guilty 42. ラブコメから逃げるなとオカルトファミリーに説かれた
「うふふふふ、お久しぶりね植木くん」
ヤバめの沼みたいに沈みこむ低反発の後部座席に座ると薬師寺サンのママもとい美夜さんが人当たりの良い笑みを俺に向けてくる。これがハジメテのエンカウントならば純情少年のように胸がドキドキ、股間もビクビクするのだろう。だかしかし、この間、美夜さんの隠しきれない本性を垣間見てしまった後である。今の俺の心境はフンドシ姿のアマゾネスどもに四方八方からえげつない形をした槍で突き立てられて、『ユー! ワタシノ子を孕め!』と無茶苦茶な要求で迫られているようなものである。
「い、いや。そ、そんなにお久しぶりでもないかと」
「そうかしら? 若い子と私みたいなおばさんじゃあ、時間の進み方の感じかたが違うのかしら……ねっ?」
い、いや、ねっ?とか聞かれましても。
そんなことないって言ったらオベッカ使ってるみたいだし、違うと同意したら目の前の方を暗におばさん扱いしてるみたいだし。どう答えるのが正解やねんこれ。答えに困る相槌はやめて。しかもなんかナチュラルに右手を触れられてるし。
「ハハハハ……ソッスネ」
「うふふふふ……スベスベマンジュウガニみたいで可愛いらしい手……うふふふふ」
俺が返答に困り、愛想笑いしてると美夜さんは薄気味悪い笑みを浮かべて俺の右手を聖母のように暖かく包み込むように撫でてくる。ど、どんな感想だよ。年上のおば、オネエさんの特有な変な圧を感じるし、どこみてるのか良く分からない黒目が怖いし、あれ?ここ、車内だよね?俺、逃げ場なくない?詰んだ。
「マッ、ママママママママ、ママァ!! 私のハニーを口説こうとしないで!!」
美夜さんを挟んだ俺とは反対側に座っている薬師寺サンが猛獣のように吠えまくっている。ママ言いすぎじゃない?エッ、俺、君のママに口説かれてたの?ヤバくないコンプラ?
「あらあら、この子ったら……そんなわけないじゃない。私は貴方のパパの肉棒一筋です」
「ウソダ! 絶対、いま狙ってた! 隙あらばハニーと交尾しようとしてたでしょ、パコパコしようとしてたでしょ、パオォォォン!! パオウォォォォン!!」
美夜さんが何食わぬ顔で喋ると薬師寺サンはその素っ気ない反応が気に食わなかったのか、象みたいな雄叫びを上げておいおいと泣き出す。う、うるせえな、マジで……耳を塞ぎたいわ色々な意味で。今の下ネタ会話のどこにそんなマジ泣き要素があるんだよ。ていうか、学校に到着するまでこんな鼓膜をぶち破りたくなるようなこの世の終わりのような母娘の会話を聞かなくちゃならない俺が可哀想過ぎる。ん、待てよ。
「えっと、ちょっと聞きたいんですけど僕の学校に向かってるんですよね?」
俺はふとした疑問を美夜さんに確認する。
「うふふふふ」
うっとりと淫靡な笑みを浮かべる美夜さん。え、なんで肯定も否定もしないの?
「えっ、ちょ……答えてよ。あ、あの! 運転手のオジサン! この車はいま、何処に向かっているのですか?」
さらに不安になった俺はさっきからニコニコとした笑みを浮かべて運転している燕尾服のオジサンに声を掛けた。
「ハハハハ、安心してくださいませ植木様! 本日はすぺしゃるなサプライズゲストをご用意しております故」
「か、会話になってないよ! 言っちゃったらサプライズじゃないよ! 何処に向かってるの、ねえ! 誰か答えてよ!!」
「ハハハハハハ」
「うふふふふふ」
「パオォォォン! パオォォォン!!」
パオパオうるせえな、マジで!しまいには息の根とめたろか!?
──五分後。
なんか親近感のある駅前で降ろされた俺と薬師寺サンである。薬師寺サンは泣き止みはしたものの、メソメソグスグスと鼻を俺の制服の裾で噛みながらとなりにいる。なんか、知らない人から見たらまるで俺が泣かしたみたいな構図になるからマジでやめて欲しいんですけど。そして、俺の制服弁償してえ……。
訳も分からず呆然と突っ立っていると俺たちを駅前まで送った霊柩車の運転手席と後部座席のウインドウが開いた。
「植木様、激動のこの世の中、恋愛フラグを捨ててラブコメから逃げることは許されませんぞ」
……なんだって?
「植木くん、私の娘を募ってくれるのは嬉しいけれど……貴方を慕う他の娘もいるのもまた事実よ。だから、ラブコメから目を背けないで」
……誰を募うって?
