第5球 未来予知! 神の眼を持つナインと確率0%の運命改変
「……ダメだわ。どんなにシミュレーションしても、結果が『敗北』にしかならない」
地区大会2回戦の朝。サイハテ高校野球部の部室で、姉の錨ヶ崎暦がかつてないほど険しい表情でノートPCを見つめていた。
「おいおい、姉ちゃんが弱音吐くなんて珍しいじゃん。相手はそんなにヤバいのか?」
俺は、愛用の三十キロの錨型バット『アイアン・アンカー』を磨きながら尋ねた。
「ヤバいなんてレベルじゃないわ」
暦はメガネの位置を直しながら、画面のデータを俺たちに見せる。
「対戦相手の『私立・天命高校』。そのキャプテンでありピッチャーの『預言ナルト』は、本物の未来予知能力者よ。彼が試合前にSNSに投稿する『試合結果の予言』は、これまで一作の狂いもなく百%的中しているわ。ちなみに今朝、彼が投稿したスコアは『20対0で天命高校の圧勝。サイハテ高校は完全試合で敗れる』よ」
「完全試合ぃ!?」
マネージャーのほのかが、持っていたポカリスエットのボトルを落としそうになった。
「そんなの、試合をやる前から負けるって決まってるようなものじゃない! 嫌よ、私、そんな絶望的な試合のスコアなんてつけたくない!」
「ちなみに投稿には、『今日も未来が見えました』という文章と、神秘的な自撮り写真が添えられているわ」
「予言者も自撮りするの!?」
「現在、十二万いいね」
「負ける前から俺たちが炎上の踏み台にされてる!」
「フン、未来予知ね」
セカンドのルナが、銀髪のツインテールをいじりながら不敵に笑った。
「宇宙の暗殺ギルドでも、予知能力者は一番厄介なターゲットだったわ。こちらの攻撃の
軌道をすべて先読みして回避するのよ。……でも、予知された未来なんて、力ずくで書き換えればいいだけの話じゃない?」
「ガハハ! 暗殺者の言う通りだ!」
ジャージ姿の冴子監督が、一升瓶(中身はキンキンに冷えたトマトジュース)を豪快に飲み干した。
「運命だの予言だの、そんなモンに大人しく従うタマかよ、ウチの連中が! ほら、グラウンドへ行くぞ。神様だか予言者だか知らねえが、その綺麗なお眼目をひっくり返してやる!」
『プレイボール!!』
突き抜けるような青空の下、サイハテ高校の「未来との戦い」が始まった。
一回表。サイハテ高校の攻撃。マウンドに立つ天命高校のピッチャー、預言ナルトは、
長い前髪で片目を隠した、どこか神秘的な雰囲気を纏う美少年だった。
彼はバッターボックスの宇宙人・ゼットを見つめ、穏やかに口を開いた。
「無駄だよ。君が次に投じる球をどうスイングするか、僕の『神の眼』にはすでに見えている。君は内角低めのストレートを強振し、サードフライに倒れる」
シュッ、とナルトの手からボールが放たれる。
「バルカン星人の、意地を、見せる……!」
ゼットが吠えてバットを振った。だが、その打球は、まさにナルトが予言した通りの
角度で高く上がり、サードのグラブへと正確に収まった。
『サードフライ! アウト!』
「な、本当に予言通りになった……!?」
ほのかが青ざめる。
続く二番、ルナ。ナルトはまたしても穏やかに告げる。
「君は外角のスライダーを無理に引っ張り、ファーストゴロだ」
「なめるなァッ!」
ルナが右腕の魔グラブを構え、強引にバットを振り抜いた。
しかし、打球は無情にも一塁手の正面へ転がり、ファーストゴロ。
三番のライオン人間・獅子王も、「お前は猫じゃらしの幻影を見て空振り三振する」と言われ、本当にキャッチャーの構えが猫じゃらしに見えてしまい空振り三振。
一回表、サイハテ高校は、ナルトの言う通りの結果で三者凡退に抑えられた。
一回裏。天命高校の攻撃。天命高校のバッターたちは、ゼットの『重力崩壊球』の軌道を、投げる前から完全に理解していた。
「次の球は、君から見て右に十センチ変化する重力球だ。だから、ここにバットを
置いておけばいい」
カツン、と綺麗に合わされた打球が、次々と外野へ運ばれていく。
さらに、ランナーはキャッチャーのType-99が「二塁へ送球する未来」を先読みし、完璧なタイミングで盗塁を成功させていく。
