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魔力ゼロ探偵と美少女たちの魔法学園事件簿 ~その事件、魔法じゃありません!~  作者: にめ
1学年前期:ボタニカル・マギアフェスタ

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第70話 火属性少女のお願い(3)

第70話 火属性少女のお願い



 蔓紐を結び終えると、二人は立ち上がった。


 肩が近い。


 腕も近い。


 フレイアの髪が、蒼真の頬に少し触れた。


 甘い花の香りと、フレイア自身の明るい熱のような気配が近い。


 蒼真は少し姿勢を正した。


「近いな」


「二人三脚なんだから当たり前でしょ!」


「そうだが」


「な、なによ。嫌なの?」


「嫌ではない」


「っ……!」


 フレイアは一瞬黙り、次の瞬間、蒼真の腕を軽く叩いた。


「そういうの、さらっと言わない!」


「今のも駄目なのか」


「駄目じゃないけど駄目!」


「難しいな」


 フレイアは顔を赤くしたまま、前を向いた。


「と、とにかく練習するわよ。まずは歩幅を合わせるところから」


「分かった」


「せーの、右!」


 二人は一歩踏み出した。


 同時に出すべき足が、ずれた。


「わっ」


「おっと」


 フレイアが前のめりになり、蒼真が肩を支える。


 その拍子に、フレイアの身体が蒼真に寄りかかった。


 柔らかな感触が腕に当たる。


 フレイアは硬直した。


 蒼真も一瞬動きを止めた。


「……大丈夫か?」


「だ、大丈夫!」


 フレイアは慌てて離れようとしたが、足が結ばれているため完全には離れられない。


 余計にバランスを崩し、今度は蒼真の方へ倒れかける。


「危ない」


 蒼真が腰に手を添えて支えた。


 フレイアの顔が、さらに真っ赤になった。


「こ、腰!」


「支えただけだ」


「分かってるけど!」


 周囲の練習ペアがちらちらとこちらを見る。


 蒼真は冷静に言った。


「まず、掛け声を固定しよう。右、左、よりも、内側、外側の方が分かりやすいかもしれない」


「内側、外側?」


「結ばれている足が内側。自由な足が外側」


「あ、なるほど」


「最初は内側から出す。次に外側。これを一定のリズムで繰り返す」


「分かったわ」


 二人はもう一度並び直す。


 蒼真が言う。


「内側」


 二人の結ばれた足が出る。


「外側」


 自由な足が出る。


「内側、外側、内側、外側」


 ゆっくりだが、今度は進めた。


 フレイアの表情が明るくなる。


「いけるじゃない!」


「まだ歩いているだけだ」


「歩けなきゃ走れないでしょ」


「それはそうだ」


 少しずつ速度を上げる。


 最初はぎこちなかったが、蒼真がリズムを取り、フレイアがそれに合わせる形で安定してきた。


 フレイアは運動神経がいい。


 彼女は一度感覚を掴むと、すぐに動きが滑らかになった。


「よし、次は軽く走るわよ!」


「いきなりか」


「大丈夫、いける!」


「その大丈夫は信用できるのか?」


「できる!」


 二人は走り出した。


 三歩目で少しずれる。


 五歩目で体勢が傾く。


 七歩目でフレイアが笑い出す。


「ちょ、ちょっと、蒼真、真面目な顔しすぎ!」


「真面目に走らないと転ぶ」


「それはそうだけど!」


 笑いながら走るフレイアにつられて、蒼真も少しだけ口元を緩めた。


 祭りの喧騒。


 足元の蔓紐。


 隣で笑うフレイア。


 魔法植物に囲まれたレース会場。


 異世界に来てから、事件や謎ばかりに向き合ってきた気がする。


 だが、こういう時間もあるのだと、蒼真は少しだけ実感した。


 その後、簡易的な植物の試用も行った。


 まずは盾葉。


 フレイアが魔力を込めると、近くの大きな葉がふわりと広がり、二人の前に盾のように展開した。


「これは防御ね」


「意外と硬いな」


 蒼真が指で軽く叩くと、葉は弾力のある音を立てた。


 次は霧花。


 小さな白い花が開き、周囲に薄い霧を発生させる。


「花粉嵐ゾーンで使う予定よ」


「視界も悪くならないか?」


「そこは私が調整するわ」


「頼む」


 次は跳躍ツタ。


 これは練習用の低出力だったが、それでも二人の身体がふわりと浮く程度の力があった。


「おっと」


「わっ!」


 着地の瞬間、またバランスを崩しかける。


 蒼真がフレイアの肩を支え、フレイアが蒼真の腕を掴んだ。


 二人の距離がまた近くなる。


