1 白
廃墟の中に、少年二人、少女が一人。
破たん・崩落・裏切り・絶望?
その罪は誰のもの?
ピクシブにも掲載
俺が物心ついたとき、すでに母は死んでいた。
俺を育ててくれたのは、母方の祖父母だ。
俺は父親を知らない。
それでもその噂話は嫌でも入ってくる。
母は十四の時に、乱暴されて、俺を身ごもった、と。相手は誰かまるでわからないのたと。
ひそかに、同情する振りをしながら、楽しげに女たちはしゃべくりあう。侮蔑するような目。裏側に滲んでいるのは優越感だ。
母の死は自殺だった。若くて綺麗なままの、十七で逝った。
母の部屋だったところには彼女の描いたいくつもの絵と、いくつもの写真が散らばっている。
当時、しきりに褒めちぎられた、絵の才。
前途を約束された、輝かしい女流画家はなぜ死ななくてはならなかったのか。
当時のマスコミは熱心に探求したらしい。
が、結局は無難な育児ノイローゼで片付けられてしまった。
ならば、俺が母さんを殺したというのだろうか。
母さんの部屋には廃墟の絵ばかりが、並んでいる。
画用紙に簡単に描きつけられたラフスケッチを一枚売るだけで、三人家族が一年は食べていける金額になる。
取り壊される寸前のビルを母はことのほか愛していたらしい。
ひっくり返した遺品にあった写真もそんなものばかりだ。
だからだ。
俺は壊れたビルの中に居るのが好きだった。
そのビルになんで気がつかなかったのか、俺はわからない。
作っている最中に、持ち主が行方知れずになって工事がストップしたままのものだった。
所々剥き出しの鉄筋と、真新しいコンクリート。
ここは新品の臭いがするのに、なんだか腐敗して肋の突き出た腹を連想させる。
セメントの山。こね回すための、桶みたいなもの。明日も作業するんだ、っていう雰囲気で、散らかったままだ。
ここにいるととても落ち着く。
溜息が知らずに俺の口から漏れた。
俺は今日、母が陵辱された年齢になった。
あと三年で、母が死んだ年齢が来てしまう。
手が届きそうな、その歳月が怖かった。
自分を殺した俺を、母は恨んでいるに違いない。
その日は母が手招きしているような気がしていた。いっそ幽霊にでもなって俺の前に出てくれればいいのに。呪いの言葉をはき散らかして、俺を罵ってくれたなら、俺の不安はきっと解消される。
「あ」
俺と、同じぐらいの年の奴がひょこっと顔をのぞかせた。
手には煙草とライター。不良らしい。
俺は、育ててくれている祖父母に迷惑をかけまいとけっこう優等生だ。成績もいい。人望もある。
祖父母は、ずっと住んでいた土地を捨てて、俺のためにここに引っ越してくれたのだ。
俺の母のことを知るものは、ここにはいない。母は事故で、夫婦そろって死んだことになっている。
もう、嫌な話は俺の耳には入らない。
煙草の火に、俺は目が吸い寄せられる。
まずいな。
せっかく品行方正な優等生をやっているのに、煙草や不良と関わるなんてろくなことにならない。
この秋には生徒会長選にも出る予定だし、傷になりそうなものは避けよう。
俺は別の階段から降りて、このビルから出ようとした。
ところが、そこからも足音がしたのだ。
軽やかな足取り。
飛び出してきたのは、女の子だった。
見かけない制服。セーラー服なんて、本当に珍しい。八年ぐらい前なら、このあたりにもまだその制服の学校はあったらしいけれど。
みかけない女の子。
手には、革の鞄。
「あ・人がいたんだ」
俺はどうしたらいいかわからなくなった。




