第18話「追跡」
翔太が教室を出ていく。
俺はしばらく、その場から動けなかった。
「……後でいい。」
たったそれだけの言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
結局、俺はスマホをポケットにしまい、自分の席へ戻った。
前の席では、雨宮が静かに椅子を引く。一度だけ振り返り、俺を見る。何か言いたそうだった。でも、チャイムが鳴ると何も言わず前を向いた。
先生が教室へ入ってくる。
俺も小さく息を吐き、席に座った。
授業は始まった。
黒板に書かれる文字を目で追う。
ノートも開いている。
それなのに、内容はほとんど頭に入ってこなかった。
「後でいい。」
あの一言の意味が分からない。
翔太はスマホを見て驚いていた。
それなのに受け取らなかった。
まるで、返されないことを知っていたみたいに。
無意識にポケットへ手を入れる。
そこには、まだ翔太のスマホがあった。
画面は静かなまま。
通知は来ない。
その静けさが、妙に落ち着かなかった。
気づけば終礼が終わっていた。
先生が教室を出ると同時に、翔太は鞄を持って立ち上がる。
俺は迷わず後を追った。
今日こそ確かめたい。
教室を出ようとした、その時だった。
「……行くの?」
後ろから小さな声がした。
振り返る。
雨宮だった。
「え?」
「翔太くん。」
その一言で、何を言いたいのかは分かった。
「……何で分かった?」
「分かるよ。」
雨宮は少しだけ笑う。
「さっきから翔太くんのことしか見てなかったじゃん。」
言い返せなかった。
雨宮は俺の横まで来ると、小さく言った。
「私も行く。」
「……は?」
思わず聞き返す。
けれど、雨宮はそれ以上何も言わず、歩き出した。
──何なんだ、こいつ。
訳が分からない。
翔太だけじゃない。
雨宮まで、何か知っているように見えてしまう。
俺は小さく息を吐き、その後を追った。
駅へ向かう道。
俺たちは少し距離を空けながら翔太の後を歩く。
誰も口を開かない。
妙な緊張だけが続く。
しばらく歩くと、翔太は駅とは反対の道へ曲がった。
「……あっち?」
思わず声が漏れる。
雨宮も黙ったまま翔太を見つめていた。
住宅街を抜け、小さな公園へ入る。
翔太はベンチの前で立ち止まる。
俺たちは木の陰へ身を隠した。
「ここで何してるんだ……。」
小さく呟いた、その時だった。
「そこにいるんだろ。」
翔太の声だった。
俺と雨宮は息をのむ。
翔太はゆっくり振り返る。
驚いた様子はない。
まるで最初から気づいていたように。
そして、小さく笑った。
「来ると思ってた。」




