第64話 逃した獲物②
あれから1ヶ月が経った。
辺りの緑は落ちてしまい、段々と冬らしくなっている。
怪我も完全に回復し、右腕に関して言えば、以前より数段強化された。だがしかし、繊細な力の加減ができなくなったらしく、珠凛には「エッチが下手になった」と言われてしまった。
禁忌の力の代償に、俺のゴールドフィンガーは失われてしまったらしい。事が終わったら、俺の右腕は元に戻してもらえるのだろうか。
最近の密かな悩みだ。
今回の訓練は復習がメインだったが、特に体術と剣術に力を入れてもらった。颯は俺の排除に手段を選ばないようだが、今の俺は、そうは考えていない。
これは、先日、小春と話した時のことだ。
「ボク、旦那さまにはカッコよく勝ってほしいんだ」
ちなみに、旦那様とは俺のことらしい。全裸を見てから、何故か、そう呼ばれるようになった。
「うーん、後から刺したりとかは?」
「スマートじゃない」
(スマートってなんだ?)
「……どういうのがカッコいいの?」
「えっ……、暗黒神パパリスの漆黒魔法で倒して欲しい」
あぁ。こいつが厨二病なの忘れてたわ。
チートの右腕なら、マジカルパンチで、相手の脳漿を炸裂させることができるらしいが。
「ま、ただ勝つんじゃなくて、屈服はさせたいよな」
「……ボ、ボクはそう簡単には屈服しないんだからっ」
……と、いうことらしい。
まぁ、簡単に洗脳されて、俺を排除したがっている周囲の奴らも見返したいし。
それと、颯のバックグラウンドの把握について、進展があった。咲姉が颯の実家のことを知っていたのだ。
もっと早く教えてくれよ、と思ったが、俺が颯を名字呼びしていないので、ピンと来なかったらしい。颯の父親は、俺の父の知り合いということなので、実家で父に話を聞くことにした。
俺の父は、いわゆる霞ヶ関官僚なのだが、颯の父親(井上 珠人)は、その元上司だった。父にとっても面白い話ではないらしく、俺が質問すると、不機嫌そうに語り始めた。
「……まだ、蒼空が小さな時の話なんだがな。私が、当時の上司であった井上の不正を告発したんだ。霞ヶ関では、上下関係は絶対だからな。井上としては、私に下剋上されたと感じたのだろう」
「で、颯の親父さんはどうなったの?」
「調査の結果、供応接待や経費の二重計上等、かなりの件数の不正が発覚してな。また、プライベートの醜聞も同じ頃にリークされて、懲戒免職になった」
「それって、もしかして、父さんが?」
父さんは首を横に振った。
「いや、確かに井上のことは好きではなかったが……、私ではない」
ここまで聞いた限りでは、俺と颯にはあまり関係のなさそうな話だが……。
「颯の親父さんはどんな人だったの?」
「井上はプライドが高く、民間を見下しているところがあってな。だから、自分が野に下っても、家業である服飾会社や、その他の民間企業で働くことを良しとしなかった。そのうち、自暴自棄になって、酒に溺れ、家族に強く当たるようになった」
なるほど。颯が周りを見下すのは、もしかすると、父親譲りなのか?
