13 運命の負けイベ(前編)
2階の屋根から1階の屋根へ。1階の屋根から今度は地上へ。
まるで忍者のように飛び跳ねながら、オバちゃんは剣を下に突き刺す形で飛び降りた。
剣は吸い込まれる様に地上にいたオークの肩を貫いた。
聖剣の重さにオバちゃんの体重が加わる。オークは悲鳴を上げる間も無く、骨を砕かれ絶命した。
剣に弾かれた腕は鼠花火のように宙を舞った。ただし撒き散らしているのは火花ではなく血の雨なのだが。
(オバちゃん囲まれてるよ)
「分かってるよ」
平時であれば露店が並び、客の喧掻で賑わっていたであろう大通り。今では見る影もなく、焼けた材木や瓦礫が散乱していた。
四方の物陰から魔物達が姿を現わす。
すでに街中はこの世の地獄と化していた。どれだけの魔物が入り混んでいるかはわからないが、下に降りればすぐに気づかれ囲まれてしまう。もちろんオバちゃんもそんな事は重々承知していた。
「とは言え屋根の上も熱いしねぇ」
咳き込みながらくぐもった声でオバちゃんは答えた。宿屋で愛用していた頭巾を、今は煙避けで口元に巻いている。ホントに忍者みたいだ。
各々が武器を持ってジリジリと間合いを詰めて来る。その中にはオーク以外の魔物の姿もある。
全身を金属の甲冑で固めたリビングアーマーだ。
オバちゃんは今まで聖剣の重さと技の速さで戦ってきた。
そんなオバちゃんにとって、高い物理耐性を持つリビングアーマーは天敵とも言える存在だ。
それに加えてこの火事場の熱さだ。オバちゃんの顔には玉のような汗が吹き出ている。
剣を突き出して構え、敵との間合いを計りながら反撃の機会を伺う。
(オバちゃん後ろ!)
焼けた柱が運悪くオバちゃんの背中目がけて倒れてきた。柱を躱すだけなら容易いものだ。しかし、その隙を狙った魔物達の攻撃ともなるとそうはいかない。
体勢が不十分な状態で受ける、多方向からの同時攻撃。
せっかく後一歩のところまできたのに。
「雷霆よ、打ち払え」
それはまさに青天の霹靂だった。炎や煙を引き裂いて雷が降り注ぐ。
雷はオバちゃんを避けるようにして、周囲の魔物だけを焼き尽くした。オークもリビングアーマーも原型が分からない炭の塊になって横たわっている。
突然の衝撃にオバちゃんも腰を抜かして尻餅をついた。
「そこのアナタ、怪我は無くて?」
声の主人は無駄のない所作で近づくとオバちゃんに手を差し伸べた。強力無比な攻撃魔法に、少し気取った印象の喋り方。僕はこの白いローブを着た女性を知っている。
彼女こそ勇者パーティの紅一点、慈愛の聖女マリアンヌその人だった。
「すまないね〜お嬢さん。助かったよ」
どっこらしょ。差し出された手を取りつつ、聖剣を杖代わりにしてオバちゃんは立ち上がった。
マリアンヌはというと、困ったような呆れたような顔をして金髪をかき上げた。
「此処は危険よ。早く砦にお逃げなさい」
(待ってくれマリアンヌ)
砦の方を指差してすぐに走り去ろうとするマリアンヌに僕は声をかけた。だがその声は届かない。
「マリアンヌ」
オバちゃんのフォローのおかげで、なんとか聖女は足を止めてくれた。振り向いた顔は少し不機嫌そうだ。
「まだ何か?」
「やっと、会えた。はるばる都から来た甲斐があったよ」
「はるばる都から…アナタは一体?」
(クラストの為に聖剣を持って来たんだ)
「ややこしくなるからボウヤはチョット黙ってて」
掲げた剣に顔を近づけながら注意されてしまった。それにしてもオバちゃんの顔のドアップは色々と迫力がある。念願の勇者の1人に会えて思わず舞い上がってしまったようだ。
「アナタのその剣、どこかで見たような」
その様子を見ていたマリアンヌだったが、やはり気づいたようだ。
「そりゃそうよ。これはガヴリールだもの」
「ガヴリールですって!そんな馬鹿な」
このやり取りにも慣れたのか、オバちゃんはニヤリと笑った。
「嘘じゃないよ。コイツをクラスト君に届けに来たんだから」
「届けに来たって、どうしてアナタが聖剣を持ってるのよ。クラストでも抜けなかったのに」
そして誰しもが抱く質問を口にする。残念ながらそれに答える事はこの場にいる誰にも出来ない。聖剣そのものの僕にも未だに理由が分からなかった。
「悪いけど、私にもなんで抜けたのかは分からないんだよ。でも勇者に届けるために旅をしてきたんだ。それだけは信じておくれよ」
「わかりました。話の真偽はともかく、この場はとても危険です。私についてきて下さいませ。クラストも街の何処かで戦っているはずです」
マリアンヌの助力はまさに鬼に金棒だった。
攻めては雷撃魔法で敵集団を蹴散らし、守っては魔法障壁でダメージを軽減する。
ゲームさながらの聖女の活躍に僕の心も沸き立つ。
今まで1人で戦ってきたオバちゃんも同じ気持ちらしく、剣の振りも今まで以上に鋭くなっている。
道すがら聞いたマリアンヌの話によれば、侵入した魔物に対処する為に3人は個々に防衛にあたったそうだ。
逃げ遅れて襲われている人、家を焼かれた人を助けつつ。素早く路地を駆け巡る。
街中で戦っている兵士もいたが、いかんせん人手が不足しているようだった。早く合流して崩れた城壁に向かうべきだろう。
「居たわ、あそこよ!」
路地裏を先行していたマリアンヌが叫んだ。通りを指差した先には軽装の鎧に身を包んだ男の姿が見える。構えた剣と銀の胸当ては炎を反射して紅く輝いていた。あの時と比べて少しやつれた様に見えるが、あの青い瞳は変わらない。
(クラストォー)
僕は叫んでいた。声が聞こえないと分かっていても叫ばずにはいられなかった。
シリーズファンとしての憧れ、我が身可愛さに裏切った後悔。色んな感情が込み上げてくる。そのクラストが手を伸ばせれば届くところまで来たのだ。
だが、運命は残酷だった。
僕の、そしてオバちゃんやマリアンヌの目の前でクラストの身体から血が噴き出した。そして膝をついて前のめりに倒れる。
「クラストッ!クラストしっかりして」
通りに出るや否や、マリアンヌは倒れたクラストに駆け寄った。すぐさまオバちゃんも後に続く。
通りの石畳の上にはおびただしい量の血の池が広がっており、クラストはその中心でうつ伏せに倒れていた。
その光景に僕は気が遠くなるのを感じた。




