第65話 逃した獲物③
「うぅ。さむ……」
12月のある朝、俺はマフラーを鼻のあたりまで上げた。11月くらいまでは、時折、暑い日があったのに、ものの半月くらいで急に極寒になってしまった。
秋の存在感なさすぎでしょ。
「よぉ。久しぶり!!」
声の主は、斉藤だった。
俺が今日から登校すると聞いたらしく、途中まで迎えに来てくれたのだ。
「よっ。夏美とはどう?」
「いやぁ、あれから付き合ったけど、すぐに別れちゃってさ。今はフリーなんだわ」
えっ!!?
夏美のために、あんなに頑張ったのに……別れたとは。俺の頑張りを返してほしい。
あ、でも斉藤くん。君には、公開オ◯ニー女(沙也加)がいるではないか。
「……沙也加は? あの子、普通に顔は可愛いし」
斉藤は呆れ顔になった。
「いや、沙也加は無理でしょ。今は蒼空のことが好きみたいだぜ?」
そうなの?
当の本人の沙也加からは、何の連絡もないんだが。
あぁ。あれか。
好意を持つと内気になる系なのね。
俺と斉藤は、軽口をたたきながら校門から入った。学校自体が久しぶりということもあり、なんだか懐かしい。途中、何人かのクラスメイトとすれ違ったが、確かによそよそしい。
(斉藤は、この状況を心配してくれたのか)
あれから色々と考えて、俺は衆人環視の学校行事の中で颯と勝負をつけることを思いついた。そのために登校する必要があった。
颯の父親は櫻狼に多額の寄付をしていて、学校行事には、いつも来賓として招待されている。そこで、文化祭に目をつけた。
人目のないところで、ただ颯を痛めつけるだけでは、生温い。父親の仇の俺に、父親の目の前で負ける。それでこそ、俺の気も晴れるというものだ。
「ただボコるだけではなく、相手の自己肯定感をへし折る」 これは、樹兄に始めに教えられた事だ。あれからもう1年半か。早いものだな。
櫻狼学園の文化祭は12月だ。
元々は9月だったのだが、数年前に熱中症対策で後ろ倒しにしたところ、もっと涼しい時にやりたいとの要望が殺到し、12月に落ち着いたらしい。今では、女子高生のサンタ姿が見れる……もとい、雪降る文化祭のキャッチコピーでちょっと有名になっている。
伝統の出し物はいくつもあるのだが、その中の一つに模造刀の演舞がある。文化祭の体裁上、演舞に分類されているが、模擬戦形式の出し物で、実践さながらの迫力で人気を博している。
演者は、毎年、2学生の首席と次席が指名される。もし、辞退する場合には、その者から推薦された者(成績上位者か文化部に専属する者に限る)が出演するのがルールだ。運動部員から選抜しないのは、あくまで文化祭の出し物だから、ということだった。
そして、実際のところ、剣道部員同士がやるよりも、ガリ勉同士の場外乱闘……泥試合の方が遥かに盛り上がるようだった。
今年の成績順位の1番は颯で、2番目は山口だ。
教室につき席に座ると、案の定、クラスは俺にとって居心地の悪い空間に変わっていた。だが、前のようにイジメられている訳ではない。怖がられて、誰も近づいてこないのだ。
まぁ、今は珠凛もいるし、さほどの実害はない。でも、これで颯にリベンジしたら、俺は本格的に嫌われるんだろうなぁ、とは思う。
席で手持ち無沙汰にしていると、山口が入ってきた。
「よぉ。久しぶりのご登校で快適そうだな」
「なにそれ。嫌味か?」
山口は口角を片方だけ上げた。
「小春の裸を見たお前に、かける情けなどない」
押しかけられて、勝手に脱がれたんだが。
「っと、例の件は大丈夫そうか?」
「あぁ。さっき文化祭実行委員室にいって、推薦状を出しておいた。俺としても憂鬱なイベントだったし、助かる」
山口には、俺を演舞に推薦してもらった。頼んだ時には、学校行事への参加は内心にも関係するので、山口は渋るかと思ったが、思いの外、快く応じてくれた。
どうやら、小春の前で颯にボコられるのがイヤだったらしい。
あぁ。そうだ。
肝心の颯は出るのだろうか。
「颯は出るのか?」
「あぁ。代役はたてないみたいだぜ? まぁ、俺が相手なら楽勝って思ってるんだろ」
山口には、あくまで山口の個人的な事情で辞退してもらった。俺に代わったと、颯には知られずに当日までいってくれれば、ラッキーなのだが。
すると、見計らったように、颯が教室に入ってきた。颯は俺を見るなり舌打ちして、声を上げた。
「おはよう!! みなさん。あれぇ。今日は、クラス一の嫌われ者が来てるぞぉ??」
クラスがザワつく。
(完全にアウェイだ。なんだか帰りたくなってきた……)
颯は、わざわざ遠回りをして俺の横を通り、すれ違いざまに捨て台詞を吐いた。
「いやー、蒼空、元気そうじゃん。さすが、女子をクッションにして生き延びただけのことはあるね♪」
こいつ、彩葉のことを言ってるのか?
「颯、てめぇ。彩葉のことか?」
颯はケタケタ笑った。
「彩葉? ……だれそれ? あぁ、あのエンコーオヤジの娘か?」
こいつのせいで、彩葉はどれだけ大変な思いをしたと思ってるんだよ。そもそも、東宮のオッサンに女子を当てがったのは、お前だろ。
「おまえ、マジでふざけるなよ!!」
俺が颯の胸ぐらを掴むと、颯はニヤニヤした。
「みなさん、怖いですねー。わたくし、凶悪生物に胸ぐらつかまれてます……」
手を振り払って、颯は俺の耳元で囁いた。
「まぁ、そうイキるなよ。すぐに演舞でギッタギタにしてやるからよ」




