第4球 忍法野球! 影に潜むナインと消える一塁ベース
「いよいよ始まったわね、夏の甲子園・地区予選……!」
七月上旬、セミが鳴き始めた地方球場のベンチ。ほのかが新品のスコアブックを胸に抱きしめながら、緊張で声を震わせていた。
「おいおいほのか、そんなにガチガチになるなよ。相手はただの高校生だろ?」
俺は愛用の三十キロの錨型バット『アイアン・アンカー』をベンチの床にドスンと置き、スポーツドリンクを煽った。
「大河、ただの高校生じゃないわ」
暦が冷徹にノートPCの画面を見せてくる。
「対戦相手は『私立・隠密高校』。文部科学省の『特殊忍術伝承特区』に指定された、生徒全員が本物の忍者で構成された学校よ。彼らの走塁データは、時速六十キロを超えているわ。しかも気配が完全にゼロ」
「……あいつら、ニンジャなの?」
ベンチの端で、前回の試合(?)で無理やり入部させられた宇宙の暗殺者・ルナが、不機嫌そうに銀髪のツインテールを揺らした。彼女の背番号は『4』。すっかりセカンドの
ユニフォームが板についている。
「暗殺のプロである私に隠密行動で挑むなんて、いい度胸じゃない。グラブの藻屑にしてやるわ」
「ガハハ! 殺し合いじゃねえんだからグラブの藻屑にするな!」
冴子監督が一升瓶(中身は冷やし麦茶)を叩きつけ、俺たちの背中を順番に
引っぱたいた。
「いいか、おまえら! 公式戦だからって縮こまるんじゃねえぞ! いつも通り、常識の枠をぶっ壊して勝ってこい!」
『プレイボール!!』
審判の甲高い声と共に、サイハテ高校野球部の、運命の公式戦第1回戦が幕を開けた。
一回表。サイハテ高校の攻撃。マウンドに上がった隠密高校のピッチャーは、ユニフォームの上から黒い頭巾を被り、口元を布で覆っている。
背番号は「ハ(8)」。
先頭バッターの宇宙人・ゼットが打席に入る。
シュッ! と乾いた音がした瞬間、ピッチャーの手から球が放たれた。
いや、球ではない。「おい! あれ硬球じゃなくて『手裏剣』だろ! 曲がり方がエグい!」
俺はベンチから身を乗り出して叫んだ。放たれた白球は、まるで手裏剣のように鋭く回転しながら、信じられない角度でジグザグに変化してキャッチャーミットに収まった。
『ストラーイク!』
『チ、チキョウの、忍術、物理法則が、壊れてる……』
四つの目を丸くしたゼットは、あえなく三振。
続く二番、暗殺者ルナ。
「ハッ、そんな子供騙しの投球、私の暗殺眼で見切るわ!」
ルナが鋭くバットを振る。快音が響き、打球は誰もいない一二塁間へ転がった。
「よし、ライト前ヒット!」
ほのかが歓声をあげる。ルナが俊足を飛ばして一塁ベースへ駆け込む。
だが、その直前。ドロンッ! という小気味いい破裂音と共に、一塁ベースの周辺に白い煙が立ち込めた。
煙が晴れると――そこにあったはずの一塁ベースが、忽然と消えていた。
「えっ!? ベースが無い!?」
ルナが目を見開いて急ブレーキをかける。その隙に、どこからともなく現れた一塁手が、ルナの体にボールをタッチした。
『アウトォッ!』
「な、何よこれ! ベースを隠すなんて、完全にルール違反よ!」
ルナが猛抗議するが、審判(一般人)には煙のせいで何が起きたか見えていなかった。
ベンチの暦がメガネをクイと上げる。
「ルナ、あれは『忍法・畳返しの術』の応用よ。一塁ベースの表面に、グラウンドの土と同じ色に塗ったベニヤ板を瞬間的に被せて隠したのね。視覚の死角を突いた高度なトリックよ」
「野球でやる術じゃねえだろそれ!!」
俺もベンチから審判へ叫んだ。
『抗議は認めません。私は一塁ベースが消えたところを見ていません』
「消えたから見えてねえんだよ!」
『では、存在していた証拠を提出してください』
