12 勇者の背中
「一体何が起きているんだ?」
小窓が連なる城壁の中でも、異常な事態はすぐに確認されていた。石弓の装填を終えた兵士たちが互いに顔を見合わせている。
指揮官の男もまた外の異様な光景を見て呟いた。
いくら野蛮な豚人間とはいえ、つい先ほどまでは数と力に任せて突撃を繰り返していた。しかし今はどういう訳か互いに武器を取って同士討ちを始めている。
「報告します!」
部下の1人が走って近づいてくると耳元で声をあげた。思案にふけっていた指揮官が驚いて首を上げる。兜に付けた羽飾りが大きく後ろに反り返った。
「大剣を担いだ女性市民が、街の外からオークの群れに襲いかかったそうです」
「なんだと!?貴様何を言っている、真面目に報告しろ」
指揮官は報告した部下の胸ぐらを掴んだ。報告は正確なのだが、何しろ切迫した状況だ。ふざけていると思われても仕方がない。
「その子も私もみんな真面目にやってるよ」
聖剣を肩に乗せながら、オバちゃんは指揮官に声をかけた。指揮官をはじめその場にいた全員が唖然とした顔でオバちゃんを見ている。いきなり場違いな人が現れたとしては当たり前の反応だろう。
「お前が報告にあった市民女性か?どうやってここまで来た?」
「どうやってって、そこの狭間からさ」
クイッと親指をあげる仕草で背後を指差した。先には矢を放っていた穴がある。お城の塀にあるあの穴って狭間っていうのか。
あっけらかんと言い放ったオバちゃんの言葉。兵士達はポカンとした後にざわめき出した。
気持ちは分かる、僕も兵士の一人だったら同じ反応をしただろう。事実オークを混乱させた後、堀を飛び越え壁を登り、オバちゃんは狭間から中に入った。
「剣は何とかなったんだけど、お腹がつかえて大変だったわぁ」
助けに来たにも関わらず、指揮官の顔は険しいままだった。むしろ不審者に向けるものになっている。
急に宿屋のオバちゃんが戦闘に介入してきた。うん、怪しむのも無理はないな。
「どうやって街の外に出たか知らないが、ノザリス市民は砦か自宅の地下に避難する様に警告した筈だ。知らないとは言わせないぞ」
「そんな事言われても、私はこの街の住人じゃないよ。たった今都から来たばっかなんだ、この聖剣を勇者に届けにね」
オバちゃんは兵士達によく見える様に腕を伸ばし、剣を掲げてみせた。ざわめきがどよめきに変わる。
「聖剣?まさか、都のガヴリール?」
「そうだよ。クラスト君はココにいると聞いたもんでね。」
ガヴリールの一言を聞いて兵士たちはさらに色めきだった。中には小さくガッツポーズする者もいる。
しかし、口に出した当の指揮官は怪訝な顔をしてゴクリと喉を鳴らした。街の危機に聖剣ガヴリール(を持ったオバちゃん)が助けに現れる。
確かにご都合主義にも程がある。驚きつつも疑惑の念が深まるのには十分かも知れない、もしかしたら魔物共の罠ではないのかと。
「その割には援軍の姿が見えない様だが。まさか都からここまで1人で来たわけではあるまい」
鎌をかける指揮官に、兵士一同緊張が走る。中には石弓の弦に手をかける者もいた。
「それがガヴリールだという証拠でもあるのか?」
宰相からの親書があったり、剣を手に助けに来たのがクラストの様な若者なら、まだすんなりと話は進んだと思う。だが、この疑われた状況でありながらもオバちゃんは一歩も引かなかった。大きく息を吸い込み逆に指揮官を一喝した。
「街が襲われてるんだろ!今は守る事に専念しな」
オバちゃんの正論に指揮官の身体がビクッと跳ねた。
「証拠だったら、コイツでアンタの首をへし折っても良いんだよ?オークみたいにさ」
聖剣を乱暴に振り回して威嚇を始める。思わず周りの兵士達も仰け反った。
聖剣の真偽やオバちゃんの正体は一旦保留にしても、先程オーク達を撹乱した腕は認めざるを得ない。その上あっさり城壁内に侵入して見せたのだ。抵抗しても結果なんか分かり切っている。
「わ、分かった。実は西側の城壁が破られたのだ。すでに街に魔物が入り混んでいる。勇者達も中で防衛に当たっている筈だ」
「よしきた。行って来るよ」
踵を返してオバちゃんは城壁から飛び降りると、住宅の屋根の上を走り出した。
土と油が混じった様な匂いの中、煙を避けながら勇者を探す。
(この街にクラストが)
ついに見つけた勇者の背中。
オバちゃんはゲームと現実は分けて考えろと言われたが、このノザリス防衛戦はどちらの意味でも重要なイベントなのは間違いない。そして何よりも僕の命が懸っているのだ。
不安を抱きながらも、僕はそう確信していた。