『エラー。相手の行動予測アルゴリズムが、当機の演算速度を凌駕しています。勝率0%』
Type-99すらも、未来予知の前にはバグを起こしそうになっていた。
三回を終わって、スコアは「5対0」。天命高校はヒットを量産し、サイハテ高校は
ランナーを一人も出せないまま、完全に試合の主導権を握られていた。
「クソッ……! 次に何が起きるか分かってる相手と野球やるのが、こんなにキツいなんて……!」
ベンチに戻った俺は、アイアン・アンカーを握りしめ、地面を睨みつけた。
打席に入っても、自分のスイングの結末をあらかじめ告げられ、その通りの結果になってしまう。精神的なプレッシャーが半端じゃない。
「大河、取り乱さないで」
暦がノートPCの画面を俺たちに向けた。その瞳には、まだ科学の光が消えていなかった。
「預言ナルトの未来予知を分析したわ。彼の脳は、周囲のあらゆる物質の運動ベクトルと、人間の思考から発せられる微弱な脳波をスキャニングして、『数秒後の確定的な未来』を演算しているのよ。つまり、超高性能な確率予測ね」
「それって、対策はあるの?」
ほのかが身を乗り出す。
「ええ。彼の予測の前提は『合理的な行動』と『地球人の脳波』よ。なら、それを完全に崩壊させる『ノイズ』を混ぜればいいわ。……ゼット、獅子王、Type-99。出番よ。あんたたちの『人知を超えたカオス』を、グラウンドにブチまけなさい」
『了解、データ分析官……。バルカン流の、混沌、見せる』
ゼットが四つの目を怪しく明滅させた。
四回裏。天命高校の攻撃。マウンドのゼットは、突然バッターに背を向けた。
「ゼット君、向きが逆よ!」
ほのかが慌ててベンチから身を乗り出した。
『未来予知を、外すため、投げる方向も、外す』
「外しすぎ! 野球場から思想まで外れてるわ!」
ゼットはバッターではなく『バックスクリーン』に向かって全力投球した。
「なっ!? 暴投……!?」
天命高校のバッターが驚く。だが、放たれた重力球は、バックスクリーンに激突した瞬間、その超重力によって球場全体の『空間の歪み』を引き起こした。
重力の乱反射により、ボールは不規則にバウンドしながら、マッハの速度でキャッチャーのType-99のミットへ勝手に吸い込まれていった。
『ストラーイク!』
「な、何だその軌道は!? 僕の予知に無かったぞ!」
ナルトが初めて動揺の声をあげる。
さらに、次の打球がサードへ飛んだ瞬間、獅子王が「ガルルル!」と叫びながら、二足歩行から完全な四足歩行の野生モードへとシフト。予測不可能な獣のステップで打球をキャッチし、そのまま一塁へボールを『口で咥えて』弾丸のように吐き出した。
『アウトォッ!』
予測の斜め上を行く宇宙人と野生動物のプレイに、ナルトの未来予知の演算が追いつかなくなる。
「バカな……! 脳波が、ノイズだらけで読み取れない……!」
そして五回表。サイハテ高校の攻撃。二死満塁。ついに巡ってきた、この試合最大のチャンス。バッターボックスには、俺。マウンドのナルトは、額に大量の汗をかきながら、激しく充血した目で俺を睨みつけていた。
「錨ヶ崎……大河……! 君の未来だけは、どうしても霞んで見えない……! だが、僕の神の眼が告げている! 君は次の球を空振りし、この試合は僕たちの勝ちで終わるんだ!」
「へえ、そうかい」
俺は三十キロのアイアン・アンカーをゆっくりと構えた。
「ナルトくん。お前の予知能力は確かにすごいよ。でもな、野球ってのは、データや確率だけで決まるもんじゃねえんだ」
俺の後ろのベンチからは、ほのかの「大河、かっ飛ばせー!」という必死の声援が聞こえる。ルナも「負けたら承知しないわよ」とツンンとしながら見つめている。
冴子監督は一升瓶を掲げて不敵に笑っている。
「みんなの想いも、俺のこのアンカーバットの重さも、お前のちっぽけな未来予知の枠には、収まりきらねえんだよ!!」
ナルトが悲鳴のような声をあげて、渾身のストレートを投げ込んできた。
その球は、彼の執念が乗り、空中でわずかにブレる魔球となっていた。
(未来なんて、知ったことか……!)
