guilty 43. メンヘラ女を介護してたら次々と俺に災いが降りかかってきた
櫻井と別れた後、ようやく平穏無事に登校出来るとそう思っていた時期も僕にはありました。
「ちょっ、いや、あの、マジでそろそろ俺から離れてもらえませんか、は、ハニー」
「ウー、ウー、アー、アー、アぁああ゛あああ」
薬師寺サンに正面から思い切り身体を抱き締められて固定されるといわゆるだいしゅきホールドに近い状態で教室に通じる廊下をフラフラと老人のように歩いていた。先刻から薬師寺サンに声を掛けてもウーとかアーとかしか唸らないし、いやマジでナニコレ。何の因果で俺は朝っぱらから薬師寺サンを介護しているのだろう。老人ホームかな。いや、どちらかというと妖怪ホームか。
ざわ…ざわ…
当然、周囲の生徒達に奇異の目で見られる始末である。最早目立っているとかそういうレベルではなく、世にも奇妙な見世物状態である。『モーセの海割り』みたいに生徒が俺達を一斉に左右に避けていくとか学園一イケメンであるいけすかない男子が口に薔薇を咥えて颯爽と登場する漫画でしか見たことないぞ。もうやだ、俺クン恥死しちゃいそう。
「よう、桂一郎。おっ、今日はぬか漬けスタイルで女子を自分色に調教しながら登校とはやるな」
薬師寺さんに全身で組みつかれながらノロノロと歩きながらも何とか自分の教室に辿り着くと折原が雲ひとつない快晴を思わせる笑顔で声を掛けてきた。崩したい、その笑顔。
「何だぬか漬けスタイルって……謎の比喩はやめろ。違う、女を調教するとかそんな夢のような状況じゃないんだ。折原、頼む。このままだと俺は授業中もずっとこの妖怪とプロレスしながら学園生活を送らないといけなくなる。助けておくれ」
「な、なにー俺の桂一郎にちょっかいをかけてるのかこの女は! よーし、お兄さんがたっぴらかしてやる!」
折原は俺に組みついている薬師寺さんを引き剥がそうとする。俺の桂一郎とか心をざわつかせる不穏な言葉が聞こえたような気がするが、俺は元の平穏無事なのほほんとした日常生活に戻りたいのである。
「ノ ロ ワ レ ヨ」
まるで地の底から這い出てきた悪鬼のような身の毛もよだつ低い声が俺の耳元に不協和音の如く響いてきた。ヤバい、全身に思い切り寒イボが立ったんですけど。
「……。まあ、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえって言うくらいだしな。邪魔者はお暇しますどす」
折原は真顔で薬師寺サンから手を引き、回れ右して自分の席に戻っていってしまう。
「お、おい……待て。俺をこの動く呪いの市松人形と二人きりにするな」
「ハニィイイイーダッコ、ダッコ、ダッコォオオオオ」
「ワッワッワッ、ワァ……オッオッお気を確かにぃ」
初老の母親に大人の玩具をねだる四十路ニートのようにジタバタと暴れまくる薬師寺サン。俺はちい●わみたいな反応しかできない。クラスメイトはクラスメイトで俺達に関わりたくないのか、我関せずのガン無視状態である。かと思ったら声を圧し殺して笑いを堪えている奴もいる。
「フッ……ブフッ」
よくよく見ると我らが真面目という文字に服を着せたような委員長様も口を抑えて吹き出すのを必死に耐えているようだ。やばい、この状況が地獄過ぎて被害者であるはずの俺も笑えてきたんですけど。いや、笑っている場合ではないが変に頭の中が冷静なおかげでどうやったらこの絶望的な状況を打破すべきか考えることが出来た。便所を装いつつ、逃亡しよう。こんな状況で心も休まる筈もないし、本日は自主休講です。
「イテテテ、腹が痛くなってきたよ。ハニー、俺トイレ行ってくるからここで大人しく呆けたコアラみたいに待っててくれる?」
「ダッコォオオ、ダッ…あ、はい、大人しくハニーのあとを憑いていきます」
ゾンビのようにダッコダッコと唸っていた薬師寺サンは俺の声で急に真顔になる。やだ…その顔で大人しくトイレに憑いてこないで…。
