第7球 魔学野球! シャッフルされる守備位置と理不尽をブチ破る錨
ベスト4進出をかけた地区大会準々決勝。マネージャーのほのかが、怪しく発光するスコアブックを突き出し、半泣きで俺のユニフォームにしがみついていた。
「……ちょっと、大河。スコアブックの文字が、さっきから勝手に『古代ルーン文字』に書き換わっちゃうんだけど!」
「俺のアイアン・アンカーも、さっきからなぜか『トカゲの尻尾』に変えられそうになってるんだよ!」
俺は、愛用の三十キロの錨型バットを必死に握りしめ、妙な紫色の霧が立ち込めるグラウンドを睨みつけた。
「見せて」
ベンチにいた暦へ、ほのかは怪しく光るページを向けた。
「読めるの、暦さん?」
「古代ルーン文字なら読めるわ。『一回表、ゼット、見逃し三振』」
暦が眼鏡を押し上げて読み上げる。
「試合が始まる前から書かれてる!」
「その下に『マネージャー、胃薬を二錠服用』ともあるわ」
「そこまで予言しなくていいのよ!」
暦はスコアブックから視線を上げると、隣に置いていたノートPCを引き寄せた。
画面には、魔法の妨害電波による激しいノイズが走っている。
「ふん、時空転移と物質変換の複合結界ね」
暦はバグりかけたノートPCをペンペンと叩きながら冷徹に言った。
「対戦相手は『私立・メルヘン魔術高校』。世界魔術連盟の認可を受けた、本物の魔法使い(マギ)だけで構成されたチームよ。彼らは物理法則を書き換え、野球の概念そのものをファンタジーへと変貌させるわ」
「フン、魔術ね」
セカンドのルナが、銀髪のツインテールを揺らしながら、右腕の魔グラブ『ギャラクシー・ボイド』の出力を確認していた。
「暗殺ギルドの任務で、悪魔召喚師をサバ折りにしたこともあるわ。彼らの呪文が完成する前に、全員の顎を砕いてあげる」
「ガハハ! 没収試合になるから顎を砕くな!」
冴子監督が一升瓶(中身はハーブティー)をベンチに叩きつけ、俺たちのケツをノックバットのグリップで小突いた。
「いいかタコドモ! 相手が魔法陣なら、こっちは物理法則の弾丸だ! 大河、テメェの錨で、あの胡散臭いホ〇ワーツもどきを更地にしてきやがれ!」
『プレイボール(ポータルの音)!!』
不気味に響く審判のコールと共に、単行本第1巻のクライマックスにふさわしい「理不尽魔学野球」の幕が上がった。
一回表。サイハテ高校の攻撃。
マウンドに立つ魔術高校のピッチャーは、とんがり帽子を被り、長い杖をバットの代わりに持った美少年『マギ・レオン』。彼は不敵に微笑むと、帽子から白球を取り出し、呪文を唱えた。
「開け、混沌の門!」
シュッ、と放たれた球は、キャッチャーミットの手前で突如として『小さなワープホール』に吸い込まれた。
そして次の瞬間、先頭バッターの宇宙人・ゼットの『真後ろ(バックネット裏)』から
球が飛び出してきた。
『ストラーイク!』
「なっ!? 空間跳躍か!?」
ゼットが四つの目を剥く。後ろからストライクゾーンを通過する魔球など、打てるわけがない。ゼットはあえなく見逃し三振。
続く二番、ルナ。
「軌道が変わる前に、放たれた瞬間を叩く!」
ルナが暗殺者の反射神経で、ワープする直前の白球を完璧に捉えた。
キィィィン! と快音が響き、打球はレフト線ギリギリのフェアゾーンへと鋭く飛んでいく。
「よし、長打コース!」
ほのかが声をあげる。だが、マギ・レオンがニヤリと笑い、パチンと指を鳴らした。
「『位置置換』!」
その瞬間、グラウンドに巨大な魔法陣が展開。なんと、レフトを守っていた魔術高校の選手が、打球が落ちる位置へ『瞬間移動』したのだ。
それだけではない。ライトを守っていた選手がサードへ、セカンドがセンターへと、守備位置がデタラメにシャッフルされていた。
「嘘でしょ!? 守備位置が瞬間移動した!」
ほのかが絶叫する。
あらかじめ落下地点にワープしていたレフトに球をキャッチされ、ルナはレフトフライに倒れた。
「……我、バナナは別に好きではないぞ」
「そこは食いつかないんだ!」
俺はベンチから思わず叫んだ。
「ライオンであるからな」
「急に動物学だけ正確に戻るなよ!」
三番のライオン人間・獅子王も、打席に入った瞬間にバットを「極太のバナナ」に変えられてしまい、戸惑っている間に見逃し三振。
サイハテ高校は、魔法の理不尽なルール改変の前に、手も足も出ず無得点に終わった。
一回裏。魔術高校の攻撃。マウンドには、我が校のエース(宇宙人)、ゼット。
『ワタシの、重力球、魔法すらも、吸い込む……』
ゼットが『重力崩壊球』を投じる。
しかし、魔術高校のバッターがバット(風の杖)を一閃すると、球の周りの重力が反転。
「『重力反転』!」
球はバットに当たってもいないのに、勝手に上空へとフワフワと舞い上がり、そのまま風に乗って外野フェンスを越えていってしまった。
ホームランである。
さらに、守備では、キャッチャーのType-99がセカンドへ送球しようとした瞬間、ボールが『喋るカエル』に変身。
『警告。生命体の送球は、高野連の動物愛護の精神に反します』
「いいから投げて!」