俺は目をカッと見開き、全身の筋力をバットのグリップへと集中させた。
ナルトの眼に、一瞬、俺がバットを振り抜いた『未来の残像』が映ったはずだ。彼は勝ったと確信し、口元を歪めた。
だが、俺はその予測されたスイングの軌道を、インパクトの『直前』で、腕の骨が軋むほどの力で強引に捻じ曲げた。
暦の指示通り、脳で考えるな、ただ野生の直感で、予測を裏切る『超カオス・フルスイング』を繰り出す!
「運命ごと、叩き割れええええええ!!!」
ズゴォォォォォォォォォン!!!!!
球場全体が震えるような、凄まじい衝撃音が錨ヶ崎いた。ナルトが予測していた未来の
打球軌道を完全に拒絶し、白球はアイアン・アンカーの爪にへし折られながら、光り輝く
弾丸となって夜空へ――いや、昼間の太陽へと向かって一直線に爆飛していった。
それは、預言ナルトの「予言」を完全に粉砕する、逆転満塁サヨナラホームランだった。
静寂の中、ナルトはマウンドに崩れ落ち、自分の手のひらを呆然と見つめていた。
「予言が……外れた……」
ナルトは震える手で、もう一度右目を開いた。
「このあと冴子監督は、僕の肩を三回叩く――」
「ガハハハ! 惜しいな!」
冴子監督は四回叩いた。
「最後の一回は嫌がらせですよね!?」
ナルトは叩かれた肩を押さえた。だが、すぐにその顔から笑いが消えた。
「……僕の見た未来が、力ずくで、書き換えられた……」
「ガハハハハ! 見たか予言者! これがウチの破壊神(大河)の力だ!」
冴子監督が俺の背中をドカンと叩いた。
「やったわね、大河!」
ほのかが涙目でスコアブックを掲げる。そこには、天命高校の予言を覆した『6対5』の、サイハテ高校の勝利の記録が刻まれていた。
「ふん、確率0%の未来を引っくり返すなんて、本当に非科学的な男ね、あんたは」
暦が呆れ顔で、しかし嬉しそうに微笑んだ。
マウンドから、ナルトがふらふらと俺の元へ歩み寄ってきた。彼の前髪が割れ、綺麗な両目が俺を真っ直ぐに見つめていた。
「……負けたよ、錨ヶ崎大河。君たちの野球には、未来を不確定にする最高の熱量がある。甲子園、絶対に勝ち進んでくれよ」
「ああ、任せとけ!」
俺たちはガッチリと握手を交わした。
「よし、2回戦も突破だ!」
冴子監督がトマトジュースをグイッと干した。
「次の3回戦の相手は……ほう、面白い。海底から現れた『魚人野球部』だそうだ!」
「魚人!? 今度は地上を飛び出して海の世界かよ!!」
俺の絶叫が、運命を書き換えた夏の空に響き渡った。
予言すらも力ずくでサルベージした俺たちの野球。
甲子園への進撃は、いよいよ深海の世界へと舵を切ろうとしていた。
(第5球・了)




