§1黒
ああ、畜生。
お袋見てると、すっげーいらつく。
部屋の中にいても、階下でかすかに響く押し殺した足音さえ許せないって感覚。
自分を押さえるために外に出てぶらついていたら、見慣れないビルが出来てて。
あ、できちゃいない。途中で放置されたって感じの。
いいや。こん中でタバコでもふかして、落ち着こう。落ち着かないと、またお袋を殴りたくなる。
中の階段昇って、適当な階で止まる。
三階。これより上に行くのはめんどーだったし。これでいいや。
風を浴びようと、もう少し開けた部屋に出てみたら、同じ制服を着ている奴と鉢合わせた。
やべえ。
タバコ見られた。
見たことある奴だ。奴は非常階段から降りていこうとしていたようだったけど。
それより前に女が飛び出してきた。
見慣れない制服。
「あ・人がいたんだ」
甘ったるい声が、俺の気に触った。
お袋は怯えたように俺を見る。
たしかに俺は気に入らなけりゃ、皿は投げ割るし、花瓶も叩き壊す。
でも、そんなに距離を作ることねーじゃん。
親父もいなくて、二人っきりの親子だってのにさ。去年ぐらいから、かな。いきなり、はっと気がついた顔をして、俺を避けだした。
時々夜中に、寝言で俺に対して謝っていた。「ごめんね。ごめんね。・・・・・・んであげなくて」
鬱々と泣きながら。
俺も精神的にかなりやばい。
お袋はまだ二十九だった。苦労したせいで年食って見えるけど、まだまだ綺麗だし、男だっていっぱい言い寄るのに、独り身で、ずっと俺を一人で育ててくれた。
俺だっていらいらなんてしたくない。
なんとか、前みたいに、「母さんのために良い子になるから」と言っていたいのに、お袋の態度がそれを許してくれない気がした。
最近になってすごくいらつく理由は、お袋の襟元からちらりと見えた、鎖骨の上の古い傷のせいだ。
もう癒えて白い跡になっているだけなんだけどさ。あれは歯型だった。
意識したら、それから駄目だ。
すごくいらいらしてきた。