「それで離婚に?」
「極め付けは、官僚時代に作った複数の愛人の存在がバレたことだな。結局、それが原因で離婚したと聞いた」
なるほど。
颯からすれば、うちの父のせいで、家族がバラバラになったということか。
でも、それなら。
嫌われるのは、樹兄や咲姉だって同じじゃないか。
「なんで俺だけ……」
父さんは、眉を少し吊り上げ、指を顎に添えた。
「それは恐らく、最初に不正に気付いたのが、蒼空、お前だからじゃないか?」
たしかに俺は、子供の頃から数字は得意だったが……。
「でも、俺は子供だっただろ?」
「あぁ。私が書斎で会計資料を見ていたら、お前が言ったんだよ。「パパ、ここの数字が合ってない」ってな。それで精査したらビンゴだった」
なるほど。
それが俺なのか。
ってか、内部資料を家に持ち帰っちゃダメでしょ……。
要は、颯の家族がバラバラになったのは、俺がキッカケということだ。そして、俺と颯は、偶然に同じ中学に入った。
……つまり、俺は最初から嫌われていたのだ。そして、高一で同じクラスになったのを奇貨として、颯は、俺を気分よく持ち上げて、地面に叩きつけたのだろう。
そう考えると、櫻狼ファイブ自体、俺を陥れるための装置だったのかも知れない。だとすれば、斉藤や山口などは、颯にとって、ただのパーツだったということか。
(あいつらが知ったら、キレるだろうな……)
ただのパーツだから、酷使して壊す事にも躊躇がない。俺は、颯の陽葵に対する態度の正体が、ようやく分かった気がした。
正直、予想を遥かに下回るくだらない理由だった。それなりに不幸なエピソードだとは思うが、珠凛だって同じような環境なのに、すごく良い子だぞ?
だがしかし……、颯のバックグラウンドが分かったのは有難い。これで、リベンジの方向性が決められる。
ある週末。
俺は彩葉がいる病院に来ていた。
彩葉が、ようやく外に出れるようになったのだ。看護師さんが準備してくれている間、俺は廊下で髪型を整えた。
……ドキドキする。
彩葉が病室から出てきた。
車椅子だったが、操作にまだ不慣れなようだ。真っ直ぐ進めないらしく、クルクルと回り出してしまった。俺が手押しハンドルを握ると、彩葉は手を上げた。
「よ、よう。親友」
ん?
親友?
「……彩葉。久しぶり」
なにか心境の変化があったのかな。
今日は天気が良い。
最近は連日、気温が低かったからな。
暖かくてよかった。
「なんか、こうして久しぶりに会うと、緊張するなぁ」
彩葉は、緊張感のない声でそう言った。
「あぁ。そうだな。彩葉、また会えたな」
俺は車椅子を押した。
この病院の中庭は、広場を囲んで遊歩道になっている。
「……うん。お互いに、無事……とは言えないかぁ」
彩葉は笑った。
「たしかに……。あ、でも、俺。右手が魔改造されたんだぜ? 人間を超越したと思う」
「あはは。何それ〜」
「……そういえば、さっきの親友って何?」
「あー、それね。だって、わたしが好きなのは女の子だし。異性で仲の良いのは親友かなって」
おいおい、普通は逆だろ。
「……なるほど。親友ならずっと一緒に居れるな」
「あ、でも、子作りのお手伝いだけは宜しく♡」
「……って、それじゃセフレじゃん」
「あはは。たしかに〜」
気丈に振る舞う彩葉を見て思った。
俺の想いは、自分の中だけにしまっておこう。
「……そういえば、前に彩葉が言ってたことだけど、颯って、何か格闘技してるの?」
以前、彩葉が、颯は意外に強いと言っていたことがある。
「んー、合気道とか剣道はしてるみたい。でも、大会には興味がないらしくて、実力は分からないかなぁ。合気道はかなりの腕だったから、剣道もそれなりなんじゃないかな、とは思う」
……なるほど。
今までの俺なら、颯の苦手なものを探して攻撃しただろう。だけど今回は、そうじゃない。それでは意味がない。
あいつの得意分野で、衆人環視の中でぶっ潰してやる。
「……彩葉。俺は颯に勝てるかな」
そう聞くと、彩葉は振り向いた。
「ほんとは止めたいところだけれど、……勝てるよ。絶対に勝てる!! ……だって、君の方が性格が悪いからね」
「あ、ありがと……、根拠が、なんか微妙」
2人で笑った。
颯がいなくなれば、少なくとも、俺の周りは平和になる。
(渡すつもりだったけれど……これは、色々と片付いてからにしよう)
俺は、樹兄から預かった白封筒をポケットの奥に押し込んだ。