「い、いや、大きい方だからさ。長くなると思うから俺の席で気長に待っててよ」
「は、ハニーはおっきくないと思う。どちらかとホワイトシチウがタップリとかかったポーク●ッツ……ヒヒッ、じゅるじゅるじゅる」
舌舐りしながら俺を上目遣いで見つめる薬師寺サン。こ、こいつはいったいナニを言っているんだ?まだ真っ昼間どころか清々しい朝なんだけど、人様の前でギャンギャン吠える野犬も真顔でピタッと黙るエグいド下ネタはやめて欲しい。
「な、何の話? と、とにかく、漏れそうだから俺はトイレに行くよ」
「は、ハニーは今にも漏れそうなの? それなら、こ、ここ。ココを使って」
薬師寺サンは俺の席の周囲の床に節分みたいに砂を思い切りばら蒔く。ここで用を足せと?ペットかな。
「いや、いやいや、そんな今にも漏れちゃいそうで動けないくらい切羽詰まった危険な状況じゃないからさ」
「そ、そうなの? な、なら、私のここを使っても……キャッ、やっ、やだあ、い、いっちゃった。いっちゃったあ」
薬師寺サンは自分の上の口に指差し、恥ずかしいのか両手で顔を覆いながら俺から顔を背ける。あ、頭がイッチャッてるよ、この子。オカルト過ぎる。俺もこの現実から全力で顔を背けたいですけど。
……逃げるか。
そう決意した俺の次なる行動は早かった。
薬師寺サンが顔を背け俺を掴む力が弱まった瞬間を見逃さない。俺はどすこいよろしく張り手で薬師寺サンを押し出し、呪いが解かれた瞬間に猛ダッシュで教室から飛び出した。背後から『パォオオオン』と悲壮な雄叫びが聞こえてきたが、それを無視して全力疾走で職員室に飛び込んだ。そして、オラウータンにジャージを着せたような生活指導の体育教師に『自分を便器に使ってとかシャウトするヤバめの女が廊下で徘徊してますので指導してあげて下さい』と報告した。するとオラウータン教師は『なにィ!?そのナゾ! キュアット解決!してやる!』と元気に腕まくりして職員室から出ていった。謎でも何でもないが、まあ良しとしよう。これでしばらく様子を見つつ、コッソリと教室に帰れば俺は無事生還できるだろう。
キーンコーンカーンコーン
昼休み。
可愛くないモンむすと廊下で鉢合わせるのが怖すぎて様子を見ながら便所の個室で待機していたらいつの間にかこんな時間になってしまった。登校しているのに、欠席扱いになるとか不幸過ぎる。
「おう、お帰り桂一郎。今日は朝からモンスターに絡まれて災難だったな」
命からがら教室に帰還した俺にゲイのモノが声を掛けてきた。
「うるせえ黙れ。俺を見捨てたくせに何食わぬ顔して俺に喋りかけてくるな」
「まあまあ、そう激おこヴィンヴィンすんなよ。そうだな、お詫びに学食で好きなメニューを桂一郎に奢ってもらうからさ」
「おい、お前しかハッピーになってないぞ」
「本日の俺の胃袋模様はカツカレーとオムライスと中華そばと親子丼と緊縛白スク熟女な気分だぜ」
「ど、どんだけ食う気だよ、お前の胃袋はブラックホールか」
あと、最後のは完全にお前の煩悩枠だろ。
「じゃあ、先に学食行って席取ってるぜ~」
爽やかなイケメン笑顔で教室を出ていく折原。
こ、こんなにもこの頭がハッピー●ーンな男の顔にサブマシンガンを撃ち込みたいと思ったのは初めてである。ストレスだけをこの場に残して俺から去っていく折原に軽く●意を感じたが、腹が減っては戦が出来ない。学食という名の戦場を思い切り駆け回ろう。全然うまくない比喩に自分でも萎えつつ、席から立ち上がる。
「植木、ちょっと良いかしら」
ちっとも良くないです。俺は声のした背後を振り変えると仁王立ちし、俺を睨み付ける委員長がいた。いや、前にメガネを装備していたから委員長は本来は視力が悪く、細目で睨んでいるように見えるだけだろう。
「な、なあに?」
「なあにじゃないわよ……って、ちょっと。何よ、この机の周りに散らかっている砂は。汚いわね、片付けなさいよ。教室はあんたの部屋じゃないのよ」
