guilty 44. ヤバい女とエンカウントした委員長が薬中厄介オタクみたいになってしまった
キーンコーンカーンコー…
「さあ植木、放課後になったわ。行くわよ」
授業の終わりを告げるベルが鳴り終える前に委員長が俺の席にズカズカとやって来た。本人は別に怒っているわけではないのだろうけどその歪んだ顔め…仏頂面のせいでレースクイーな婦警さんに職質されているような気分になる。いや、それだと俺にとっては只のご褒美になるな。訂正。本人は怒っているわけではないのだろうけどその仏頂面のせいで世紀末モヒカンな頭をしたナースさんに職質されているような気分になる。いや、色々とおかしい。おかしいのは俺の頭かな。
「は、早いね。そんなに急かさなくてもゆっくりとくればいいのに」
「アンタ、痴呆症の気があるからね。数時間後には水洗式の便所みたく約束事を綺麗さっぱり忘れてしまう可能性があるから。文句を言われたくなかったら汲み取り式の頭を心掛けなさい」
委員長はクドクドとご高説を垂れる。
い、いきなり得意技のお説教ですか。人の頭を水洗式やら汲み取り式やら言いたい放題だな。世間が許すなら浣腸をお見舞いしているところだぞ。嘘です。堅気じゃない方に目の前に何億円積まれても怖くてやらないです。早くも俺の気分はしなしなになった干し柿状態である。
「わ、忘れてないってば。作戦会議だろ。落ち着いて話せる喫茶店がいいんだよな」
「ええ、分かってるわね。行くわよ」
委員長はウンウン頷くと、俺の腕を引き上げるように掴む。急に女子に無理やり腕をとられたものだから、俺は悪の女幹部に拐われた虚弱体質の宇宙人状態である。
「え、ちょっ、いた、痛いです。ランボーにしないで。こ、この腕はなに?」
「念の為よ。アンタ、夢遊病の気があるからね。気付いたらゲラゲラと笑いながら明後日の方向に走り出す可能性があるから。不本意ながらもこうやってアンタを腕で拘束する必要があるわ」
なにそれヤバい地に渦巻く風土病かな。
「に、逃げださないってば。とにかく、腕を組むのは目立つし、勘違いされちゃいそうだから勘弁して欲しいんだけど」
「や、役得ってことかしら。気にしなくてもいいわよ、これは作戦遂行のためだからね」
委員長は俺から目を背けて、なんかごにょごにょ言っている。ダメだ、ニホンゴが通じないよ。言葉の通じない悪の女幹部とこれ以上ここで問答しても時間の無駄である。
「おっ、二人でデートか? 俺も参戦してもいいかなっ?」
「お前はとっとこ部活に行け太郎」
ホモサピエンスもとい折原を適当にあしらいつつ、俺と委員長は腕を組みながら教室を出ていくのであった。一日で二人の女子に腕を組まれたのは童貞人生でこれが初である。全然望まない形で、だけど。
──校門。
「あ、先ぱ……は?」
外に出るべく委員長と恋人のように腕を組みながら校門を通り過ぎようとすると、一人の見覚えのある女子が俺に駆け寄ってきた。櫻井である。……アッ!そうだ、しまった!今日の放課後、コイツとメシ食いに行く約束していたのをすっかり忘れていた!水洗式便所マンの俺くんです。
「や、やあ。こんにちは」
「むー……」
取り敢えずどうしたものかと、挨拶すると櫻井は口に含む餌の配分を間違えた錦鯉みたくぷっくりと頬を膨らませていた。す、拗ねている。仲間に玩具を取られた園児みたいに彼女は拗ねている!流石の俺も櫻井の表情からある程度の心情を汲み取れるのであった。
「デュ、デュフ」
