第73話 炎が開くゴールへの道(2)
第73話 炎が開くゴールへの道
次の瞬間、根が一気にせり上がった。
「きゃっ!」
フレイアが思わず蒼真にしがみつく。
「落ちるなよ」
「蒼真が落とさないで!」
「善処する」
「そこは任せろって言って!」
「任せろ」
「言わされてる!」
叫びながらも、二人は根の壁の上へ押し上げられた。
視界が開ける。
森迷宮ゾーンの全体が、少しだけ見えた。
根の壁が複雑に曲がり、道がいくつも枝分かれしている。
そして遠くに、ゴールの旗が見えた。
赤と金の旗。
観客席の手前。
かなり近い。
だが、地上から普通に進めば、何度も迷路を曲がらなければならない。
「あっちか」
蒼真が指さす。
フレイアも同じ方向を見る。
「ほんとだ! 見えた!」
「ただし、根の上に長くいると目立つ」
下から蔓が伸びてきた。
まるで、上にいる二人を引きずり下ろそうとしているようだった。
蒼真はすぐに判断した。
「跳躍ツタを使う」
「また飛ぶの!?」
「最短距離だ」
「さっきも飛んだじゃない!」
「慣れてきただろ」
「慣れてきた自分が怖いわよ!」
言いながらも、フレイアは跳躍ツタへ魔力を流した。
根の足場の端から、緑のツタが大きくしなった。
「行くぞ」
「もうっ、行くわよ!」
ツタが弾けるように伸びる。
二人の身体が森の上空へ飛び出した。
「きゃあああっ!」
フレイアの悲鳴が響く。
蒼真は彼女を支えながら、空中でゴールの位置を確認した。
まだ少し距離がある。
跳躍ツタだけでは足りない。
予定通りだ。
「フレイア、大丈夫か?」
「うん! ちょっとびっくりしただけ!」
「なら次だ」
「次!?」
跳躍の最高地点。
蒼真は足元に残していた風花草の効果を確認する。
フレイアが魔力を込めれば、空中でも短く噴射できる。
「ラストだ。風花草」
「わ、分かった!」
フレイアが風花草を発動させる。
青白い花粉が後方へ噴射され、二人の身体が空中で前へ押し出された。
森の上を滑るように飛ぶ。
下では根の壁がうごめき、食虫植物が口を開けている。
だが、そこにはもう落ちない。
フレイアは恐怖と興奮が混ざった声を上げた。
「わーーー!」
そして、蒼真にぎゅっと抱きつく。
さっきよりも強い。
胸がしっかりと当たり、蒼真は一瞬だけ息を詰まらせた。
「フレイア、少し力が強い」
「だって落ちそうなんだもん!」
「落ちないようにしてる」
「なら、ちゃんと支えて!」
「支えてる」
「もっと!」
「これ以上は動きにくい」
「今は理屈じゃないの!」
フレイアは目を閉じたまま叫んだ。
蒼真は少しだけ苦笑する。
だが、すぐに前を見る。
ゴールが近い。
旗が見える。
観客席も見える。
だが、その直前で、植物の壁が立ち上がった。
太い蔓と根が絡み合い、ゴールへの道を塞いでいる。
「届かなかったか……」
二人は森迷宮ゾーンの出口近くに着地した。
ゴールは見えている。
だが、数メートル先に巨大な植物の壁がある。
他チームもまだそこまでは来ていない。
ここで止まれば、追いつかれる。
フレイアは蒼真の腕から離れ、前へ出た。
「あとは任せなさい」
「フレイア?」
彼女の赤い瞳が燃えていた。
これまでのような照れや戸惑いではない。
火属性魔法使いとしての、まっすぐな闘志。
「ここまで蒼真が道を作ってくれた。だったら、最後は私が開く」
フレイアの足元に赤い魔力が集まる。
周囲の空気が熱を帯びる。
植物祭用の安全結界が反応し、周囲に淡い光の膜が走った。
蒼真は一歩下がる。
直感的に、これは近くにいるとまずいと思った。
フレイアは杖を構えた。
赤い髪が熱風で揺れる。
「ヴォルカニック・ブレイク!!」
次の瞬間、轟音が響いた。
炎が一直線に走る。
爆発ではない。
ただ燃やすだけでもない。
圧縮された火属性の魔力が、岩盤を割るような衝撃で植物の壁を打ち抜いた。
蔓が弾ける。
根が裂ける。
花弁が火の粉のように舞う。
だが、安全結界のおかげで周囲には燃え広がらない。
植物の壁だけが、まるで扉を開くように左右へ崩れた。
ゴールへの道ができていた。
蒼真は目を瞬かせた。
(今後は、フレイアを怒らせないようにしよう)
本気でそう思った。
フレイアは肩で息をしながら振り向く。
その顔は、誇らしげだった。
「よし、蒼真、行こう!」
「ああ」
二人は再び走り出した。
足首と手首はまだ繋がれている。
けれど、もう動きに迷いはなかった。
内側。
外側。
内側。
外側。
最後の直線。
観客席の声が大きくなる。
『な、なんという突破だ! 森迷宮ゾーンを上空から攻略し、最後はフレイア選手の火属性魔法がゴールへの道を切り開いた! これは速い! これは届くか!?』
ゴールラインが迫る。
フレイアが叫ぶ。
「蒼真!」
「分かってる」
「最後、合わせるわよ!」
「ああ」
二人は同時に踏み込んだ。
そして――。
『ゴール!!』
司会の声が会場に響き渡った。
『フレイア・蒼真ペア、ゴールです! 優勝は、フレイア・蒼真ペアです!!』
次の瞬間、会場が歓声に包まれた。
