第2球 お化けナイター! 恐怖の消える魔球をサルベージせよ
「……ねえ大河。私、長い人生の中で『三途の川』を渡って遠征に行く野球部なんて聞いたことないんだけど」
夕闇が迫る不気味な墓地のど真ん中。野球部マネージャーの水凪ほのかが、涙目で俺のユニフォームの袖を引っ張っていた。
「俺だって初めてだよ! なんで練習試合の集合場所が『霊園の裏の廃グラウンド』なんだよ!」
俺は愛用の三十キロの錨型バット『アイアン・アンカー』を地面に突き立て、周囲を警戒していた。
時刻は午後七時過ぎ。普通ならナイター設備が点灯する時間だが、ここにあるのは薄気味悪い街灯と、どこからともなく漂ってくる激しい墓参りの線香の臭いだけだ。
「ガハハ! 何をビビってやがる!」
ジャージ姿の冴子監督が、一升瓶(中身は麦茶)をラッパ飲みしながら現れた。
「相手の裏・マノガワ高校は、昼間は日光で消えちまうからな。夜のこの時間しか試合ができねえんだよ。ほら、お出ましだぞ!」
監督が指さした先、対戦相手のベンチから、文字通り『すうっ……』と透き通った影たちが現れた。
全員がボロボロのユニフォームを着て、頭にはなぜか白い三角頭巾(天冠)をつけている。
背番号は全員「4」か「9」。彼らが歩くたびに、地面から数センチ浮いているのが見えた。
足がない。
「ひええええ! 本当に出たあああ!」
ほのかが俺の後ろに隠れてガタガタと震え出す。
『ウラメシヤ……甲子園ニ行ケナカッタ無念……ココデ晴ラス……』
相手のピッチャーらしき落ち武者風の男が、ドロドロとした声で呻いた。
「大河、怯む必要はないわ」
ベンチでノートPCの画面を睨みながら、暦が冷静に告げた。
「彼らの構成成分は主にエクトプラズム。つまり水分と微量のタンパク質、そして未練という名の精神エネルギーよ。物理法則は効きにくいけれど、データ化は可能よ」
「姉ちゃん、幽霊相手にマッドサイエンティストの血をたぎらせるのやめてくれない!?」
『プレイボール……ウラメシヤ……』
背後では、顔を審判マスクから半分はみ出させた幽霊審判(審判服がボロボロ)が、足のない体をふわふわ浮かせていた。
幽霊審判は力なく右手を挙げ、恐怖のオカルト練習試合が始まった。
一回表。サイハテ高校の攻撃。
「よーし、まずは小手調べだ!」
先頭バッターは、宇宙人のゼット。四つの目をギラギラと光らせ、バッターボックスに入る。
先頭に立つピッチャーは、青白い顔をした落ち武者姿の幽霊だった。頭頂部はつるりと禿げ、左右に残った長い髪が風もないのに揺れている。古びたユニフォームは半透明で、胸には擦れた文字で「MANOGAWA」、背中には「49」と書かれていた。彼はヒュードロドロという効果音と共にボールを投げ込んだ。
『バルカン星人に幽霊の呪いは効かない!』
ゼットが鋭くバットを振る。だが、バットがボールに触れる直前、白球が『ふっ』と消えた。
『ストラーイク!』
『なっ!? 球が消えた……!? 空間跳躍か!』
驚くゼットに、暦がすかさずベンチからメガホンで叫んだ。
「違うわゼット! あれは『霊体化』よ! 球を一時的にこの世の物質からあの世の物質へ
シフトさせて、バットをすり抜けさせているの!」
「そんなのどうやって打てばいいんだよ!」
俺は思わずツッコんだ。結局、ゼットは三振。
続く二番のライオン人間・獅子王も、消える魔球に激怒して「ガルルル!」と咆哮しながら空振り三振。
おまけに相手ベンチから「人魂」がふわふわと飛んできて獅子王の鼻先に触れると、「ニャ、ニャーン!?」と腰を抜かしてネコ科の顔で気絶してしまった。
幽霊、野生の獣に強すぎる。
一回裏。裏・マノガワ高校の攻撃。
マウンドには、我が校の守護神(宇宙人)、ゼット。
『ワタシの、重力球で、チリにする……』
ゼットが放った超重力球が、幽霊バッターを襲う。
キィィィィン!