直ぐ隣にいる委員長に目を向けると、湯通しした蛸のように顔が真っ赤に染まり、オタクみたいに笑いながらスマホのマナーモードのように震えていた。ふ、震えている。大人のイケナイ玩具みたいに彼女は震えている!エッ、なんでコノヒト、いきなり遅れてやってきた一昔前のオタッキーみたいになっちゃってるの?怖……。
「……先輩、私とご飯の約束してましたよね? 何で彼女連れなんですか?」
もう滲み出る怒りを堪えるかのように櫻井は俺に話しかけてくる。
「い、いや。こ、この方は彼女ではない。ETな俺が脱走しないようにこうやって腕を拘束してもらっている悪の女幹部なのです」
「は? 何ですかそれ、意味分かんないです。先輩は護送中の被疑者ですか?」
いや、俺も意味は分かっていないから深くは聞かないで欲しい。
「は、はじめまして! 拙者は委員長の佐々木あかねと申すものでござる、ヨロちく!」
委員長は櫻井に向かって高速でお辞儀しながらシャウトする。ワァ、びっくりした。心臓に悪いからいきなり声を上げないでおくれよ。委員長のってどんな自己紹介だよ。貴方の一人称って拙者だったっけ?一歩間違えたら危ない噛み方してるし。それに貴方、櫻井とファーストコンタクトじゃないよね。二回くらい面識があるんじゃない?初めて街コンに参加した陰キャみたいに思いっきりテンパッとるぞ。
「え? は、はあ……は、初めてまして? い、いや、初めましてじゃないですよね? 前に会ったことがあるような」
「あ、貴女が櫻井雛ちゃんで、でででちゅね? お、おぉおうおうおうおう、おおおお噂はかねがね聞いておりまちゅ! ヒャー、愚息の推しはかぁいいでござるうううううう!!」
ヤバい、委員長のキャラが崩壊し過ぎて別人格が乗り移った危ない人みたいになってる。
「い、委員長…どもりすぎ、どもりすぎ。ちょっと、一旦、落ち着いて。深呼吸しよう、深呼吸、な?」
「そ、そうね……スーハー、スーハー……私は落ち着いたわ。ケフン、取り乱してごめんなさいね、雛ちゃん。取り敢えず、サインもらえるかしら?」
みるに見かねた俺が嗜めると、鼻血を滴しながら淡々と口にする委員長。まだこれっぽっちも落ち着いてないよ、コノヒト。
「は、はい? サイン? 連帯保証人のサインは絶対にしちゃだめって親に言われてるので。ごめんなさい」
「そう、残念だわ……なら、ちょちょっと、デュフフ。クリームパンみたいなかぁいらしい雛ちゃんの手をギュッと拙者の汚ならしい手で握ってもいいでござるか?」
アイドル劇場にいる厄介オタクみたいなことを言い出す委員長。言葉だけでなく何か挙動もおかしい。そのままポリスに連行されてもおかしくない絶望的な面構えをしとるぞ。
「えっ……い、嫌です」
「あ、握手が嫌ならハグでも良いわよ! ハグからの首もとをクンカクンカでも良いわよ! クンカクンカしている最中に誤って耳たぶを甘噛みでも良いわよ! ヨロシクオナシャーーッス!!」
「いや、そんな全部良くないんですけど!? 土下座されても困るっていうか、ヒエエエ、気持ち悪いです!」
明らかに要求レベルが上がってるんですけど。
あの、ここ校門でめっちゃ目立っているんです。櫻井は明らかに引いた顔して、委員長から一歩距離を取っている。いや、何か知らんけど今日の委員長は悲惨だな、色々と。
「せ、先輩」
深々と頭を垂れている委員長を尻目に櫻井が慌てた様子で俺の制服の裾を軽く引っ張る。
「な、何だよ」
「な、何で私この人に迫られているんですか?」
「し、知らないよ。先刻まではマトモだったんだけど。お前と出会った瞬間、薬中患者みたいに取り乱したんだよな。お前なんか脇の辺りから委員長を惑わす変なフェロモンが出てんじゃないのか?」
「ふぇっ、フェロモン!? わ、脇からフェロモンって……ッ、か、嗅がないで下さい! え、えっち」
