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そのビルを再び見つけたのは、俺が大人と呼ばれる年齢になってからだった。
相変わらず、建築途中のまま放置されている。
骨の中にいるかのようだった。
ライターに火を灯す。揺らめくそれに、咥えた煙草を近づける。
苦い初恋と同じ味がした。
感傷に耽って一階まで降りると、奴がいた。
車椅子に、無何有の郷の住人を乗せて。
女。初恋。母。
「わかってるって、顔だな」
奴が言う。
俺は頷いた。
母が十四歳の頃の写真を見た。
彼女にそっくりだった。
いや、彼女そのものだった。
「あの日、な。お袋は自殺を図った。なんとか一命を取り留めたけど、このまんま。心がぶっ壊れちまった。最後の言葉は『まだ間に合う。死んであげれなくてごめんね』だった」
俺は、こいつより母に愛されていたんだろうか。
良い高校、良い大学、そして良い会社に入ってみせた。人もうらやむエリートコースだ。
こいつは見たところ、あまり生活が豊かそうとは思えない。使い古した服は、襟が擦り切れていた。
「でも、俺は、これでいい」
奴は、母親の手をとって頬に当てた。
されるがままの母親は、奴に大事にされているんだろう。奴よりずっとこぎれいな格好をして、薄く化粧までされていた。
「じゃあな。もう会うことはないだろう」
「ああ」
奴が消える。母親と一緒に。
理不尽だと、思う。
なんで、罪を犯した奴が、あんなに幸せそうで、俺はこんなに満たされない思いに苛まれるんだ?
「いるんだろ、母さん」
十四歳の母は俺の背後でひそやかに笑う。
「死は、報復か?」
「いいえ? 貴方を愛していたから死んだのよ」
「俺は、でも、人生の成功とかそういうものより、貴女に生きていて欲しかったんだ」
彼女は、抱きしめてくれなかった。
俺はそうして、無気力と敗北感に苛まれながらビルを出る。
俺は誰なのだろう。
母を犯さなかった俺は、いったいどうやって生じた?
世界は冷たいほどに真っ白で、生じた疑問に一片たりとも助言を与えてくれない。
胎から吐き出された俺は、自力でそこに到達するしかないのだ。




