17 無慈悲の雷獣
「まさか倒してしまうなんて」
駆け寄って来たのはマリアンヌだった。彼女のいた場所にはクラストとグスタフが並んで寝ていた。どうやら戦闘中に運んできたらしい。マリアンヌって意外と力持ちなのか。
パッと見たところ勇者の3人には外傷は見当たらない。エクスガブバーの継続回復効果が上手く効いてくれたようだ。
「2人とも一命を取り留めました。これも聖剣ガヴリールの御加護ですわ」
そう言うと、礼儀正しくお辞儀をした。オバちゃんも照れ臭そうに笑っている。ともかくこれで終わったのだ。
他の戦線も集結したのか、続々と兵士達が集まってくる。あれだけいた魔物の気配も既に消えている。リーダーが倒れたのを察して逃げ出したのかもしれない。
「凄いな!勇者が倒したのか」
「どうやらあのオバちゃんが倒したらしいぞ」
「なんで一般人がこんなところにいるんだ?」
「なんでもガヴリールを届けに都から来たらしい」
「なんでオバちゃんが聖剣持ってんだよ?」
「俺に聞くなよ!」
その場はあっと言う間に、生き残った兵士達のざわめきで一杯になった。
中にはオバちゃんの姿に戸惑う兵士もいる。それでも皆んなは安堵の表情を浮かべていた。
「クックックッ」
何処からとも無く低い笑い声が響く。
「おいっ見ろよアレ」
兵士の1人が上擦った声で叫んだ。指を指した場所には魔人の騎士が倒れている。
ゆっくりとした動作で騎士は上体を起こした。立ち上がると大剣を肩に担ぐ。
僕達にも、周りの兵士達にも緊張が走った。不死身かコイツは。
だが本人はともかく、鎧の方はそうではなかった。
兜に入ったヒビが音を立てて拡がっていく。打ち込まれた時に出来たものだ。すぐに2つに割れて落ちた。
中から出てきたのは鬼の顔。いや、一応人間だ。鬼気迫る、と言う方が正しい。
地獄の焔を思わせる赤い髪は逆立ち、眉間のシワだけで無く顔全体の彫りが深い。それこそ昔のマンガで見たような武人の顔だった。
(素顔初めて見たけど、殆ど魔物だ)
皆の視線が騎士に集中する中、騎士はただ一人だけを見つめていた。もちろん自分を倒した相手、オバちゃんだ。
「今の剣、見事だったぞ」
ニィと騎士は笑った。恐怖ばかり感じていたが、意外にも正々堂々としたヤツだったのか。
「おい、アレってサンダースじゃないか?」
「サンダースってあの無慈悲な雷獣の事かよ」
兵士の誰かが話している。
サンダースは魔人の騎士の事だろう。僕も初めて聞く名前だ。
だが無慈悲な雷獣とはなんの事か見当もつかない。
「あの傭兵のサンダースが魔王の手下になっていたとは」
「そんなに有名な方なんですの?」
マリアンヌはこっそりと近くにいた兵士に尋ねていた。金属甲冑を着込んでいる。長いこと兵役に就いている人のようだ。
「聖女様はお若いのでご存知のないかもしれませんね」
そう前置きして兵士は話し始めた。
「最近はすっかり名前を聞かなくなりましたが、奴は凄腕の傭兵なのです」
「まぁあ。それは初耳ですわ」
(僕だって初耳だよ)
「無慈悲の雷獣、その相棒の血濡れの不死鳥。その名を聞いて震え上らない者は居ませんでしたよ。強さに貪欲との噂でしたが、まさか魔物を率いてたなんて」
オバちゃんと魔人の騎士サンダースはまだ無言で見つめ合っていた。だがサンダースからは殺気が感じられない。
「それで、まだやるのかい?」
エクスガブバーの剣先をサンダースの顔に突きつける。だが相手の表情は変わらない。
「辞めておこう。今は相手が悪すぎる」
フッと鼻で笑うとそのまま回れ右をして立ち去ろうとした。エクスガブバーとの力の差を理解しているようだ。
「ここまで暴れて無事に帰れると思うのかい?」
ドスの効いたオバちゃんの声。これは好機と兵士達もサンダースを取り囲む。
これは後で再戦する流れだ。勇者側としては如何な言動だが、ここで見逃すワケにはいかない。
「このまま見逃すならばそれで良し。だが向かってくるなら全力で抵抗するぞ。残った兵士十数人は道連れにさせて貰うがな」
それを聞いて兵士達は震え上がった。
手負いとはいえ、相手は勇者を退けた伝説の傭兵。数の上では有利だが、疲弊した兵士達では相手にならないだろう。悔しくはあるが言いなりになるしか無かった。
サンダースは開けられた道を悠々と歩いていく。
オバちゃんは後を追うことも無ければ何も喋らなかった。本当は誰よりも悔しい思いをしているはずなのに。
去っていくサンダースの背中を見る目からは感情を読み取れない。寧ろ感情を押し殺してる様にすら思えた。
これ以上血を流させるわけにはいかない。その想いは正しかったと思う。
こうして北方の城塞都市ノザリスでの戦いは一応終結した。
街の住人や守備兵に多大な被害をもたらしたものの、3人の勇者と聖剣(僕)が無事だったのは不幸中の幸いだった。




