第21話「思い出せ」
――本当に、それだけだったのか。
家に帰ってからも、翔太の言葉が頭から離れなかった。
『思い出せ。』
何度考えても、意味が分からない。
俺はトイレで翔太のスマホを拾った。
それだけだ。
少なくとも、俺の記憶では。
ベッドに寝転び、天井を見る。
目を閉じる。
あの日のことを、最初から思い返してみる。
授業中。
先生の声を聞きながら、俺は窓の外をぼんやり眺めていた。
その時だった。
翔太が手を挙げた。
「先生、トイレ行ってきていいですか。」
「ああ。早く戻れよ。」
「はい。」
翔太はそう言って、教室を出ていった。
俺は少ししてから、翔太を追って教室を出た。
廊下を歩く。
翔太の姿は、もう見えなかった。
そのまま男子トイレへ向かった。
扉を開ける。
中を見渡す。
誰もいない。
「……翔太?」
呼んでみる。
返事はなかった。
少し待った。
それでも何も聞こえない。
「翔太?」
もう一度呼ぶ。
やっぱり返事はない。
そこで俺は、床に落ちているものに気づいた。
スマホ。
ケースの欠けた角。
翔太のスマホだった。
そこから先も覚えている。
拾った。
画面を見た。
そして教室に戻った。
翔太は、何事もなかったように座っていた。
そこまでは間違いない。
俺は目を開けた。
「……」
何かがおかしい。
翔太を追ってトイレに行った。
でも、トイレには翔太がいなかった。
そして、翔太のスマホだけが落ちていた。
それなのに。
「……何がおかしいんだ。」
もう一度、目を閉じる。
先生。
翔太。
廊下。
トイレ。
「翔太?」
スマホ。
何度繰り返しても、同じだった。
でも、翔太は言った。
『思い出せ。』
俺が何かを見落としている。
そう言いたかったんだろう。
「……」
俺はもう一度、あの日のトイレを思い浮かべる。
誰もいない。
静かなトイレ。
流れ続ける蛇口。
床に落ちたスマホ。
――その前。
「……待て。」
俺は身体を起こした。
スマホを見つける前。
俺は何をしていた?
「翔太?」と呼んだ。
それは覚えている。
でも。
その前に何かあった。
ほんの数秒。
何かを見た。
何かを聞いた。
……いや。
違う。
俺は、何も見ていない。
何も聞いていない。
そう思った瞬間。
なぜか、背中が冷たくなった。
俺は机の上を見る。
そこには、まだ返せていない翔太のスマホが置いてある。
「……翔太。」
思わず名前が漏れた。
あいつは、あの日のことを知っている。
そして俺に、
『自分で思い出せ。』
と言った。
だったら。
俺が思い出すべきなのは、スマホを拾ったことじゃない。
その前だ。
俺はもう一度、目を閉じた。
そして、あの日の数秒間を思い出そうとした。




