第11話 「正しい」
『雨宮から離れろ』
朝になっても、その通知は消えていなかった。
電車の窓に映る自分を見る。
気づけばまた画面を開いている。
閉じる。
少しして、また開く。
何も変わらない。
それを何度も繰り返していた。
教室に入る。
前の席には、もう雨宮がいた。
本を読んでいる。
いつも通りだ。
俺は席に座る。
「おはよう」
前から声がした。
少しだけ顔を上げる。
「……おう」
それだけ返す。
雨宮は少し不思議そうな顔をしたが、何も言わなかった。
一時間目。
先生の声が耳を通り過ぎていく。
前の席が視界に入るたびに、通知の文字が浮かんだ。
『雨宮から離れろ』
意味が分からない。
でも、気にならないふりもできなかった。
カタン。
小さな音がした。
雨宮の消しゴムだった。
机から落ちて、床を転がる。
俺の足元の近くで止まった。
いつもなら拾っていたと思う。
多分。
でも。
手が動かなかった。
『雨宮から離れろ』
頭の中で通知がよみがえる。
ほんの数秒。
その間に雨宮が席を立った。
「ごめん」
そう言って自分で拾う。
俺は何も言えなかった。
雨宮も何も言わない。
ただ席に戻った。
それだけだった。
気づけばチャイムが鳴っていた。
周りが一気に騒がしくなる。
斜め前を見る。
翔太が友達と話していた。
笑っている。
昨日のことなんて、なかったみたいに。
ポケットの中のスマホを握る。
返さなきゃいけない。
そう思う。
思うだけだった。
休み時間。
一度だけ立ち上がる。
翔太の方を見る。
話しかけようとして、
やめた。
翔太の周りには人がいる。
今じゃない。
そう思って席に戻る。
結局、何もできなかった。
昼休み。
教室はいつもより騒がしく感じた。
机に突っ伏していると、
「ねえ」
前から声がした。
顔を上げる。
雨宮が振り返っていた。
「なんか避けてない?」
心臓が跳ねる。
「別に」
「そう?」
雨宮は少し首を傾げる。
「消しゴムも拾ってくれなかったし」
言葉に詰まる。
見られていた。
当たり前だけど。
「たまたまだろ」
苦しい言い訳だった。
自分でも分かる。
雨宮は少しだけ黙った。
それから小さく笑う。
「変なの」
その一言が妙に引っかかった。
雨宮が前を向く。
教室の騒がしさが戻ってくる。
俺も机に視線を落とした。
その時。
ポケットの中でスマホが震える。
嫌な予感がした。
ゆっくり取り出す。
通知が一件。
表示されていたのは――
『正しい』




