第9話「気づかれている」
『話したら、次は雨宮だ』
その通知が、頭から離れなかった。
結局、俺はその後も翔太に話しかけられなかった。
次の授業が始まっても、昼休みになっても、視線は何度も斜め前へ向いてしまう。
廊下側の席にいる翔太は、ずっと普通だった。
授業を受けて、友達と話して、ときどき笑う。
いつもの翔太にしか見えない。
だからこそ、逆に頭がおかしくなりそうだった。
なのに、俺のポケットには今も翔太のスマホが入っている。
その違和感だけが、ずっと消えない。
気づけば、放課後のチャイムが鳴っていた。
教室が少しずつ騒がしくなっていく。
椅子を引く音。
部活の話をする声。
帰る準備をする音。
そんな中で、俺だけが取り残されている気がした。
斜め前を見る。
翔太は席に座ったまま、窓の外をぼんやり眺めていた。
話しかけたい。
聞きたいことはいくらでもある。
でも。
『話したら、次は雨宮だ』
その文字が頭から離れない。
「……まだ帰んないの?」
不意に声がして、肩が揺れた。
前の席の雨宮が、鞄を持ったままこっちを見ていた。
「今日ずっと変だったけど、大丈夫?」
ただ心配しているだけなんだと思う。
変に踏み込むわけでもなく、気になったから声をかけてきた。そんな自然な言い方だった。
でも、その普通さが逆に怖い。
巻き込みたくない。
そう思った瞬間、反射的に言葉が出た。
「……別に、大丈夫だから」
少し強く言いすぎた。
雨宮の表情が、一瞬だけ止まる。
「あ、ごめん」
小さな声だった。
その一言が、妙に胸に刺さる。
違う。
謝らせたいわけじゃない。
ただ、関わらせたくないだけなのに。
「いや……そういう意味じゃ」
言いかけて、止まる。
もしここで翔太のことを話したら。
通知の文字が頭をよぎる。
雨宮は少しだけ困ったように笑って、
「ならいいけど」
そう言って視線を外した。
その時だった。
斜め前の席から、椅子を引く音が聞こえる。
反射的に視線を向ける。
翔太が立ち上がっていた。
心臓が跳ねる。
翔太は何も言わない。
ただ静かに、こっちを見ていた。
教室のざわめきの中で、その視線だけがやけに鮮明だった。
――話しかけるな。
そう言われている気がした。
気づけば、俺は目を逸らしていた。
翔太はそのまま教室を出ていく。
追いかけようとして、足が止まる。
『話したら、次は雨宮だ』
動けなかった。
その時。
ポケットの中で、スマホが震える。
嫌な予感がした。
ゆっくり取り出して、画面を見る。
表示されていたのは――
『もう気づいてる』