花吹雪が舞う。
光る花弁が空から降り注ぐ。
観客席から拍手と歓声が飛ぶ。
フレイアは一瞬、何が起きたのか分からないように固まっていた。
そして、司会の言葉を理解した瞬間、ぱっと顔を輝かせた。
「勝った……」
「ああ」
「勝ったのよね!?」
「勝った」
「やったああああ!」
フレイアはその場で跳ねた。
足が繋がっているため、蒼真も少し引っ張られる。
「おっと」
「勝った! 勝ったわよ、蒼真!」
「ああ。おめでとう」
「おめでとうじゃなくて、蒼真も一緒に勝ったの!」
「そうだな」
「そうよ!」
フレイアは満面の笑みで蒼真を見る。
顔は汗で少し濡れている。
髪も乱れている。
けれど、その笑顔は今までで一番輝いていた。
やがて係員が来て、足首と手首の蔓紐を外してくれた。
自由になった瞬間、少しだけ身体が軽くなったように感じる。
だが、手首が離れたことに、フレイアがほんの少しだけ名残惜しそうな顔をしたのを、蒼真は見逃さなかった。
その後、簡易の表彰台へ案内された。
司会が大げさに腕を広げる。
『それでは、今年の優勝ペアに賞品を授与いたします! 火竜の花鱗、そして火霊の種!』
係員が、二つの箱を持ってきた。
一つ目の箱には、赤く輝く花びらが入っている。
火竜の花鱗。
花びらとは思えないほど硬質で、竜の鱗のような形をしている。表面には炎のような模様が走り、光を受けると赤金色に輝いた。
二つ目の箱には、小さな種が入っている。
火霊の種。
見た目は小さいが、中心に小さな火が灯っているように見える。種の中で、赤い光がゆっくり脈打っていた。
フレイアは両方を見て、目を輝かせた。
「すごい……本物だ……」
声が震えている。
それほど欲しかったのだろう。
だが、次の瞬間、フレイアは少し難しい顔になった。
賞品は二人に一つずつではない。
火竜の花鱗が一つ。
火霊の種が一つ。
つまり、ペアで相談して分ける必要がある。
フレイアは賞品を見つめ、それから蒼真を見た。
「蒼真」
「なんだ?」
「どっちにする? 火竜の花鱗と火霊の種」
「どちらもフレイアがもらいなよ」
蒼真は即答した。
フレイアが固まる。
「え?」
「どちらもフレイアがもらえばいい」
「え、えええ!? いいの!?」
「ああ」
「だって、蒼真も一緒に優勝したのよ?」
「でも、どちらも火属性魔法使い向けのレアアイテムなんだろ。俺が持っていても使えないし」
「でも……」
「最初からそのつもりだった」
蒼真は淡々と言った。
「フレイアが欲しいから出たんだ。なら、フレイアが持つのが自然だろ」
フレイアの目が大きく揺れた。
そして、次の瞬間。
「やったー!」
フレイアは火竜の花鱗と火霊の種の箱を大事そうに抱えた。
それから、勢いのまま蒼真へ抱きつく。
「ありがとう、蒼真!」
「お、おい」
突然の抱擁に、蒼真は固まった。
フレイアの身体が近い。
さっきまで何度も密着していたはずなのに、レースが終わってから抱きつかれると、また意味が違って感じる。
観客席から、ひゅう、と冷やかすような声が上がった。
フレイアは気にしていない。
むしろ、嬉しさの方が勝っているらしい。
「ほんとに、ほんとにありがとう!」
「ああ。役に立ったならよかった」
「役に立ったどころじゃないわよ! 蒼真がいなかったら、絶対勝てなかった!」
「最後はフレイアが道を開いた」
「そこまで連れてきてくれたのは蒼真でしょ」
フレイアは満面の笑みで言った。
そして、少しだけ背伸びする。
蒼真の耳元に顔を寄せた。
「じゃあ今度……」
吐息が耳にかかる。
蒼真の身体がわずかに固まった。
フレイアは、いたずらっぽく囁いた。
「私を好きにしていいからね」
「……は?」
蒼真の思考が止まった。
今、何と言った。
聞き間違いか。
いや、聞き間違いではない。
フレイアは、確かにそう言った。
私を好きにしていい。
その意味を考えようとして、蒼真の顔に一気に熱が上がる。
「フ、フレイア、それは――」
フレイアはにやっと笑った。
レース中に散々赤面させられた仕返しだと言わんばかりの顔だった。
「ふふ。蒼真、顔赤い」
「……今のは、普通に反応に困る」
「困らせたかったから」
「おい」
「じゃあ、賞品、大事にしまってくるわ!」
フレイアは火竜の花鱗と火霊の種を大切に抱え直し、軽やかに駆け出した。
数歩進んでから振り返り、大きく手を振る。
「またね、蒼真!」
「あ、ああ」
蒼真は手を上げ返した。
だが、まだ顔の熱が引かない。
会場では、表彰式の余韻が続いている。
花吹雪が舞い、観客はまだ拍手している。
実況は、フレイア・蒼真ペアの大胆な攻略を興奮気味に語っていた。
しかし蒼真の頭に残っていたのは、最後の一言だけだった。
――私を好きにしていいからね。
「……どういう意味だ」
蒼真は小さく呟いた。
考えても答えは出ない。
いや、考えるほど顔が熱くなる。
蒼真は片手で口元を押さえ、視線を逸らした。
魔法植物バトルレースには勝った。
だが、最後の最後で、別の意味では完全に負けた気がした。