「公式戦で一塁ベースの存在証明を求められるとは思わなかったよ!」
三番のライオン人間・獅子王も、打席に入った瞬間にキャッチャーから「忍法・マタタビの煙」を顔面に吹きかけられ、恍惚の表情を浮かべて三振。
サイハテ高校は、忍者の奇策を前に、一歩も進めず無得点に終わった。
一回裏。隠密高校の攻撃。マウンドには、我が校のエース(宇宙人)、ゼット。
『ワタシの、重力球、忍術ごときに、破れない……』
ゼットが大きく振りかぶり、周囲の砂を吸い込みながら巨大化する
『重力崩壊球』を投げ込んだ。
だが、隠密高校の先頭バッターは、不敵にニヤリと笑うと、バットを構えたまま一歩も動かなかった。
ズドォォォン! と重力球がミットに収まる。
しかし、ストライクのコールはかからない。
『……あれ? ボールは?』
キャッチャーのType-99が、ガシャガシャと首を傾げた。
ミットの中は空っぽだった。ふと見ると、バッターの足元に、小さな『巻物』が転がっている。
「おい! ボールが巻物になってるぞ!」
俺が叫んだ。
『ピピッ……。マウンド方向、上空十メートルに質量反応あり』
Type-99が上を見上げる。いつの間にか、本物のボールは遥か上空をフワフワと舞っており、それをバッターがジャンプしてキャッチ、そのまま一塁へと滑り込んでいた。
『セーフ!』
「忍法・変わり身の術……!」
ルナが歯噛みした。
「投球の瞬間に、本物のボールと、あらかじめ用意していた巻物を入れ替えたのね。なんて汚い忍術かしら!」
「暗殺者に汚いって言われたら終わりだよ!」
隠密高校の忍者ナインは、その後もやりたい放題だった。
『走者を三名確認。全員、同一人物です』
「本物だけ刺して!」
ほのかがベンチから叫んだ。
『同一人物を三度アウトにした場合、スリーアウトとして扱われますか?』
「そんな効率的な併殺はないわよ!」
バントした瞬間に『忍法・分身の術』でランナーが三人に増え、Type-99がどれに
タッチしていいかバグを起こしてフリーズ。
さらに、サードゴロを打ったランナーが『水蜘蛛』の術でグラウンドの土の上を滑るように爆走。気がつけば、ノーヒットのまま、トリックの連続で1点を先制されてしまった。
「クソッ……。あいつら、まともに野球をやる気がねえ!」
ベンチに戻った俺は、アイアン・アンカーを握りしめて悔しがった。
「ガハハ! 面白いじゃねえか!」
冴子監督が麦茶を豪快に吹き出して笑った。
「大河、忍者が煙に巻くなら、テメェはその煙ごと、グラウンドを『地ならし』しちまえばいいんだよ。おい、暦! 忍者の配置データは頭に入ってんだろ?」
「もちろんよ」
暦が不敵に微笑み、タブレットを俺たちに見せた。
「彼らの分身や変わり身の術は、すべて『微弱なチャクラの残像』よ。本物の人間が移動できる物理的な限界速度から逆算すれば、術を発動した瞬間の『本体の位置』は完全に特定できるわ。……大河、次の打席、あんたのアンカーバットで、グラウンドの『ある地点』を強烈に叩きなさい」
「ある地点……?」
「そう。彼らの隠密フォーメーションの『中心点』よ。そこに衝撃波を叩き込めば、
すべての忍術の結界が崩壊するわ」
「よっしゃ、任せろ!」
俺はニヤリと笑い、アイアン・アンカーを肩に担いだ。三回表。二死二、三塁のチャンス。バッターボックスには、俺、錨ヶ崎大河。隠密高校のピッチャーが、再び手裏剣のごとき変化球を投げてくる。
「忍法・五月雨投法!」
放たれた一つのボールが、空中で『十数個』に分身し、激しい雨のように俺の元へ降り注いできた。どれが本物か、目視では絶対に判別できない。
(目で見ちゃダメだ……。姉ちゃんのデータを信じる……!)
