第73話 炎が開くゴールへの道(1)
第73話 炎が開くゴールへの道
森迷宮ゾーン。
それが、魔法植物バトルレース最後の難関だった。
蒼真とフレイアの前に広がっていたのは、ただの森ではない。
太い根が地面を這い、蔓が垂れ下がり、巨大な葉が道を覆っている。木々は密集し、奥へ進むほど光が薄くなっていく。花のトンネルの華やかさも、花粉嵐の白い荒々しさも、つる橋の開放感も、巨大花ジャンプ台の浮遊感も、ここにはない。
あるのは、深い緑。
湿った土の匂い。
そして、生き物の腹の中へ入っていくような圧迫感だった。
『さあ、ついに来ました! 最終難関、森迷宮ゾーン! ここを抜ければゴールです! 優勝は誰の手に渡るのか!』
実況の声が、遠くから響いてくる。
観客席の歓声も聞こえるが、森の入口に立つと、それすら少し遠のいたように感じた。
フレイアは、火竜の花鱗と火霊の種という賞品を思い出しているのか、赤い瞳を燃やしていた。
「ここを抜ければゴールよ」
「ああ」
蒼真は頷いた。
足首と手首は、まだ蔓紐で固定されたままだ。
ここまで何度も走り、跳び、転がったせいで、二人三脚の違和感はかなり薄れていた。むしろ、フレイアの重心の移動や足の出し方が、手首の蔓紐から伝わってくる。
フレイアも同じらしく、最初ほど距離の近さに慌てなくなっていた。
ただし、蒼真が少し身体を寄せると、まだ耳が赤くなる。
「行くわよ」
「ああ」
二人は森迷宮ゾーンへ足を踏み入れた。
最初の道は、意外と広かった。
左右には根の壁があり、頭上には葉が重なっている。足元は柔らかな土で、走りづらいほどではない。
だが、蒼真はすぐに違和感を覚えた。
森が静かすぎる。
いや、音はある。
葉が擦れる音。
根が軋む音。
花が開閉するような、湿った音。
けれど、それらがすべて、こちらの動きに合わせているように聞こえた。
「右へ行けそうね」
分岐に差しかかり、フレイアが右を指した。
蒼真は一瞬だけ左を見た。
左の道は細いが、地面に踏み跡がある。
右の道は広い。
だが、奥の葉が妙に新しい。
「待て」
「え?」
「右はやめよう」
「なんで?」
「道が広すぎる。誘っているように見える」
「誘ってるって……植物が?」
「このレースなら、あり得るだろ」
フレイアは少し考え、それから頷いた。
「分かった。蒼真に任せる」
二人は左の細い道へ入った。
その直後、右の広い道の奥で、根の壁が音を立てて閉じた。
フレイアが目を丸くする。
「うそ……」
「やっぱり罠だったか」
「今の、よく分かったわね」
「新しい葉が多かった。さっき作られた壁だと思った」
「そんなところまで見てるの?」
「見ないと迷う」
「ほんと、蒼真らしいわ」
フレイアは感心したように笑った。
だが、森迷宮はそこで終わらない。
しばらく進むと、さっき通ったはずの道が消えていた。
蒼真が振り返る。
背後にあったはずの分岐が、太い根の壁で塞がれている。
フレイアも気づいた。
「ねえ、蒼真」
「ああ」
「この迷路、動いてない?」
「動いてるな」
蒼真は、根の壁に手を伸ばしかけてやめた。
触れる必要はない。
根は生きている。
ゆっくりと、しかし確実に位置を変えている。
枝葉も、道を隠すように伸び縮みしている。
「なんか、生きてるみたい……」
「実際、生きてるんだろうな」
「まともに歩いてたら、ゴールにたどり着けないんじゃない?」
「その可能性が高い」
蒼真は森の奥を見る。
どの道も似ている。
目印になりそうな花も、時間が経てば閉じたり開いたりする。
地図を頭の中で作っても、壁が動くなら意味がない。
迷路を攻略する方法を変える必要がある。
その時、甘い香りが漂ってきた。
フレイアの足が一瞬だけ鈍る。
「ん……?」
「フレイア?」
「なんか、ちょっと……ぼーっとする……」
蒼真は顔をしかめた。
近くに咲いている薄桃色の花が、甘い香りを放っている。
香りの罠花。
パンフレットにあった妨害系植物の一種だ。
魔力を含んだ香りで、判断力や反応を鈍らせる。
蒼真自身には、ほとんど影響がない。
おそらく、外部魔力による干渉だからだ。
「俺には効いていないな」
「ずるい……」
「体質だ」
「ほんと、こういう時だけ便利よね」
「普段は魔法が使えないけどな」
「それはそれで蒼真らしいけど」
フレイアは頭を振り、香りから意識を切り離そうとする。
蒼真はフードを軽く引き寄せ、フレイアの鼻元を少し覆った。
「これで少しはましだろ」
「またそういうことを自然に……」
「何か言ったか?」
「なんでもない!」
フレイアは赤くなりながらも、少し呼吸を整えた。
その時、前方の茂みが揺れた。
小さな食虫植物が口を開ける。
牙のような葉が並び、ぱくぱくと何かを噛むように動いていた。
フレイアは杖を構える。
「燃やす?」
「全部?」
「全部」
「できるのか?」
「ごめん、全部はちょっと無理かも……」
「だろうな」
「だろうなって何よ!」
「ここ全部を燃やしたら、レースどころじゃなくなる」
「それはそうだけど!」
フレイアは頬を膨らませる。
だがすぐに表情を引き締めた。
「じゃあ、どうするの?」
蒼真は周囲を見回した。
迷路は動く。
香りの罠もある。
食虫植物もいる。
まともに進むほど、体力と時間を奪われる。
ならば――。
「まず、現在地を知る」
「現在地?」
「ああ。迷路の中から迷路を見るから分からない。上から見る」
「上からって……」
フレイアが言い終わる前に、蒼真は近くにあった根のガード用の植物へ視線を向けた。
「フレイア、根のガードを使えるか?」
「防壁を作るやつ?」
「そう。ただし、防壁じゃなくて足場にする」
「足場?」
「根を下からせり上げる。上へ行く」
フレイアは一瞬だけぽかんとした。
それから、ぱっと笑った。
「ほんと、蒼真って変な使い方思いつくわね」
「褒めてるのか?」
「褒めてる!」
フレイアが根のガードに魔力を流す。
地面が低く唸った。
太い根が、二人の足元からぐぐっと盛り上がってくる。
「フレイア、こっちに乗って」
「う、うん」
二人は根の上へ乗った。
足と手首が繋がれているため、自然と肩が触れる。