委員長は床に指差し、俺に苦言を呈する。やっぱり不機嫌で睨まれているだけだったでござるの巻。いやあの、その派手に散らかりまくった砂は俺の仕業じゃないんですけど。
「す、すまんけど。それは後で片付けるから。今は俺の胃袋のカラータイマーが赤色に点滅中なんだ。ありがたい説教は後にしてくれる?」
「あんたの胃袋カラータイマーなんてぶっ壊せば鳴らなくなるわよ。さあ、破壊してあげるからお腹に力を入れなさい」
委員長は拳に息を吹きかけ、肩をゆっくりと回す。あ、あれ?うちの委員長はガミガミと説教するのが生き甲斐だと思ってたけれどこんなに一昔前の理不尽暴力系女子だったっけ?チビりそう、てかちょっとチビっちゃった。
「わ、分かったよ。ちゃんと説教を聞くからその硬そうな拳は引っ込めてくださいよ」
「だ、誰が、『その硬そうな胸は引っ込んでてくださいよ』ですって!? ぶっ、ぶぶぶっコロすわよ!?」
いや、そこで秘技・難聴系女子を発動しないでくれるかなっ?俺の机を両手で思い切り叩き、花金ほろ酔いおじさんみたいに真っ赤な顔でシャウトする委員長。いや、俺のボロ机が両手で叩いた振動でギシアンいってる。その内、瓦割りみたいに俺の机が割れちゃうから俺の机に酷いことするのはおよしになって!
「ど、どうどう。そんなこと一言も言ってないから落ち着いて?」
「はあはあ、今度、私の前で不用意な事を言ったらこの机みたいになるわよ、覚悟しておきなさい。あと、あんたに説教しに来たんじゃないわよ。あんたと作戦会議したいのよ」
怒りを鎮めるように腕を組み、本来の用件を語り始める委員長。頭を瓦割りされたくないから今度からは委員長の前では余計なことは口にしないよう気を付けよう。ていうか、今日の委員長なんかいつもより不機嫌そうに見えるけど俺の気のせいかな。
「さ、作戦会議ですか」
「そうよ、分かってるならいちいち復唱しなくていいわ。そうね、ここではちょっと話しにくいから放課後付き合ってもらえないかしら?」
委員長は淡々と用件を俺に告げている。
ヤバい、俺に話が通じているという呈で話が進んでいるけど、作戦会議とか何のことかサッパリ分からん。聞くタイミングを完全に逃した俺である。いや、聞いたら聞いたで猛虎のようにキレそうだから知ってるかのように適当に相槌を打つのが正解かもしれない。
「ま、まあ、そうですよね。内野はポテゴロを警戒して前進気味で。外野は一発を警戒してレフトよりに守った方が得策…みたいな話しはここじゃあしにくいですよね」
「は?」
キッと獲物を狙うハンターのような力強い瞳で睨まれる。やべえ、空気変わった。やきう関係じゃなかったみたい。下手なことを言うと●されそうである。俺はお口にホッチキスすることにした。
「ヒッ…いや、その何でもないです。ちょっとしたベースボールジョークです、ハハハ」
「そ。じゃあ、放課後宜しくね。長くなりそうだから何処かの喫茶店か、あんたの日常使いのところでも良いわよ」
エッ。
な、長くなりそうなお話しなの?こんなキツメの性格をした方と長々とお話するなんて圧迫面接みたいでやだあ…。いや、待てよ。何か忘れてるような気がするが。何だったかな。色々ありすぎて覚えていない。覚えていないということは大したことでは無いのだろう。
「分かったよ、放課後は委員長に夜通しで付き合うよ、二人で作戦会議しよう」
何の作戦会議か謎だけど。
どうせ、委員長から話を切り出すのだから話を聞いた後からでも何とかなるだろう。
「ほ、『放課後は二人で夜通しイチャイチャメイクラブしよう』、ですって!? たっ、たっぴらかすわよ!?」
いや、最早難聴とか気にするレベルの聞き間違いじゃなくない!?こうして、委員長と放課後に約束を取り付けた俺は無事昼飯を食えることはなく、空腹で午後の授業に臨むのであった。朝から不幸のオンパレードである。
そして、数時間後。
更なる悲劇が俺を待ち受けていたのである。




