第6球 深海野球! 水を得た魚人ナインと大波を呼ぶフルスイング
「……ねえ大河。私、水泳大会のマネジメントをしにきたわけじゃないんだけど」
地区大会3回戦のグラウンド。ほのかは膝まで水に浸かった状態で、ぐちょぐちょになったスコアブックを掲げてため息をついていた。
前夜からの記録的な大豪雨のせいで、球場は完全に冠水していた。普通なら確実に試合中止のレベルだが、高野連の偉い人が「日程が詰まってるから強行!」と言い出したため、前代未聞の水上野球が開催されることになったのだ。
「俺だって、スパイクじゃなくてビーチサンダルでバッターボックスに立ちたくねよ!」
俺は、愛用の三十キロの錨型バット『アイアン・アンカー』を水底の土に突き立て、波打つグラウンドを見回した。
幸い、俺のバットは『錨』なので、水に流される心配だけはなかった。
「ふん、環境としては最悪ね」
ベンチ代わりのゴムボートの上で、暦がノートPCを防水ビニールで包みながら告げた。
「対戦相手は『深海水産高校』。海底の魚人街からやってきた、生徒全員が魚類の遺伝子を持つ魚人ナインよ。彼らは水深が深ければ深いほど、身体能力が地球人の十倍以上に跳ね上がるわ」
「ギョギョギョ! 地球人の陸上野球なんて、僕たちの敵じゃないギョ!」
対戦相手のベンチから、頭部が完全にサメやマグロ、タコになっているユニフォーム姿の魚人たちが、水面をイルカのようにジャンプしながら現れた。
ピッチャーの『鮫島』は、鋭い牙を剥き出しにしながら、水中で尾びれを激しく狂わせていた。
「フン、魚類ね」
セカンドのルナが、銀髪のツインテールが濡れるのを嫌がりながら、水面をぷかぷかと浮いていた。背番号『4』。
「暗殺ギルドの任務で、ホオジロザメの脳天を撃ち抜いたこともあるわ。今日の晩御飯は、まとめて海鮮丼にしてあげる」
「ガハハ! 密漁になるから海鮮丼にするな!」
冴子監督が、ゴムボートの上で一升瓶(中身は冷やし甘酒)をラッパ飲みしながら吼えた。
「いいかタコドモ! 相手が魚なら、こっちは一本釣りだ! 大河、テメェのバットは元々海の道具だろ! ホームランの網を仕掛けてこい!」
「本当に試合を始めるんですか!?」
ほのかが水上の審判に詰め寄った。
『本部からは、グラウンドコンディションを見て適切に判断するようにと言われています』
「それで、このプールを見てどう判断したんですか?」
『魚人側から“最高”との申告がありました』
「片方のチームだけに聞かないでください!」
ほのかの抗議はさておき、
『プレイボール(プカプカ)!!』
水に濡れて気の抜けた審判のコールと共に、前代未聞の「深海タイマン野球」が幕を開けた。
一回表。サイハテ高校の攻撃。マウンド(というか、水深が一番深い場所)に立つサメ魚人の鮫島が、不敵に笑った。
「喰らうギョ! 僕の超高速水流魔球――『ハイドロ・シャーク・バスター』!」
ザッパーン! と激しい水飛沫をあげて放たれた白球は、水圧を完全に味方につけ、まるで魚雷のような速度で水面下を突進してきた。
先頭バッターのゼットが打席に入る。
「バルカン星には、海が無い……! 水の抵抗、計算できない!」
ゼットがバットを振るが、水の抵抗でスイング速度がガタ落ちし、球に触れることすらできずに空振り三振。
続く二番のルナも、自慢の俊足を発揮しようとしたが、一塁へ走る途中でフクラギ魚人の一塁手に「背泳ぎ」で先回りされ、タッチアウト。
三番の獅子王にいたっては、大の「水嫌い(ネコ科)」であるため、バッターボックスに入る前に「濡れるのイヤだニャーン!」と叫んでゴムボートの上に丸くなって引きこもってしまった。
「獅子王! 試合に出たら高級マタタビを一本やる!」
冴子監督が叫ぶと、獅子王は一瞬だけ水面を見た。
「二本」
獅子王がゴムボートの上から前脚を二本立てた。
「交渉を覚えやがった!」
一回表、サイハテ高校は水の抵抗に文字通り足元をすくわれ、あっさりと三者凡退に倒れた。
一回裏。深海水産高校の攻撃。マウンドには、我が校の守護神(宇宙人)、ゼット。
『ワタシの、重力球、水の中でも、沈める……』
ゼットが『重力崩壊球』を投じる。しかし、水中に放たれた重力球は、水の質量を吸い込みすぎて巨大な『渦潮』に変貌してしまった。
「チャンスギョ!」
魚人バッターは、その渦潮の回転を逆に利用し、サーフィンのように波に乗ってバットをジャストミートさせた。
チュドーン! と放たれた打球は、水面を水切り石のように『パシャパシャパシャ!』と超高速で跳ねながらレフト前へ。
「捕るギョ!」と、タコ魚人のランナーが八本の足をフル稼働させて、クロールでベースを猛爆走していく。
『エラー。水流による乱反射で、ボールの軌道が完全に予測不能です。警告。内部回路が
ショートします』
「九十九、あなたキャッチャーでしょ!?」
