第10話 「同じ方向」
『もう気づいてる』
その文字が、頭から離れなかった。
教室にはまだ何人か残っている。
笑い声。
机を動かす音。
誰かが部活の話をしていた。
俺は鞄を持ったまま、しばらく席から立てなかった。
やがて立ち上がり、教室を出る。
下駄箱で靴を履き替えていると、
「帰るの?」
後ろから声がした。
肩が跳ねる。
振り返ると、雨宮だった。
「あ……」
思ったより大きな声が出る。
雨宮は少し笑った。
「驚きすぎじゃない?」
「いや……」
それ以上、言葉が続かない。
雨宮は気にした様子もなく靴を履き替える。
そのまま昇降口を出た。
数秒遅れて俺も外へ出る。
少し先を歩いていた雨宮が振り返った。
「あれ」
「?」
「同じ方向なんだね」
そう言われて初めて気づく。
駅へ向かう道は同じだった。
「……そうみたいだな」
雨宮は小さく頷く。
そのまま歩き出した。
俺も後を追う。
しばらく会話はなかった。
夕方の風が吹く。
駅へ向かう人たちが、俺たちの横を通り過ぎていく。
その時だった。
「ねえ」
雨宮が前を向いたまま言った。
「翔太くんと何かあった?」
心臓が跳ねる。
「……なんで」
「なんでって」
雨宮は少し首を傾げる。
「今日ずっと見てたし」
言葉に詰まる。
図星だった。
「別に」
やっとそれだけ返す。
「ふーん」
納得している声じゃなかった。
でも、それ以上は聞いてこない。
そのまま数歩歩く。
駅が近づいてくる。
人も少しずつ増えていた。
すると雨宮がまた口を開いた。
「でも」
「?」
「翔太くんも、なんか変だった」
反射的に顔を上げる。
「変?」
「うん」
雨宮は少し考えるように前を見る。
「うまく言えないけど」
そう言って小さく笑った。
「なんとなく」
それだけだった。
でも、その一言が妙に引っかかる。
駅が見えてくる。
雨宮が足を止めた。
「じゃあ、また明日」
「ああ」
雨宮は軽く手を振ると、人混みの中へ消えていった。
その背中を見送りながら、ポケットの中のスマホを握る。
『もう気づいてる』
あの通知が頭を離れない。
家に着いても、落ち着かなかった。
ベッドへ倒れ込む。
天井を見上げたまま目を閉じた、その時だった。
スマホが震える。
反射的に画面を見る。
表示されていたのは――
『雨宮から離れろ』