「打たれた!?」
重力球は確かにバッターの胴体をすり抜けた。しかし、幽霊が持つボロボロの木製バット(霊体)にはジャストミートしたのだ! 打球はフワフワと力なくサード方向へ転がる。
「九十九! 捕れ!」
サードを守る人造人間・Type-99が猛ダッシュする。
しかし、ボールを掴もうとした瞬間、ボールがまたしても『すうっ』と手をすり抜けた。
『エラー。対象の物質的実体が消失。物理マニピュレーターでの捕球は不可能です』
ボールはそのままサードの頭上をフワフワと越え、レフト前へ。足のない幽霊ランナー
たちが、滑るようにベースを駆け抜けていく。
「キャハハハ! 地球の物理科学じゃ、私たちには触れられないよ!」
幽霊たちが空中を飛び回りながらケラケラと笑う。完全にナメられている。
気がつけば、試合は三回を終わって「3対0」。
サイハテ高校は一安打も打てず、守備ではボールに触れることすらできずに先制を許していた。
「クソッ、守備も攻撃も、触れないんじゃ野球にならないぞ……!」
ベンチに戻った俺は、錨型バットを握りしめて歯噛みした。
「ふん、情けないねえ大河」
冴子監督が一升瓶を地面にドスンと置いた。その目は、少しも諦めていなかった。
「相手がオカルトなら、こっちには『最高のマネージャー』と『最高の頭脳』がいるだろ。おい、ほのか、暦! 出番だ!」
「は、はいっ!」
ほのかがビシッと手を挙げた。その顔からは、さっきまでの恐怖が消え、マネージャーとしての強い覚悟が宿っていた。
「大河、これを使って!」
ほのかが俺たちに差し出したのは、大量の『盛り塩』と『お清めの塩』、そして『バケツに入った聖水』だった。
「ほのか、これは……? こんな量、どこから持ってきたんだ?」
「近所のスーパー三軒で買い占めたわ」
「明日の特売、塩だけ中止になってるぞ!」
「町一つ救うためよ。仕方ないわ」
「救う対象が野球の練習試合なんだぞ!」
そこで暦が、タブレットを俺たちの前に突き出した。画面には、幽霊たちのエネルギー波形が映っている。
「恐怖はデータで克服したわ。彼らの霊体化の周波数を解析した。ほのかが持ってきたその『塩』をボールに塗りつぶせば、塩の持つ強力な浄化作用(魔除け効果)で、彼らは球を霊体化できなくなる。Type-99、その聖水をグラウンドに撒き散らしなさい。彼らの足場(空中)の霊子密度を狂わせるわ」
『了解。聖水散布モード、開始』
Type-99が目からビームのように聖水をグラウンドへ一斉射撃した。
「ギエエエエ!? 冷たッ! ていうか魂が消える!」
幽霊たちが慌てて地面に舞い降りる。聖水の結界によって、空中浮遊が封じられたのだ。
さらに、ほのかが自慢の強肩(元ソフトボール部)で、お清めの塩をキャッチャーミットへ豪快に投げ込んだ。
「ゼット君! その塩をボールにまぶして投げて!」
『了解、マネージャー……。チキュウの、調味料、オソロシイ……』
四回裏。塩を大量にまとったゼットの重力球が放たれる。
『フン、また霊体化してすり抜け……ギエエエエ! 痛い大塩辛いぃぃ!!』
バッターの幽霊が球に触れた瞬間、塩の浄化エネルギーでバットが物質化し、凄まじい衝撃で弾き飛ばされた。
『ストラーイク! バッターアウト!』
「やったわ! 触れるようになった!」
ほのかが歓声をあげる。結界と塩のコンボにより、裏・マノガワ高校の攻撃を完全にシャットアウトした。
