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14 運命の負けイベ(後編)

「しっかりおし!」


 オバちゃんの一喝で僕は正気に引き戻された。

 とは言えあらためて惨状を目の当たりにしてしまう。出すものは無いが、吐き気が込み上げてくる。


 石畳だけじゃ無い。焼けた民家の壁や扉にも血や肉らしき物がこびりついていた。どれも原型は殆ど残っていない。


 怯えながら目を回す僕とは違って、オバちゃんは一点を見つめていた。その目は今まで以上の殺気を宿していた。構えた剣を通して僕にもそれが伝わって来る。

 剣先にあるもの、それこそがクラストを倒しこの惨状を築いた張本人だ。


「まだ仲間がいたのか?」


 眼前には身の丈2メートルはあるかという大男。全身を青黒い重量鎧で武装し、ガヴリールをゆうに超える長さの剣を手にしている。

 いや、剣というには規格外だ。長めの金属塊と言った方がしっくりくる。


(魔人の騎士……)


 僕は息を呑んだ。FOQ(フォッキュー)での魔王の片腕だ。力に溺れ魔に魅入られた魔人。それ以外の情報は僕も知らない。


 ゲームではノザリスの街中でいきなり襲いかかってくる。物理も魔法もダメージは一桁台に抑えられ、攻撃は全てクリティカル。多くのプレイヤーにトラウマを植え付けた事で有名だった。


 この世界に来てからずっと恐れていた。それでもオバちゃんと旅をして、勇気付けられて、何とかなると思ってた。


 だけど、いざその時になると怖くて怖くて何も考えられない。カタカタと自然と身体が震えるのが分かる。


「どうやら聖剣はアイツに折られちゃうみたいだね」


 鬼気迫る形相でありながら、オバちゃんの声は静かで優しかった。でも、身体の震えは止まらない。


(うん……アッ)


 そこで僕は初めて気がついた。震えているのは僕じゃない、オバちゃんの腕だ。


 オバちゃんも怖いんだ。それはゲーム同様、とてつもなく強い事に他ならない。


 騎士は一歩づつ踏みしめるように近づくと思い切り大剣を振り上げた。

 恐怖のせいだろう、敵の姿が天を突くほど大きく見える。大剣の前に、プレッシャーに押し潰されそうだ。


「やめろおおおお」


 突然騎士の背後から血だらけの男が飛び出してきた。かなりの巨体だがそれでも騎士には及ばない。手にした斧も鉄塊に比べれば貧弱だ。

 斧を振り上げ、騎士の背中に肉薄する。


 だが読まれていた。


 騎士は男に振り向く事なく、大剣で背後を薙ぎ払った。壁も石畳も関係ない。鉄塊は触れたもの全てを粉砕した。勢い良く男は通りの反対側まで吹き飛ばされてしまう。


「グスタフ! 」


 クラストに回復魔法をかけていたマリアンヌが悲痛な叫びを上げる。


 今の男が鉄壁の豪傑グスタフだったのか。3人いた勇者のうち立っているのはマリアンヌ1人だけ。絶望的な状況だった。


「後は女が2人か」


(ヒィッ)


 兜の奥が怪しく光ったように見えた。


「怖いかいボウヤ?」


(当たり前だろ。このままじゃみんな殺されちゃうよ)


「でもゲームだったら死なないんだろ?」


 確かにゲームでは強制的に負けてしまう。ガヴリールも折られてしまう。

 でもその後で「弱すぎて相手にならん」とか何とか言って、魔人の騎士は撤退していく。

 ベッタベタなご都合主義だ。


 だが、目の前にいるコイツがそんな事を言うなんて信じられない。発する殺気は間違本物だ。普通のイベント戦闘でも絶望を感じるレベルだ。


(ゲームを忘れろって言ったのオバちゃんじゃないか)


「そういえばそんな事言ったね」


 クックッとオバちゃんは笑った。こんな状況だ。それがいつもの呑気さじゃなくて、強がりな事くらい僕でも分かる。


「じゃあ諦めて殺されるかい?」


(そんなのは嫌だ。まだマリアンヌがいる、彼女がいれば魔法でまだ助かる)


「だったらどうする?」


(アイツをブッ倒す)


「剣が折れたら死ぬかもしれないよ?」


(だったら折られる前にオバちゃんがやっつけてよ!!)


