第22話「追ったはずなのに」
――あの日の数秒間を思い出そうとした。
目を閉じる。
授業中。
翔太が手を挙げる。
「先生、トイレ行ってきていいですか。」
「ああ。早く戻れよ。」
「はい。」
翔太が教室を出ていく。
俺は少ししてから、翔太を追って教室を出た。
ここまでは、何度思い返しても変わらない。
廊下に出る。
でも。
翔太の姿は、もう見えなかった。
それでも俺は、そのまま男子トイレへ向かった。
「……」
そこで、ふと引っかかった。
俺は翔太を追ってトイレに行った。
ずっと、そう思っていた。
でも。
俺は翔太がトイレに入るところを見ていない。
廊下に出た時には、もう翔太の姿はなかった。
それなのに、俺は迷わず男子トイレへ向かっている。
「……なんでだ?」
答えは出てこない。
もう一度、記憶を辿る。
男子トイレ。
扉を開ける。
中を見渡す。
誰もいない。
「……翔太?」
呼んでみる。
返事はなかった。
少し待つ。
それでも何も聞こえない。
「翔太?」
もう一度呼ぶ。
やっぱり返事はない。
そこで、床に落ちているものに気づいた。
スマホ。
ケースの欠けた角。
翔太のスマホだった。
拾い上げる。
画面が点く。
そこに表示されていた文字。
――『もう終わった』
あの時は、その意味が分からなかった。
ただ。
妙に嫌な感じがしたことだけは覚えている。
その後、俺はスマホを持ったまま教室へ戻った。
翔太は、何事もなかったように自分の席に座っていた。
「……」
目を開ける。
やっぱり、おかしい。
翔太が先生にトイレへ行くと言った。
俺はそれを聞いて、少ししてから後を追った。
そこまでは分かる。
でも、俺が廊下に出た時には翔太はいなかった。
なのに俺は、男子トイレへ向かった。
まるで。
そこに翔太がいると、最初から分かっていたみたいに。
「……いや。」
自分で否定する。
そんなはずはない。
俺は翔太がトイレにいると思ったから、呼んだだけだ。
そうじゃなきゃ、あんな場所で名前なんて呼ばない。
でも。
じゃあ、どうして翔太がいると思った?
考えれば考えるほど、分からなくなる。
翔太が言った。
『思い出せ。』
あいつは、何かを知っている。
俺が見落としている何かを。
「……何なんだよ。」
机の上を見る。
そこには、まだ返せていない翔太のスマホが置いてある。
手に取る。
あの日、俺が拾ったスマホ。
あの画面に出ていた『もう終わった』という文字。
そして。
あの日、教室に戻った時の翔太。
何もなかったように座っていた。
「……」
俺はスマホを置いた。
まだ、何も分からない。
ただ一つだけ。
あの日のことを、俺は全部覚えているわけじゃない。
そう思い始めていた。
*
その頃。
雨宮は一人で歩いていた。
公園を出てから、ずっと考えていた。
翔太の言葉。
「この先は、来ない方がいい。」
あの時の翔太は、いつもと違った。
そして。
主人公も。
雨宮は足を止める。
公園で主人公がスマホを見た瞬間。
明らかに様子が変わった。
何を見たのかは分からない。
でも。
あれは、ただスマホを見ただけの反応じゃなかった。
雨宮は少し考える。
「……二人とも、何を隠してるんだろ。」
答えは返ってこない。
雨宮はまた歩き出す。
けれど。
数歩進んだところで、ふと立ち止まった。
「……違う。」
小さく呟く。
「隠してるっていうより……」
雨宮は、公園の方を振り返る。
「何かを怖がっているような……」
夕暮れの道に、雨宮の声だけが残った。