俺は迫りくる十数個のボールを完全に無視し、バットを「上」ではなく、思い切「下」
――つまり、ホームベースの真横の地面に向かって振り下ろした。
「お前らの姑息な忍術ごと、叩き潰すわぁぁぁ!!」
ズガアアアアアアアアアン!!!!
金属音ではない。まるで隕石が衝突したかのような、凄まじい地鳴りと破壊音が球場に響き渡った。俺の三十キロの『アイアン・アンカー』が、グラウンドの土盤を真っ二つに叩き割る。
衝撃波は津波のようになって地中を伝わり、隠密高校のディフェンス陣へと襲いかかった。
ドロンッ! ドロンッ! ドロンッ!
「ギエエエエ!?」
「拙者の忍術がぁぁ!?」
衝撃波によってグラウンドの土が激しくめくれ上がり、分身していたボールは一瞬で消滅。そればかりか、外野の草むらや、バックネットの影に潜んで『分身の術』を補佐していた控えの忍者部員たちまでが、一斉に煙を吹いて飛び出してきた。
「今よ、大河! 本物はそこよ!」
ほのかが叫ぶ。
衝撃波によって強引に地上へ弾き飛ばされた、たった一つの『本物の白球』が、目の前でフワリと浮き上がっていた。
「これで、逃げ隠れはできねえなぁッ!!」
俺は地面に突き刺さったアンカーバットを力任せに引き抜き、そのまま独楽のように体を一回転させて、浮いたボールを真芯で捉えた。
ドッゴォォォォォン!!
今度は、正真正銘の破壊的な打球音が響いた。放たれた白球は、隠密高校が仕掛けたありとあらゆる忍術の結界を文字通り『引き裂き』ながら、バックスクリーンを粉砕して遥か彼方の空へと消えていった。
逆転の3ランホームラン。
『ゲ、ゲームセット……。サイハテ高校の勝ち……(唖然)』
審判が呆然としながら告げた。
「やったああああ! 大河、大逆転だよ!」
ほのかがベンチから飛び出してきて、俺の腕に抱きついた。うん、やっぱり柔らかい。
「ふん、私の計算通りね。忍術といえど、物理的な質量兵器の前には無力よ」
暦がフッと満足げに微笑む。マウンドでは、頭巾がボロボロになった隠密高校のピッチャーが、ガクリと膝をついていた。
「見事なり、サイハテ高校……。拙者たちの忍法野球が、まさか力づくで
叩き潰されるとは……。これにて、ドロン仕る!」
忍者たちは再び煙を巻くと、一瞬で球場から消え去っていった。
「片付けはちゃんとしていけ」
消えた忍者たちに、俺は叫んだ。
「大河。グラウンドを真っ二つにしたのは、あなたよ」
暦が突っ込む。
「……忍者だけ呼び戻して、半分ずつ直さない?」
ほのかはグラウンドの方を見ながら言った。
「ガハハハ! 1回戦突破だ!」
冴子監督が一升瓶を掲げて吼えた。
「よし、この調子で2回戦もぶちのめすぞ! 次の相手は、何でも『未来の試合結果が見える予言者』がいるチームらしいからな!」
「予言者!? もうそれ野球の練習じゃなくて世界線との戦いじゃねえか!!」
俺の絶叫が、夏の青空に響き渡った。忍者を力づくで分からせた俺たちの野球。甲子園への道のりは、ついに未来の運命すらも変えようとしていた。
(第4球・了)




