第16話「まだ返すな」
その時、背後から足音が聞こえた。
コツ。コツ。
ゆっくりと。確実に。こちらへ近づいてくる。
思わずスマホを握りしめる。振り返るべきか。それとも、通知に従うべきか。
『信じるな』
さっき届いた通知が頭をよぎる。未来の俺を信じるなという意味だったのかもしれない。
だったら――。
俺は意を決して振り返った。
「何してんだ?」
聞き覚えのある声だった。そこに立っていたのは、翔太だった。
「……翔太?」
「何だよ、その顔」
翔太は不思議そうに笑う。いつも通りの笑い方。そのはずなのに、なぜか違和感があった。
「いや、別に」
「変なの」
ちょうどその時、電車がホームに入ってくる。
「乗るぞ」
翔太はそう言って車内に乗り込んだ。俺も後を追う。
車内は思ったより空いていた。翔太は空いている席に腰を下ろす。
「座れよ」
そう言われ、俺も隣に座った。電車が動き出す。しばらく、どちらも何も話さなかった。
隣に座る翔太を横目で見る。ポケットの中には、翔太のスマホが入っている。本人は、そのことに気づいていない。
いや、本当に気づいていないのか?
「……なあ」
思わず声をかける。
「ん?」
翔太がこちらを見る。聞こうとした。スマホのことを。でも――。
「いや、何でもない」
結局、言えなかった。
「何だよ、それ」
翔太は小さく笑う。いつも通りの笑い方。なのに、なぜか違和感があった。
「そういえばさ」
不意に、翔太が口を開く。
「最近、雨宮とよく話してるよな」
「……そうか?」
「そうだろ。前はそんなことなかったじゃん」
「別に、たまたまだよ」
「ふーん」
翔太はそれ以上何も言わなかった。
しばらく沈黙が続く。電車の走る音だけが響く。
「なあ、翔太」
「ん?」
「お前、最近何かあったか?」
聞いた瞬間、翔太が少しだけ黙る。
「別に」
「本当に?」
「何だよ急に」
翔太は笑う。でも、その笑顔はどこかぎこちなかった。
「……お前こそ、最近変だぞ」
「え?」
「ぼーっとしてること多いし」
「そうか?」
「ああ」
翔太は窓の外を見ながら、小さく呟いた。
「気をつけろよ」
「……何を?」
その言葉に、翔太は答えなかった。
アナウンスが流れる。次は、俺が降りる駅だった。
電車が減速する。
「じゃあな」
翔太はいつも通り手を上げる。
「ああ」
短く返して、電車を降りた。
ドアが閉まる。走り出す電車を見送りながら、ポケットの中のスマホに触れる。
結局、今日も何も聞けなかった。
その時だった。
スマホが震える。
画面には通知が表示されていた。
『まだ返すな』
思わず足を止める。
どうして。
どうして未来の俺は、そこまでして翔太にスマホを返したくないんだ。
嫌な予感だけが、静かに大きくなっていった。




