蒼真はそこで思い出した。
魔法植物カフェで、リリアが何かを言いかけていたことを。
たしか、フレイアとルミエールが合流して、そのままフレイアに引っ張られてバトルレースへ向かった。
その後、フレイアと優勝し、さらにセレナに連れていかれ、相性迷路へ。
つまり。
「……ごめん」
「素直ね」
「忘れてた」
「正直ね」
「言い訳はしない」
「そこは少し言い訳しなさいよ」
リリアは呆れたように息を吐いた。
けれど、声には本気の怒りはない。
「フレイアに連れて行かれて、戻ってきたかと思ったら今度はセレナ。あなた、本当に目を離すと誰かに持っていかれるわね」
「物みたいに言うな」
「だってそうでしょう?」
「俺にも意思はある」
「その意思が、押しに弱いのよ」
リリアの指摘は鋭かった。
蒼真は何も言い返せない。
リリアはそんな蒼真を見て、少しだけ頬を緩めた。
「まあ、いいわ」
「いいのか?」
「ええ。もういい」
そう言って、リリアは蒼真の隣に立った。
そして、ごく自然に、蒼真の腕へ自分の腕を絡める。
「その代わり、今日は付き合ってもらうから」
「リリア?」
「逃がさないためよ」
「逃げるつもりはないんだが」
「あなたの場合、自分から逃げなくても、周りが連れていくの」
「……否定できない」
「でしょうね」
腕に触れるリリアの体温が近い。
黒髪が肩のあたりで揺れ、眼鏡の奥の瞳がわずかに横を向く。
リリアは普段、理論や知識を武器にする少女だ。
感情をむき出しにすることは少ない。拗ねても、怒っても、どこか一歩引いた言い方をする。
けれど今は、腕を絡めたまま離さない。
拗ねている。
けれど、どこか嬉しそうでもある。
「どこへ行くんだ?」
「ついてくればわかるわ」
「説明は?」
「途中でする」
「探偵としては事前情報が欲しい」
「助手の指示に従いなさい」
「俺が探偵で、リリアが助手じゃなかったのか?」
「今日だけ逆でもいいでしょう?」
リリアはそう言って、蒼真を引っ張るように歩き出した。