 自分でもメチャクチャ言ってるのは分かってる。それでも怖さで頭がどうにかなりそうなんだ!

 しかし、それを聞いてオバちゃんはケタケタ笑い出した。今度は強がりではない、歯茎まで出して心底楽しそうだ。

 ひとしきり笑い終えると再び剣を騎士に向けた。手に震えはもう止まっている。


「あいよ」


 意外にも騎士はオバちゃんが構え終わるまで待ってくれていた。こういう所はゲーム的な部分の名残を感じてしまう。


「敵を前にして声を出して笑うとは、気が触れたと思ったが中々に豪胆ではないか。

 女、名乗りをあげる事を許そう」


(聖剣ガヴリールだ)


「宿屋の女将、キャロライン=サイモン」


「何だとっ!?」


 今更聖剣を見て驚いたのか、その隙を狙いオバちゃんは素早く懐に入り込んだ。

 ガヴリールの剣撃を受け止めて騎士はわずかに後ずさりした。こちらの重さが相手の予想以上だったのもあるだろう。


「このまま押し切るよ」


(頑張れオバちゃん)


 二撃、三撃。

 防がれ、弾かれても、その都度身体を巧みに捻らせる。弾かれた衝撃をそのまま次の攻撃に利用する。


 遠目では騎士は防戦一方に映るだろうが、こちらも決定打に欠ける。


「フンッ」


 騎士は大剣を薙ぎ払い、グスタフと同じようにオバちゃんを吹き飛ばした。

 ただ、聖剣で受け止めつつ後ろに跳んだので幸いダメージは殆どない。


 寧ろ距離を取られてしまった事の方が問題だ。


「ハァハァ…参ったね、どうも」


「これはどうだ」


 騎士の一撃をすんでのところで回避する。だがそこにもう一撃。


 オバちゃんへの意趣返しのつもりなのか、今度は騎士の連続斬撃だ。

 大剣を小枝の様に振り回しての攻撃。疾く、長く、重い一撃が次々に襲いかかる。肩で息をするオバちゃんももう限界だ。


「雷弓の疾矢(サンダーアロー)」


 マリアンヌの攻撃魔法は騎士に命中し、斬撃の嵐はようやく止まった。

 何とかオバちゃんはマリアンヌの所まで後退出来た。


 助けてくれたマリアンヌはというと、唇は紫で顔も青白い。クレストに回復魔法をかけ続けていてMPが切れかかっている様だ。

 同様にオバちゃんも息だけでなく、膝も震え始めている。


(くそう、くそう)


 僕にはもう恐怖はない。その代わりただ見ていることしかできない悔しさが溢れてきた。


(僕は聖剣なのに、それなのに)


「ふふふ、ボウヤは勇気を出して応援してくれたじゃないか。それだけで充分だよ」


(何がだよ!みんな死んじゃったら意味ないよ)


「滅多な事言うもんじゃないよ!」


 今まで聞いた中で最大級のオバちゃんの怒声だった。騎士も思わず警戒して動きを止めた。


「いいかいボウヤ、死ぬのは怖いもんさ。けどね、短い人生ここぞっていう正念場は自分じゃわかんないもんなんだよ。

 命賭けれる場所が分かってる、それは幸せな事なんだよ。

 どんな結果になろうと、諦めなければ、それは意味のある事なんだよ」


「ならば耐えて見せろ」


 上段から振り下ろされた騎士の一撃。ガヴリールを両手で支えて、何とか耐え凌ぐ。


(ぐぐぐぐっ負けるかぁ!)


 ピシッ。

 身体が痛い、それに熱い。

 ピシッ、ビキィ。


 オバちゃんの腕が徐々に下がっていく。騎士はさらに踏み混んで体重をかける。

 無機質な兜が僕のすぐそばまで近づいた。

 怖い、痛い、熱い。


 だが、それでも諦めない!


 バギィ。


 僕は、聖剣ガヴリール、は禍々しい金属塊の重さについに砕けて折れた。


 やるだけの事はやったと思う。後悔はあるが、目の前に真っ白な光が広がっていくのを僕は感じた。

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