ほのかが叫んだ。
『ケロッ! 僕にも家族がいるんだぞ!』
カエルになった白球が、Type-99の手の中で抗議した。
「ボール側からも抗議された!」
『送球を正式に中止します』
「九十九、カエルの意見を尊重しすぎ!」
Type-99の安全回路が作動して送球不能に。
気がつけば、三回を終わってスコアは「5対0」。
完璧に魔法に支配されたグラウンドで、サイハテ高校は完全に翻弄されていた。
「クソッ……! 打てばワープされる、守れば重力を変えられる……。こんなの野球じゃねえよ!」
ベンチに戻った俺は、アイアン・アンカーを握りしめ、悔しさに唇を噛んだ。
「大河、取り乱すのはデータの無駄よ」
暦がバグったPCを再起動させ、不敵な魔女のような笑みを浮かべた。
「彼らの魔法の正体を完全に解析したわ。空間跳躍も位置置換も、すべてはグラウンドの地中に埋め込まれた『魔力の供給ライン(レイライン)』を起点に発動している。つまり、その大元の回路を『物理的に叩き割れば』、すべての魔法は強制解除されるわ」
「魔力の回路を叩き割るって……どうやって?」
ほのかが目を丸くする。
「大河のあのバットなら可能よ。あんたのバットの質量は三十キロ、かつ、あんたのフルスイングから生み出される運動エネルギーは、中規模の地震に匹敵するわ。……大河、次の打席、グラウンドの『核』を狙いなさい」
「よっしゃ……! ファンタジーだか何だか知らねえが、俺の錨は、世界の理ごと引き揚げるためにあるんだよ!」
俺は不敵に笑い、アイアン・アンカーを肩に担ぎ直した。
五回表。サイハテ高校の攻撃。二死満塁のチャンス。バッターボックスには、俺。マウンドのマギ・レオンが、長い杖を構えて嘲笑う。
「諦めなよ、野蛮な地球人。僕たちの魔法の世界線では、君たちの勝利の確率は0%だ」
レオンが放った最後の魔球――空間を幾重にも歪める『終焉のワープ魔球』が、禍々しい紫の光を放ちながら迫る。
(確率だの世界線だの……そんなもん、俺のフルスイングでブチ破る!!)
俺はアイアン・アンカーのグリップを限界まで握り締め、背中の筋肉を爆発させた。そして、迫りくるワープ球を打つのではなく、バットを思い切り『ホームベースの真下の地面』に向けて、地球の中心を叩き割る気迫で振り下ろした。
「喰らえ! 錨ヶ崎家秘伝――アイアン・アンカー・グランドクラッシュォォォ!!!」
ズガァァァァァァァァァン!!!!!
球場全体、いや、周囲の空間そのものが割れるような、凄まじい大爆発音が轟いた。
三十キロの錨型バットが地面を直撃した瞬間、超絶的な衝撃波が地中を伝わり、魔術高校がグラウンドに張り巡らせていた「魔力の供給ライン」を、文字通り『力ずくで粉砕』した。
バリバリバリ!
とガラスが割れるような音がして、球場を覆っていた紫色の霧が一瞬で霧散する。
「な、何だって!? 僕たちの魔法結界が、ただの腕力で破壊されただと!?」
マギ・レオンがとんがり帽子を落として驚愕する。
結界が消えたことで、空間跳躍の途中で迷子になっていた『本物の白球』が、マウンドとホームベースの真ん中で、無防備にポツンと静止した。
「魔法が解けたら、ただのヘロヘロ球じゃねえか!!」
俺は地面に突き刺さったアンカーバットを強引に引き抜き、独楽のように体を高速回転させ、その白球を真芯で完璧に捉えた。
ドッゴォォォォォン!!
これまでにない、正真正銘の『最強の破壊音』が響き渡った。
放たれた白球は、魔術高校の選手たちが瞬間移動する隙すら与えず、光の速度で一二塁間を真っ二つに裂き、バックスクリーンを粉砕して遥か彼方の夜空――いや、夏の太陽の向こう側へと消え去っていった。
逆転サヨナラ満塁場外ホームラン。
『6対5』。サイハテ高校、奇跡の大逆転勝利でベスト4進出!
「やった、やったああああ! 大河、本当に魔法を破っちゃった!」
ほのかがグラウンドに飛び出してきて、俺の首に思い切り抱きついた。興奮して胸が当たって……いや、今は勝利の余韻に浸ろう。
「ふん、私の計算通りね。どんな神秘も、圧倒的な質量と運動エネルギーの前にはただのペテンよ」
暦が満足げにメガネをクイと上げた。
マウンドでは、マギ・レオンが膝をつき、自分の杖が真っ二つに折れているのを見て呆然としていた。
「負けたよ……。僕たちの魔学を上回る、これが地球の……いや、サイハテ高校の『カオス(熱量)』か……」
「ガハハハハ! ベスト4進出だ!」
冴子監督が一升瓶を掲げて吼えた。
「よし、このままの勢いで準決勝、決勝もぶちのめして甲子園に行くぞ! 覚悟しやがれ、テメェら!」
サイハテ高校の全員が、拳を突き上げた。
「おおおおお!」
その直後、Type-99の胸部から一枚の紙が吐き出された。
『高野連から回答が届きました。宇宙人、獣人、アンドロイド、暗殺者の選手登録について、再審査が必要とのことです』
「ここまで勝って、今さら出場資格の話ぃぃぃ!?」
俺の絶叫とともに、地区大会はベスト4へ突入するのだった。
(第7球・了――単行本第1巻想定、ゲームセット!)




