第1球 俺のバットは錨型! 宇宙(そら)から来たナインと開幕ベル
「おい大河! いい加減にそのふざけた得物を手放したらどうなの!」
夏の太陽が容赦なく照りつける私立サイハテ高校のグラウンド。
金属バットの快音……ではなく、地鳴りのような『ズゴゴゴゴ……』という風切り音が響き渡っていた。声を張り上げたのは、野球部マネージャーであり俺の幼なじみ、水凪ほのかだ。
肩口まである栗色の髪を高いポニーテールに結び、白い半袖シャツの上から紺色のジャージを羽織っている。小柄だが、元ソフトボール部らしく腕は意外に引き締まっていた。彼女はポニーテールを揺らしながら、クリップボードを武器のように構えて俺を睨みつけている。
「おいおい、ほのか。ふざけた得物とは失礼な。これは俺の魂、そして我が錨ヶ崎家に代々伝わる……」
「ただの『漁船の錨』じゃない! なんでそれにグリップテープ巻いてバッターボックスに立ってるのよ! 意味がわからないわ!」
ほのかのツッコミは至極もっともだった。俺、錨ヶ崎大河は、高校生にしては大柄な体をしている。短く逆立った黒髪に太い眉、両手には錨を振り回すための分厚いテーピング。そんな俺が握りしめているのは、どう見ても本物の船から引きちぎってきたような、錆びかけた鉄製の錨だった。
重量にしておよそ三十キロ。野球規則のどこをどう読んでも「公認バット」の基準を満たしていないが、うちの監督が「面白ければヨシ!」と許可してしまったから問題ない。
たぶん。
「ふん、凡人にはこのアンカー・バットのロマンがわからんようだな」
ベンチから冷ややかな声がした。細身で背の高い女が、腰まで届く黒髪を無造作に束ね、制服の上から大きめの白衣を羽織っている。銀縁眼鏡の奥の目は眠そうなのに、指だけは異常な速さでノートPCのキーを叩いていた。俺の姉であり、チームのデータ分析担当、錨ヶ崎暦だ。
「大河、あんたのその錨、空気抵抗の計算上、スイングスピードが時速二百キロを超えないとただの鉄の塊よ。現在のあんたの筋力データから逆算すると、ジャストミートする確率は0・03%。ちなみに、次の球で頭に当たって病院に運ばれる確率は72%ね」
「姉ちゃん、不吉なデータばっかり弾き出すのやめてくれない!?」
「ガタガタうるせええええ! 突っ立ってねえでさっさと構えんかい、このタコドモッ!」
グラウンド中央から、鼓膜を引き裂くような怒声が飛んできた。
仁王立ちしているのは、我が野球部の監督、豪徳寺冴子。三十代半ばの長身で、日に焼けた肌と、現役時代の筋肉を残した引き締まった体をしている。赤みがかった長い髪を後ろで乱暴に束ね、鋭い吊り目には常に獲物を探すような光があった。タイトな黒いジャージの袖を肘までまくり、首にはホイッスル、右手には鉄芯入りのノックバット、左手にはなぜか一升瓶(中身はポカリスエット)を握っている、およそ高校野球の指導者とは思えない狂犬だ。
「いいか大河! 今日から新入部員が入る! テメェがふがいないスイングを見せたら、この場でノックの雨を降らせてケツの穴をもう一つ増やしてやるからな!」
「監督の脅し文句が少年誌の限界超えてるんですよ!」
俺は冷や汗を流しながら、錨型バット――通称『アイアン・アンカー』を肩に担ぎ直した。
「さあ、来い! 新入部員だか何だか知らねえが、キャプテンの貫禄を見せてやる!」
マウンドに目を向けると、そこには、あらかじめ聞いていた「新入部員」たちが立っていた。
……立っていたのだが。
「……なぁ、ほのか。俺の目が眩んでるのかな」
「ううん、大河。私も同じものが見えてるわ。現実逃避しないで」
マウンドにいたのは、二メートル近い長身の男だった。肌は水色で、縦に四つ並んだ金色の目が、それぞれ別の方向を見ている。つるりとした頭部から二本の触角が伸び、野球帽はその触角に押し上げられて斜めになっていた。口は耳元まで裂けているのに、白いユニフォームだけは妙に几帳面に着込んでいる。明らかに地球のパスポートを持っていなさそうだ。