「「ガンバレ、少年!」」
最後は二人ともウインクをしながらハモる。言いたいことだけ言った二人はウインドウを下げ、けたたましい音を上げながら駅前のロータリーをドリフトしながら駅から離れていってしまった。
……。
な、何がラブコメだよ。頭がおかしいんじゃないか、アイツら。い、一体、何をしに出てきたんだよ。ていうか、俺の使い古しのオンボロママチャリ、そのまま霊柩車に連れ去られたんですけど。ま、いっか。非処女のボロチャリだし。ていうか、家の最寄りの駅じゃん。
え、もしかして自転車通学を阻止されたから電車で通学しなさいっていう神のお告げかな。時間的にもちょうどいいし、もうこの状態ではこのまま電車でGO!するしか道はないようだ。横にいる生ける死神と。
「クッ、ケケケ……い、行こ、ダーリン」
泣き止んだ薬師寺さんは異世界に常駐しているゴブリンみたいに笑い、蛇のように俺の腕を組んでさらに手まで絡めてくる。こ、恋人繋ぎはやめてもらえませんかね。陰キャ同志のど変態バカッブルみたいに見られちゃうよう。
──電車内。
「ぷんすか」
「さ、さっきからお前は何なんだよ」
図ったように電車内で今日も今日とて俺は櫻井と遭遇したのであった。そして、何が気に入らないのか櫻井は口に含む餌の配分を間違えて頬がボコボコに膨らんだはむすたあのような顔つきで俺をずっと睨んでいる。
「先輩と彼女ってそんなに仲が良かったかのかなと思いまして」
「冗談はやめておくれ。こんな地縛霊みたいな女と陰キャマスターの俺が仲が良いわけがないだろ。ピー●ーパンにピータンを無理矢理喰らわせるのと同じくらい似合わないよ」
「訳の分からない比喩で話を逸らそうとするのやめてもらえませんか。恋人繋ぎまでしちゃって。私に見せつけちゃっている感じですか?」
櫻井の言葉にいつも以上に刺を感じてしまう。
い、いや、マジで何に怒っているんだよ!あれか、俺がオヤジとカップリングせずに地雷女とカップリングしているから何ヤってるんですかーってな感じで激おこプンプン丸なのかな。
「いやよいやよも好きのうち……ヒヒヒッ、ハニーはここも弱いんだ」
「アッ」
俺にずーっと、まるでMMAのように組み付いている薬師寺サンは俺の乳首を人差し指でツンツンと突いてくる。不意打ちに思わず声を上げてしまう俺。いや、セクハラ!完全に異性にやるヤツじゃないそれ!逆に俺が異性にやると捕まるやつ!
「き、キモッ」
完全にドン引きな表情で俺と薬師寺サンを交互に見る櫻井。
「本人の目の前でリアルに嫌そうな顔してキモッとか言うのヤメロ!」
「先輩の情けないアへ顔と喘ぎ声にキモイを通り越して吐き気を催してきました、うえ……と、いうわけで先輩がオジサンにザラザラのベロで乳首を弄られてそのザラザラ感に堪らずアウアウ喘いでいる場面を脳内で上書きしておきますね」
「地獄絵図に地獄絵図を上書きするな! というわけでだな、俺が嫌がってほどこうとしてもこのように歴戦の総合格闘家のようにタックルしてくるんだよ、分かった?」
うん、別に必死に櫻井に弁解する必要はないはずなのだが。何故だろう。こいつにはちゃんと説明しとかないと後々で取り返しのつかないことになるような気がする。いや、ほら、あれだ。勝手にあれこれ変な妄想されても困るしな。うん、何かそれらしい理由付けが出来たから良しとしよう。
「は、はい。まあ、もういいです。先輩と見知らぬオジサンの果てなき愛の逃避行で脳内補完できましたから。御馳走様です」
「お、俺に向かって両手を合わせるな。あ、そうだ。今、ふと思い出したんだが……この間、俺がお前にラブホ街でセクハラして罰ゲームってやつ覚えてるか」
「え。な、何ですかいきなり。は、恥ずかしい人ですね、やめて下さいこんな人混みの中で私にラブホでセクハラしたいだなんて。とんだ変態さんですね」
「いやいや! お前にラブホでセクハラしたいなんて言ってないだろ! あれだよ、つい調子に乗ってお前にセクハラめいた発言をしてしまって、後で罰ゲームですよとか言ってたヤツだよ! 覚えてないならもういいよ……」
「は、はい。ま、まあ、覚えてますけど。私から言ったことですから」
「あー、それでだな、その、罰ゲームだけどな」
俺は心を落ち着かすように心の中で深呼吸する。
いや、自分でも思うが何でこのタイミングでその話題を出すんだと思う。正直言って櫻井の言う罰ゲームなんて俺にとっては有益じゃないはずなのに。
「放課後、メシ食いに行かないか? 勿論、罰ゲームだから俺の奢りな」
「えっ」
俺が恐る恐る口にすると途端にキョトンとした顔をする櫻井。
「な、なんだよ。俺が自分から言い出すのがそんなに可笑しいか」
「いえいえ。ふむふむ、なるほどなるほど」
櫻井は俺の頭から足元まで見やるとニヤリと口を歪ませる。お、おい、あれは悪巧みを企んでいる顔だぞ。
「な、なんだよ」
「いえいえ。随分と可愛らしい罰ゲームだなと思いまして」
半円月状に口許を歪ませ喋る櫻井の様子は俺が意図しない必要以上のもの感じたように思えて。
「…わ、悪かったな。可愛い罰ゲームで」
「いやいや、私は嬉しいですよ? 自分の懐の痛まない外食は、汗水流して働いた人のお金で食べるものはそれはもうとっても楽しみですね」
「い、嫌らしい言い方をするな」
「私、先輩の魂胆は分かりますよ。私より先に罰ゲームの件を言い出すことで自分に有利な状況に持っていこうとしてるってことですよね」
「……そ、そう、そうなのよ」
「何で急にオネエ入るんですか」
正直、ドキッとした。
その普段は見せない自然な笑顔が。自分の読めない心の奥底まで読まれたかのようなその笑顔が。本当は別の言い分があったんじゃないのかって。
「じゃあ、放課後。先輩の学校の前で待ってますね」
そして、櫻井は最寄りの駅で降り、人混みの中へ消えていってしまった。く、クッソ……自分から誘うとか慣れないことはするもんじゃない。
「呪殺惨殺轢殺刺殺圧殺撲殺絞殺……」
そして、俺に最早しがみつくような勢いでくっついている薬師寺サンは俺の耳元で訳の分からない呪いの言葉をブツブツと呟いていた。怖すぎる。ダレカ、タスケテ……。




