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フォルドウ  作者: お寿司


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第十一章 降りる

十二月。


ファルハドの逮捕から六週間が経っていた。


日曜の朝、タジュリーシュ・バザールに買い物に出た。ザクロを三個。通路を歩きながら乾物屋の前で足を止めた。ピスタチオを眺めた。


背後に革靴の足音。歩幅が一定。


右に折れた。もう一度右に折れた。ナン屋でサンガクを一枚買った。通路を戻った。


さっきの男がいた。三十代。黒いジャケット。携帯を見ている。三分前と同じ場所。買い物袋を持っていない。


バザールを出た。広場の向こうにもう一人。五十代。グレーのコート。背筋が真っ直ぐで肩が水平。軍人の姿勢だった。


二人。別の組織。


Snappに乗った。バックミラーの中で、グレーのコートの男が携帯を耳に当てた。


 ◇


金曜。イスファハン行きの国内線。


UCF(ウラン変換施設)フォローアップ点検として申請した。定期業務。午前中に管理棟で書類を処理し、午後の点検を終えた。


管理棟を出た。レンタカーを借りた。白いサイパ・ティバ。


サーデギーイェ地区。ザーヤンデ川の南側。


ファルハドの家が見えた。古いレンガの外壁。鉄柵の門扉。蔦の葉は落ちていた。冬だ。門扉の向こうにザクロの木の枝だけが空に伸びている。


庭にマリヤムの三輪車が出しっぱなしになっていた。赤い車体。ペダルの上に枯葉が溜まっている。


車を路肩に停めた。


エリの指示は明確だった。接触を一切断て。ファルハドの家族に会えば、VAJA(情報安全保障省)の監視報告に載る。


エンジンを切った。ドアを開けた。


降りた。


 ◇


チャイムを押した。


足音。遅い。以前のナスリーンの足音はもっと速かった。


ドアが開いた。


ナスリーンが立っていた。ルーサリーを被っている。家の中では外していた人だ。目の下に影がある。


「サトルさん——」


声が途切れた。二秒。


「入って。入ってください」


靴を脱いだ。玄関のタイルの幾何学模様。欠けた一部分。前と同じだ。廊下の水彩画も同じ。


違うのは匂いだった。ターメリックの匂いがない。揚げた茄子の油の匂いもない。台所から何も漂ってこない。


リビングに通された。テレビが消えている。ペルシャ絨毯の上にサーメドのおもちゃが散らばっていた。


サーメドがソファの端に座っていた。悟を見上げた。立ち上がらなかった。


「サトルおじちゃん」


声が小さかった。リビングに走り込んできた子供ではなかった。


「サーメド。元気か」


サーメドは頷いた。


マリヤムが廊下の奥から覗いていた。前と同じだ。だが前は笑い声に釣られて出てきた。今は出てこなかった。


台所の入口からキッチンが見えた。あの丸いフライパンが棚の上に載っている。使われていない。蛇口から水が落ちる音がする。パッキンは直されていなかった。


ナスリーンがチャーイを二つ運んできた。テーブルに置くとき、グラスがソーサーに当たって鳴った。角砂糖の皿はなかった。


「サトルさん。何か聞いてますか。ファルハドのこと」


悟はチャーイのグラスを手に取った。


「聞いていません」


ナスリーンは頷いた。期待していなかった顔だった。


「弁護士に会えないんです。面会もできない。どこにいるかも——」


声が低くなった。


「テレビで、あの映像を見たでしょう」


「見ました」


「あれはファルハドの言葉じゃないです。あの人はあんなこと言わない」


「分かります」


声が出た。自分でも驚くほど確かな声だった。この部屋で言えることのうち、唯一の真実だった。


サーメドがソファから降りて、テーブルの横に立った。悟を見上げた。ファルハドと同じ丸い目。


「おじちゃん。パパ、いつ帰る?」


台所でやかんが沸騰していた。蒸気の音。ナスリーンが立ち上がらなかった。


「……分からない」


サーメドは何も言わなかった。テーブルの端を指で叩いた。小さなリズム。意味のないリズム。


ナスリーンが立ち上がって台所に入った。やかんの火を止める音がした。


悟はチャーイを飲んだ。ぬるかった。


十五分で辞去した。ナスリーンが玄関まで送ってきた。


「また来てください」


外に出た。門が閉まった。


三輪車のペダルの枯葉が、風で一枚落ちた。


 ◇


テヘランに戻った。


アパートのテーブルで暗号化アプリを開いた。


『ファルハドの家族を訪問した。』


返信は十五秒で来た。


『尾行されている中でか。自分が何をしたか分かっているのか。』


『分かっている。家族は何も知らない。弁護士にも会えず、面会もできない。子供がいる。』


『お前の任務ではない。』


『彼を助ける方法はないのか。』


沈黙。三分。


『כל ישראל ערבים זה בזה——保証人の義務は保証人にしか及ばない。アミニは我々の輪の中にいない。』


保証人。ネゲヴの砂漠でエリが言った言葉だ。我々は互いの保証人だ。互いの。


ファルハドは「我々」ではなかった。


悟は画面を見た。ヘブライ語の文字が冷たく光っている。


『新しい指令がある。』


エリは切り替えた。


『フォルドウ施設の最新情報が必要だ。遠心分離機の構成、稼働状況、新しいカスケード配列。空爆以降の復旧状況。これが最終目標だ。』


フォルドウ。コム州。山の地下八十メートル。世界最大の貫通爆弾でも破壊できなかった施設。


『アクセス手段は。』


AEOI(イラン原子力庁)の安全評価チームが定期査察を行っている。耐震コンサルタントとして同行を申請できる。ブーシェフルでの実績がある。』


安全評価チーム。レイラの所属だった。


『ファルハドの件でVAJAのリソースは分散している。お前への監視はまだ警戒レベルだ。この窓が開いている間に動け。』


ファルハドの犠牲を好機として利用する論理だった。


『了解。』


送信した。携帯をテーブルに伏せた。


台所に入った。冷蔵庫を開けた。何もなかった。閉めた。


サーメドの声が頭に残っていた。パパ、いつ帰る。テーブルの端を叩く小さなリズム。

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