その後ろ、センターには、二足歩行する筋骨隆々のライオンが立っていた。金色のたてがみはヘルメットから豪快にはみ出し、ユニフォームの袖は太い腕に引っ張られて今にも裂けそうだ。ズボンの後ろには無理やり開けた穴があり、そこから長い尻尾が落ち着きなく揺れている。足はスパイクに収まらず、鋭い爪と肉球がむき出しだった。
さらにキャッチャーボックスには、黒鉄色の装甲に覆われた大柄な人型機械がしゃがんでいた。四角い頭部の中央で赤い単眼が明滅し、胸部装甲には白く「99」と刻まれている。肩や肘の関節は巨大なボルトで留められ、捕手用プロテクターは体の装甲そのものと一体化していた。背中からは、用途不明の排気管が二本伸びている。
「ご紹介しよう!」
冴子監督が一升瓶をグイッと煽り、豪快に笑った。
「我がサイハテ高校野球部が誇る、特待生のみなさんだ! ピッチャーはバルカン星から
留学してきたゼット君! センターは百獣の王の血を引く獅子王君! そして
キャッチャーは昨日、暦がゴミ捨て場から拾ってきて改造した人造人間・Type-99君だ!」
「拾ってきたって言うな。あれは正式なジャンクパーツの再利用よ」
暦がメガネをクイと上げた。
『訂正します。構成部品の六十二%は粗大ごみではありません』
Type-99が赤い単眼を明滅させ、即座に訂正した。
「残り三十八%は粗大ごみなんだな!?」
『うち十二%は不燃ごみです』
「分類を細かくしても安心できねえよ!」
俺はアンカーバットを地面に突き刺した。凄まじい衝撃音と共に、
グラウンドの土が派手に爆発する。
「それよりなんなんだよこのメンツは! 宇宙人に人型動物にロボット!? 普通の高校野球だろ! 甲子園目指すんだろ!? 宇宙大戦争を始める気か!?」
「何言ってるの大河」
ほのかが虚ろな目で言った。
「もう諦めなさいよ。この学校、私立『サイハテ』高校よ? 世界の端っこから集まってきた変態の巣窟なのよ。ほら、ピッチャーがなんか喋ってるわよ」
マウンドの宇宙人――ゼットが、四つの目を怪しく光らせ、内二つの目で俺を、
残りの二つの目でバックネットを見つめながら、テレパシーのような不気味な声を出した。
『チキュウジン、ノ、タイガ……。ワタシノ、マキュウ、ウテルカ? ウてナケレバ、
コノ、ホシ、ハカイ、スル』
「野球の勝敗で地球の存亡を賭けるな!!」
「安心しろ、大河」
冴子監督が一升瓶を掲げた。
「負けなきゃいい」
「教師が一番言っちゃいけない解決法だろ!」
『ピピッ……ターゲット・錨ヶ崎大河を認識。打撃力、計測不可。バットが規則違反である可能性、99・99%』
キャッチャーの人造人間・Type-99が、首をギチギチと真後ろに一回転させながら無機質な声を発した。
「ロボットにまでバットの違反を指摘されたわよ、大河」
ほのかがため息をつく。
「うるせえ! 監督が良いって言ったんだから良いんだよ! 来いよ宇宙人!
そのひん曲がった触角、俺のアンカーでへし折ってやる!」
俺が再び錨を構えると、マウンドのゼットが不敵に笑った(口が裂けて耳まで届きそうだった)。
ゼットが大きく振りかぶる。その瞬間、彼の背後の空間がぐにゃりと歪んだ。
「おい、空間が歪んでるぞ!? 物理法則はどうした!?」
『バルカン流・重力崩壊球!!』
ゼットの手から放たれた白球は、凄まじいG(重力)を纏いながら直進してきた。
いや、直進ではない。球の周りの空気が渦を巻き、まるでブラックホールのように周囲の小石や砂を吸い込みながら巨大化している!
「大河、逃げて!」
ほのかが叫ぶ。
「無駄よ。あの球の周囲の重力圏に捕まったら、脱出速度はマッハ十以上必要よ」
暦が冷静にデスデータを告げる。
「知るかよそんなもんんんん!!」
俺は全身の筋肉を爆発させ、三十キロの『アイアン・アンカー』を強引に振り抜いた。
ギチギチと音を立てる俺の腕。超人野球漫画の主人公たるもの、宇宙人の魔球くらいでビビっていられるか!
