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骨の中  作者: 無夜
7/7

4白

 そのビルを再び見つけたのは、俺が大人と呼ばれる年齢になってからだった。

 相変わらず、建築途中のまま放置されている。

 骨の中にいるかのようだった。

 ライターに火を灯す。揺らめくそれに、咥えた煙草を近づける。

 苦い初恋と同じ味がした。

 感傷に耽って一階まで降りると、奴がいた。

 車椅子に、無何有の郷の住人を乗せて。

 女。初恋。母。

「わかってるって、顔だな」

 奴が言う。

 俺は頷いた。

 母が十四歳の頃の写真を見た。

 彼女にそっくりだった。

 いや、彼女そのものだった。

「あの日、な。お袋は自殺を図った。なんとか一命を取り留めたけど、このまんま。心がぶっ壊れちまった。最後の言葉は『まだ間に合う。死んであげれなくてごめんね』だった」

 俺は、こいつより母に愛されていたんだろうか。

 良い高校、良い大学、そして良い会社に入ってみせた。人もうらやむエリートコースだ。

 こいつは見たところ、あまり生活が豊かそうとは思えない。使い古した服は、襟が擦り切れていた。

「でも、俺は、これでいい」

 奴は、母親の手をとって頬に当てた。

 されるがままの母親は、奴に大事にされているんだろう。奴よりずっとこぎれいな格好をして、薄く化粧までされていた。

「じゃあな。もう会うことはないだろう」

「ああ」

 奴が消える。母親と一緒に。


 理不尽だと、思う。

 なんで、罪を犯した奴が、あんなに幸せそうで、俺はこんなに満たされない思いに苛まれるんだ?

「いるんだろ、母さん」

 十四歳の母は俺の背後でひそやかに笑う。

「死は、報復か?」

「いいえ? 貴方を愛していたから死んだのよ」

「俺は、でも、人生の成功とかそういうものより、貴女に生きていて欲しかったんだ」

 彼女は、抱きしめてくれなかった。

 俺はそうして、無気力と敗北感に苛まれながらビルを出る。


 俺は誰なのだろう。

 母を犯さなかった俺は、いったいどうやって生じた?

 世界は冷たいほどに真っ白で、生じた疑問に一片たりとも助言を与えてくれない。

 胎から吐き出された俺は、自力でそこに到達するしかないのだ。

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