わざわざ自分から俺を近付けたかと思ったら今度は俺から距離を取り、わなわなと震えながら暴言を吐く櫻井。じょ、冗談のつもりで言ったんだけど。急に年頃の女子みたいな反応をするんじゃない。口癖のようにオジサンにチカンチカン言ってた普通じゃないお前は何処に行ったんだよ。
「お、お互いのことをより深く知るためには、そう、そうだわ! デート! デートをしませう!」
頭を垂れていた委員長はいきなり頭を思い切り上げる。うわ、何かまた変なことを言い出した。櫻井は俺の背中に回り込んで『ヒィ』とか怯えている始末である。
「で、デートって……い、委員長。件の作戦会議はどうすんのさ?」
「みゃああああああ! さ、作戦会議? ナニソレ美味しいのかしら? あっアンタのジャングルみたいにボウボウなケツ毛をどうやって生まれたての赤ちゃんみたいにつるっつるに剃毛するかの作戦会議は本日終了しました、アッチョンブリケ」
委員長はピ●コみたく両手で頬を押さえ、オロオロと狼狽えている。いや、俺への風評被害が凄まじいな。謎の作戦会議をなかったことにしたいのか良く分からんが、混乱しすぎて話が支離滅裂である。
「と、取り合えず収拾がつかないから落ち着いて話せる場所に移動しようか」
「ええ、ええ……それならオススメな喫茶店があるわよ、着いてきなさい」
委員長は鼻息を荒くしながら俺たちに背を向け歩き出す。いや、行きたくねえな……何だか嫌な予感しかしない。こういう時の嫌な予感は結構当たってしまうことが多い。逃げようかな。ヤバい女から脱走するのが得意な俺ならば行けそうな気がする。
「ふ、ふふ……先輩。何処に行こうとしてるんですか」
俺の肩をがっしりと掴む櫻井。やだ、エスパー!?
「い、嫌だなあ……あとは二人で未来永劫お幸せにとかそんなことこれっぽっちも考えてないです」
「な、何をとんでもないことを考えているんですか! ま、マジでここに居てください! このままじゃ私、あの人にお嫁に行けない身体にされちゃいます!!」
櫻井は目に涙を溜めて、俺にしがみつく。
ま、マジ泣きするな。逃げにくくなるだろ。ていうか、こうがっちりホールドされては逃げようにも逃げられない。俺は諦めておかしくなった委員長と元からおかしい櫻井に付き合うことにした。
──喫茶店。
委員長に案内されてやってきた喫茶店は外観は木造のシックでモダンな感じの良いところであった。フム、確かにここなら委員長の荒れた心も癒してくれそうな気がするぜ。
「お帰りなさいませ! ご主人様! お嬢様!」
扉を開けると視界に黒と白をベースとしたドレスを身に纏った女性店員が飛び込んできた。め、メイドさん!?普通の感じの良い喫茶店だと思ってたら中は別世界だったでござるの巻。
「い、委員長…お、落ち着けるのか、ここ?」
「落ち着いた良いところでしょ。コンカフェじゃなくてメイド喫茶だし、問題ないわ」
委員長は我が物顔でまるで自分の家のように空いた席に着き、淡々とそう口にする。いや、会話してえ……。何が問題ないのかさっぱり分からん。ところでコンカフェって何だ?コン●ームカフェの略称かな。ど、ドドドドスケベ過ぎるやろ。おしぼり代わりに避妊具なんか出された日には俺は蟹のように泡吹いて失神しているだろう。
「へえー、私、冥土喫茶って初めて来たのですけれどおかしいですね……どうやら先輩好みの冥土オジサンはいないようです。残念でしたね、先輩」
櫻井は店内を子供のようにキラキラとした瞳で見回していたかと思うとお目当ての人物がいなくてガッカリしたのかションボリとした顔になる。残念なのはお前の頭だ。