「うおおおおおっ! 喰らえええええ!!」
ズドオオオオオオオオオオン!!金属音ではない。
まるで巨大な鉄槌が岩盤を砕いたような、凄まじい破壊音がグラウンドに響き渡った。
重力球と、俺の錨型バットが真っ向から衝突する。
「ぐっ、重い……! なんだこの質量は!?」
アンカーバットを握る俺の両腕が、悲鳴を上げる。
『バカな……ワタシの重力球と、互角に、競り合って……!?』
ゼットの四つの目が驚愕に見開かれた。俺のアンカーバットが、球の纏う重力エネルギーを強引にすり潰していく。
普通のスイングならバットがへし折れているところだが、こちとらただの鉄塊だ! 硬さだけなら負けねえんだよ!
「お前の重力がなんだって!? 俺のこのバットはなぁ! どんな荒波にも流されねえように、地面に深く突き刺さるための『錨』なんだよおおお!!」
俺はさらに腰を落とし、残った全筋力を解放した。
「うおおおお! フルスイングッ!!」
ギインッ!!
次の瞬間、重力球は本来の軌道を完全に拒絶され、真逆の方向へと弾け飛んだ。
打球は猛烈な光を放ちながら、バックスクリーンを遥かに超え、はるか彼方の青空――いや、大気圏を突き抜けて宇宙の彼方へと消えていった。
静寂がグラウンドを支配する。
「……消えたわね」
ほのかが呟いた。
「打球速度、計測不能。おそらく、今ので人工衛星が一つ壊れたわ」
暦がタブレットを見つめたまま言った。
「それ、ホームランとして数える前に国際問題にならない?」
ほのかが突っ込む。
「大丈夫よ。所有国まではまだ特定できていないわ」
「大丈夫じゃない情報が増えただけ!」
マウンドのゼットは、触角をだらりと垂らし、四つの目を丸くして呆然と空を見上げていた。
『ワタシの……マキュウが……。チキュウジン、オソロシイ……』
「ガハハハハ! いいスイングだ大河!」
冴子監督が俺の背中を、骨が折れそうな強さでバシバシと叩いた。
「これなら今年の甲子園は優勝どころか、銀河系リーグ制覇も夢じゃねえな!」
「だから、俺たちは普通の高校野球をやりたいんだよ!」
俺は叫びながら、へとへとになってその場に座り込んだ。
すると、センターから「ガルルルル!」と咆哮を上げながら、ライオン人間の獅子王が四足歩行で猛ダッシュしてきた。牙を剥き出しにして、あからさまに興奮している。
「うわっ、なんだ!? 襲いかかってくるぞ!?」
「大河、危ない!」
ほのかが悲鳴を上げる。
「獅子王君、ストップ!」
すかさずほのかが、ポケットから「猫じゃらし」を取り出して目の前で振った。
「ほらほら、こっちよー」
「ニャ、ニャーン!?」
百獣の王は一瞬で骨抜きになり、ゴロゴロと喉を鳴らしながら地面に転がってじゃれ始めた。
「……ライオン人間、チョロすぎない?」
俺は呆れて呟いた。
『警告。錨ヶ崎大河の打撃データ、再計算。……結論、我が主として認定するに値する』
キャッチャーのType-99が、ガシャガシャと音を立てながら歩み寄り、俺の前で直立不動の姿勢をとった。
「いや、俺はお前のマスターじゃなくてキャプテンなんだけど……」
こうして、俺の所属する私立サイハテ高校野球部に、宇宙人と獣人とアンドロイドが加わった。マネージャーは胃薬を飲み始め、姉ちゃんは怪しいデータを収集し、監督は一升瓶を抱えて笑っている。
「よし、メンバーも揃ったことだし、さっそく練習試合といこうか!」
冴子監督が凶悪な笑顔で言った。
「え? もう試合あるんですか?」
俺が聞き返すと、監督はニヤリと笑って告げた。
「ああ、相手は隣の『裏・マノガワ高校』。あいつら、全員『幽霊』で構成されたオカルトチームだからな。負けたら魂持っていかれるぞ!」
「普通の高校野球をやらせてくれえええええ!!」
俺の絶叫が、夏の青空に虚しく響き渡った。錨型バットを武器に、俺たちのハチャメチャな甲子園? への道が、今ここに幕を開けたのだった。
(第1球・了)




