§3黒
俺は家に帰った。
頬に爪で引っかかれた跡がついていることに、玄関の前で気がついた。
まあいいや。
お袋にはなんとでも言いつくろえる。最近、喋りもしてないしな。
久しぶりに清々しい気分と、それから泥みたいな罪悪感がうねって、俺は自棄になっている。お袋を試したくなった。
女を犯したと言ったら、叱ってくれるだろうか。
お袋と顔を合わせた途端、俺はまだ何も言っていないのに、蒼白になって震え始めた。
「・・・・・・ごめんね」
お袋はぽつりと謝ると、俺に背を向けた。
「なんだよ、いったい」
なんで謝るんだ?
お袋は台所まで早足で歩いた。俺もつい追いかける。
お袋は台所の下の棚に下がっていた長い包丁を取り出して俺を見た。その泣き笑った顔が、胸を突く。
出来の悪い息子を、殺してしまう気になったんだなと、俺は無感動に思った。
「まだ間に合う? ごめんね、死んであげなくて」
俺は訳がわからずにお袋を見つめる。
「そうしたら、あの子みたいに良い子になったのに。死んであげられなくてごめんね。でも、間に合わせるから! ごめんねっ」
お袋は俺の見ている前で、喉を掻き切った。
なんだよ、これは。
血飛沫が顔にかかって、俺は一瞬呆然としたあと。崩れ落ちたお袋を抱き起こした。
見えたのは、血に汚れても浮かび上がった鎖骨の傷。
歯型。
俺はそこに歯を当てた。
俺の、跡だった。
俺は、たった今、十四歳だった自分の母親を、犯して来たんだ。




