ラヒミ幕間① 盤上の駒
二〇二五年八月。テヘラン。
VAJA本部はパスダラン通りの奥にある。看板はない。外壁はクリーム色のタイルで、隣の税務署と区別がつかない。三階の角部屋が防諜部局長の執務室だった。
モフセン・ラヒミ大佐は二十三時に紅茶を三杯目に入れた。
デスクの隅にチェス盤が置いてある。今朝の対局の途中。相手は自分自身だ。黒のナイトがe5にいる。白のビショップがf1で動けない。次の手は考えてある。だがまだ動かさない。
ドアが三回鳴った。等間隔。
「入れ」
部下のジャヴァドが衛星監視班の週報を持ってきた。A4で十二ページ。ジャヴァドはデータを報告し、解釈を付けない。有能な男だった。
ラヒミは四ページ目で止まった。
イスラエルの偵察衛星「オフェク16」の通過頻度が、直近二週間で週四回から十一回に変わっていた。撮像角度も斜めから直下に移行している。
ピッケル山の上だった。
衛星の頻度が変わるときは、地上で何かが変わったときだ。新しい座標を手に入れた人間がいる。
ラヒミはチェス盤のナイトを指先で持ち上げた。
「イスファハンのUCF関連施設に出入りしている外国人技術者のリストを出せ。過去一年分」
ジャヴァドが手帳を開いた。「範囲は」
「AEOIの契約ベースで入っている全員だ。特に——空爆後に新規で入った者を抽出しろ」
「了解です」
ジャヴァドが出て行った。
週報の七ページ目にもう一つ。ホセイニ准将の部署で何か動いている。VAJAには知らされていない。いつものことだ。
ラヒミはナイトを盤に戻した。
紅茶は冷めていた。飲んだ。
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