「……本番、これをもっと高く跳ぶのか?」


「そうね」


「大変だな」


「でも、蒼真がタイミング見てくれるんでしょ?」


「できる限りは」


「じゃあ大丈夫」


 フレイアは迷いなく言った。


 その信頼の早さに、蒼真は少しだけ驚く。


「ずいぶん信用するんだな」


「当たり前でしょ」


「当たり前なのか?」


「うん」


 フレイアはまっすぐ蒼真を見た。


「蒼真は、ちゃんと見てくれるから」


 それは、事件の時から彼女が感じていたことなのかもしれない。


 蒼真は魔法が使えない。


 けれど、見ている。


 誰が何をしたのか。


 何が起きたのか。


 誰が傷ついているのか。


 その視線に、フレイアは何度も救われてきた。


 だから、彼女は迷わず頼める。


 蒼真は、少しだけ目を伏せた。


「期待に応えられるようにする」


「そこは、任せろ、くらい言いなさいよ」


「任せろ」


「言わされてる感じがする!」


「実際、言わされた」


「もう!」


 フレイアは笑った。


 その笑顔は、いつもの彼女らしくて、蒼真も少し安心した。


 練習スペースの外では、観客がどんどん増えている。


 屋台の呼び込みも賑やかになってきた。


 実況席らしき高台では、魔道具の調整をしている生徒がいる。声を拡大するための水晶球が、何度か光を放った。


 その少し後ろ、観客席の一角に、リリアとルミエールの姿が見えた。


 リリアは腕を組み、コースを観察している。


 ルミエールは蒼真たちに気づくと、小さく手を振った。


 フレイアも大きく手を振り返す。


「見に来てくれたんだ」


「応援だろうな」


「よーし、いいところ見せなきゃ」


「気合いを入れすぎるなよ」


「分かってるって」


 その返事は、少し信用しきれなかった。


 だが、フレイアの表情は真剣だった。


 賞品が欲しい。


 火竜の花鱗と火霊の種。


 それは彼女にとって、ただの珍しい景品ではない。


 火属性魔法使いとして、もっと上へ行くためのきっかけかもしれない。


 蒼真は、もう一度コース全体を見た。


 花のトンネル。


 つる橋。


 花粉嵐。


 巨大花のジャンプ台。


 森ゾーン。


 根の迷路。


 観察すべき点は多い。


 魔法が使えない自分にできることは、限られている。


 だが、限られているからこそ、役割を間違えないことが大事だ。


 フレイアは魔法植物を動かす。


 蒼真は見る。


 選ぶ。


 判断する。


 それが、このチームの形だ。


 やがて、実況席の水晶球が大きく光った。


 会場全体に、明るい声が響く。


『お待たせしました! ボタニカル・マギアフェスタ名物、魔法植物バトルレース、まもなく開始です! 参加者の皆さんは、スタート地点へお集まりください!』


 観客席から歓声が上がる。


 フレイアは、蒼真の方を向いた。


 赤い瞳が、まっすぐに輝いている。


「行こう、蒼真」


「ああ」


 蒼真は頷いた。


 フレイアが手を差し出す。


 一瞬、二人三脚で足はすでに繋がっているのだから、手まで取る必要はないのではないかと思った。


 だが、蒼真は何も言わず、その手を取った。


 フレイアの手は温かかった。


 彼女は少しだけ驚いた顔をして、それから嬉しそうに笑う。


「絶対、勝つわよ」


「怪我しない範囲でな」


「そこは勝つって言いなさいよ!」


「勝つ」


「また言わされてる!」


 フレイアは笑いながら、蒼真の手を引いた。


 二人は足を揃え、スタート地点へ向かう。


 花のトンネルの前には、すでに何組もの参加者が並んでいた。


 観客席からの声援。


 屋台の香り。


 光る花々。


 足元を結ぶ蔓紐。


 隣で燃えるように笑う火属性少女。


 蒼真は静かに息を整えた。


 魔法は使えない。


 だが、見ることはできる。


 考えることはできる。


 そして、隣の少女が勝ちたいと願うなら、そのためにできることをするだけだ。


 実況の声が、再び会場に響いた。


『参加者、スタート位置についてください!』


 フレイアが小さく言う。


「蒼真」


「なんだ?」


「頼りにしてるから」


「ああ」


 蒼真は前を見た。


「任せろ」


 今度は、言わされた言葉ではなかった。


 フレイアは一瞬だけ目を丸くし、それから、今日一番の笑顔を見せた。


 花のトンネルの奥で、光が揺れている。


 魔法植物バトルレースが、まもなく始まろうとしていた。

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