だが、問題はまだ残っている。
五回表。サイハテ高校の攻撃。二死満塁のチャンス。バッターボックスには、俺。
「大河、あんたのその錨型バットじゃ、塩を塗っても面積が広すぎて効果が薄いわ」
暦が冷静に告げる。
「相手のピッチャーも、最後の力を振り絞って最大の霊力で『消える魔球』を投げてくる。霊体化のタイミングを見極めて、実体化する一瞬の『0・001秒』を叩くしかないわ。確率は――」
「言わなくていいよ、姉ちゃん」
俺はアイアン・アンカーを肩に担ぎ、不敵に笑った。
「確率なんて、最初から一桁%だったんだ。今さらビビるかよ」
バッターボックスに入る。マウンドの落ち武者ピッチャーの周囲に、ドス黒い怨念のオーラが渦巻いていた。
『オノレ……生キテル者ドモメ……! コレゾ我が命(既死)を賭した、究極無念魔球――『マノガワ・デス・ポルターガイスト』!!』
放たれた球は、もはや完全に消えていた。気配すら無い。風の音すらしない。あの世の闇そのものが、猛スピードでキャッチャーミットへ向かってきている。
「見えない……!」
ほのかが息を呑む。
(落ち着け……。目で見ようとするな。データじゃない。気配を感じろ……!)
俺は目を閉じた。耳をすます。グラウンドに撒かれた聖水が、一箇所だけ、わずかに『チリッ』と蒸発する音が聞こえた。
(――そこだァァァ!!)
俺は目を見開き、三十キロのアンカーバットを斜め下から一気に振り上げた。狙うは、あの世とこの世の境界線!
「お前らの未練も! 呪いも! まとめてこの世に引きずり戻してやるわぁぁ!!」
ズガアアアアアアアン!!!
地響きと共に、アンカーバットの先端が、虚空で『何か』を捉えた。空間が激しく歪み、消えていた白球が、凄まじい火花を散らしながら姿を現す。
『バ、バカな……! 我がデス・ポルターガイストを、力づくでサルベージ(引き揚げ)しただと……!?』
ピッチャーの幽霊が目玉を飛び出させて(物理的に落ちた)驚愕する。
「これが俺の! アンカー・バットの力だあああ!!」
俺はさらに腕力を爆発させ、錨を天高く振り抜いた。
ドッゴォォォォォン!!
打球は、お清めの塩の光を纏った一筋の流星となり、夜空の雲を真っ二つに切り裂きながら、遥か彼方の墓地の外へと消えていった。
逆転サヨナラ満塁ホームラン。
『ゲ、ゲームセット……。ウラメシヤ……(完敗)』
審判の幽霊が、涙を流しながら崩れ落ちた。
「やったあああああ! 大河、すごい!!」
ほのかがグラウンドに飛び出してきて、俺の首に抱きついた。あ、ちょっと柔らかい。
「ふん、私の計算通りね」
暦がフッと満足げに微笑む。
「ニャーン!(大復活)」
獅子王が吠える。マウンドでは、裏・マノガワ高校のメンバーたちが、なぜか清々しい笑顔で光に包まれていた。
『見事ナ、フルスイングデシタ……。私タチの未練ハ、今ノホームランで完全に
昇天シマシタ……。アリガトウ、サイハテ高校……』
「あ、成仏していく……」
俺は呆然とそれを見送った。
「ガハハハ! 良い試合だった!」
冴子監督が一升瓶を掲げる。
「よし、幽霊どもが成仏した記念に、今夜は焼き肉パーティーだ! 奢りは大河のサイフからな!」
「なんで俺のサイフからなんだよおおおおお!!」
俺の叫びが、呪いの解けた綺麗な星空に響き渡った。幽霊すら成仏させる俺たちの野球。
甲子園への道のりは、まだまだ常識の遥か外側を突き進んでいる。
(第2球・了)