「ふざけるな、オヤジがメイド服を装備して汗水流して必死に働いている訳が無いだろ。俺のメイドさんを穢すんじゃない」
「俺のメイドさんて……。あーあっ、何かつまらないです。先輩、良かったらメイドさんのコスしてみます?」
「しょ、正気か? 俺みたいな脛毛が生えた陰キャが厚化粧して無理矢理コスなんかしたら脛毛メイドというバケモノが爆誕しちゃうぞ。全世界のメイド愛好家が焼き討ちしてきそうだわ」
「あら、私はそうは思うわないわよ? アンタ、結構、その道の通が好みそうな童顔してるし、脛毛と可愛い顔とドレスのギャップがたまらんとか思う人もいるのじゃない?」
櫻井とメイド談話していると向かいで座っていた委員長も参戦してきた。いや、先刻のように取り乱していないのに俺のメイドコスについて淡々と真面目に喋っている姿が普通に恐怖なんですけど。正気なはずなのに正気じゃないみたいな。
「まあ、個人的には植木のメイド姿も見てみたいけど……今は恥ずかしそうにスカートを掴んでモジモジしている雛ちゃんのメイド姿も拝みたいわね、はあはあ」
今、はあはあってはっきりと言ったよ、この堅物どスケベ委員長。
「グエエェ…しょ、正気ですか? わ、私にメイド服なんて似合うわけないです。目を覚まして下さい」
「昨日は十時間は寝たからバッチりと目は覚めているわよ。そうね、メイドの雛ちゃんが配膳中に私が注文したコーヒーをうっかり溢して私の制服を汚してしまうの。必死に謝りつつも罪悪感が限界突破したメイドの雛ちゃんはお手拭きで汚れた服をフキフキしながら『お、お嬢様……ど、どうか、これで許して下さいまし』とか顔を真っ赤にさせながら上目使いでスカートを捲り上げ、瑞々しい水玉模様のショーツをお嬢様の私の目の前で晒すという恥態を披露する。これはイケない、考えただけで何だかムラムラしてきたわ」
なんか急にめっちゃ語り始めたんですけど。
貞操帯つけた童貞おやぢの考えるエロゲのシチュかな。しかも勝手に人の下着の柄まで妄想してるし。先刻も言ったけど、委員長は何時のノリで冷静に淡々とイカれた話をしているから余計にホラー味を帯びているような気がする。
「ヌァアアアア! や、やめてください! さ、寒気します! て、ていうか、さっきからその『雛ちゃん』ってのは何なんですか!? 馴れ馴れしいにも程があります!」
櫻井は椅子から立ち上がり、委員長に向かって指を差しながら非難する。櫻井がこんなにも余裕のない仕草を見せるのは珍しいな。今のオロオロと慌てた櫻井の様子はザマアミロという感情よりかは寧ろ可愛、いや今の俺は頭がおかしい。疲れているのかな、俺。
「ウフフ、馴れ馴れしいなんてそんな……私の妹なのだから当たり前でしょ?」
「グェー! 私、貴方の妹になった覚えはないのですけど!? ていうか、同期ですよね!?」
いや大分ぶっ壊れているな、委員長。
何故、こうなったのかは良く分からないが、前に委員長が言っていた『俺の妹に会わせて欲しい』に関係しているのだろうか。いや、櫻井は俺の妹ではないが。櫻井とエンカウントしてから様子がおかしくなったんだよな。
「あ、あの……お嬢様、ご主人様? ご注文の方は……?」
俺たちのイカれたやり取りを見ていたのか、メイドの女性店員さんが背後からおずおずと声を掛けてきた。す、すみませんね……変な人たちを連れ込んでしまって。俺は声の発信源である後ろを振り向いた。
「す、すみませんね騒がしくして……じゃあ、俺はコーヒーを……って、おや?」
「あ……う、植木さん?」
金髪メイドの蒼海ちゃんがお膳を持って立っていた。