ほのかがゴムボートから叫んだ。
『電気的なショートです』
「こんな状況で守備位置の話をするわけないでしょ!」
レフトを守るType-99が、体内に水が侵入して「ショート寸前」になりながらバグを起こしていた。気がつけば、三回を終わってスコアは「4対0」。
完全に水を得た魚状態の魚人ナインに対し、サイハテ高校はカナヅチ状態。ノーヒットのまま点差を広げられていた。
「クソッ……! グラウンドがプールじゃ、俺たちのパワーが半分も出せねえ……!」
ベンチ(ゴムボート)に戻った俺は、アイアン・アンカーを握りしめ、ビショビショのユニフォームを絞りながら悔しがった。
「大河、諦めるのは早いわ」
暦が防水ビニールの中から、不敵な笑みを浮かべてタブレットを差し出してきた。
「魚人たちの弱点を完全に解析したわ。彼らはエラ呼吸と皮膚呼吸に頼っている。つまり、グラウンドの水が『一瞬でも完全に消失』すれば、彼らは急激な気圧変化と酸素不足で、数秒間完全にフリーズするわ」
「グラウンドの水を消すって……そんなことできるわけ――」
ほのかが目を丸くする。
「できるわよ。大河のあのバットならね」
暦が俺の『アイアン・アンカー』を指さした。
「大河、次の打席、あんたのその錨で、グラウンドの『排水口』……いえ、球場全体の水を巻き込むほどの『超巨大な竜巻』を起こしなさい。水をすべて天高く跳ね上げるのよ」
「よっしゃ、海の道具の本当の使い方、見せてやるよ!」
俺はニヤリと笑い、アイアン・アンカーを両手で構えた。
五回表。サイハテ高校の攻撃。二死満塁のチャンス。バッターボックスには、俺。水深はすでに股下の位置まで達していた。
マウンドの鮫島が、鋭い牙をガチガチと鳴らす。
「往生際が悪いギョ、地球人! これで完全に海の底へ沈めてやるギョ!」
鮫島が尾びれを激しく一閃し、この日一番の魚雷魔球を投げ込んできた。ボールの周囲に本物のサメの幻影(水流)が渦巻いている。
(海の底へ沈むのは、お前らの方だ……!)
俺はアイアン・アンカーのグリップを限界まで握り締め、腰を深く落とした。そして、迫りくる魚雷球に対し、バットを水平に振るのではなく、ゴルフのスイングのように『水底の泥ごと、真上に向かって』爆発的に振り上げた。
「これぞ錨ヶ崎家秘伝! アイアン・アンカー・アッパーカットォォォ!!」
ズバガアアアアアアアアアン!!!!!
金属音ではない。まるで海底火山が爆発したかのような、凄まじい大爆発音が
球場に錨ヶ崎いた。
三十キロの錨型バットが巻き起こした超絶的な遠心力と風圧により、グラウンドに溜まっていた数千トンの水が、巨大な『水の竜巻』となって、天高く、雲の上まで一気に吸い上げられていった。
一瞬にして、グラウンドの水が「ゼロ」になり、カラカラの土が剥き出しになる。
「ギョギョギョ!? 水が無いギョ!? 息が……息ができないギョー!」
さっきまでスイスイ泳いでいた魚人ナインが、突然の陸地化にパニックを起こし、グラウンドの上でピチピチと跳ねるだけの、ただの魚になってしまった。
そして、その完全にフリーズしたサメピッチャーの目の前で、水流を剥ぎ取られた『本物の白球』が、無防備にふわリと宙に浮いていた。
「これなら、ただの絶好球だなぁッ!!」
俺はさらにアンカーバットをトップの位置まで戻し、残った全筋力を解放して、浮いたボールを真芯でブチ抜いた。
ドッゴォォォォォン!!
放たれた白球は、天高く上っていた「水の竜巻」を真っ二つに切り裂きながら、夏の太陽をも貫くような一筋の閃光となり、バックスクリーンを遥かに越えて場外へと消え去っていった。
逆転満塁サヨナラ場外ホームラン。その瞬間、空に吸い上げられていた大量の水が、まるでスコールのようにグラウンドへ一気に降り注いだ。
「冷たーーい! でも、やったああああ! 大河、大逆転だよ!」
ほのかがゴムボートから飛び出してきて、水浸しの俺の首に抱きついた。うん、濡れたユニフォームが張り付いて、いつもよりさらに柔らか……おっと。
「ふん、私の計算通りね。質量と風圧による、強制的流体排除の成功よ」
暦が満足げに微笑む。マウンドでは、再び水を得た鮫島が、仰向けに浮きながら呆然と空を見上げていた。
「ギョフゥ……。海の道具に、海そのものを支配されるとは……。僕たちの完全な一本釣り負けギョ……」
「ガハハハハ! 3回戦も突破だ!」
冴子監督がゴムボートの上で雄叫びをあげた。
「よし、この勢いで4回戦も圧勝するぞ! 次の相手は、何でも『魔法で守備位置を入れ替える魔術高校』だそうだ!」
「魔術!? ついにオカルトのジャンルが本格的なファンタジーに突入したじゃねえか!!」
俺の絶叫が、水飛沫の舞う夏の青空に虚しく響き渡った。深海すらも力ずくでサルベージした俺たちの野球。甲子園への道のりは、ついに世界の理すらも歪めようとしていた。
(第6球・了)




