第63話 逃した獲物①
俺は墓石の前に立ち、お菓子と飲み物を供えた。
手を合わせ、瞼を閉じる。
瞼を開けると、「東宮家」の文字が目に入った。
「……ありがとうございました」
それが適切な言葉でないことを、俺は理解している。だけれど、他の言葉は思い浮かばなかった。
横浜にも近く、見晴らしのいい場所。
だが、墓誌にその人の名前は刻まれていない。
俺がここに来ていることは、誰にも言っていない。
…………。
……。
珠凛から彩葉の話を聞いた翌日。
俺は受診もかねて、樹兄の病院にいった。
「……腕はどうだ?」
そう言った樹兄は、白衣を着ている。この人がマトモに見えるんだから、白衣の魔法ってスゴイ。
俺は、ようやくギプスが外れた右手をグーパーしてみた。
「うん、筋力は落ちてそうだけど、痺れとかはないかな」
すると樹兄がフフンと鼻を鳴らした。
「まぁ、オペも俺がしたから当たり前だかな。お前の腕には、最先端の強化チタンを使った特注のプレートをガッツリ入れてやったぞ。上腕、前腕だけじゃなくて、拳までチタンが入っている。コンクリートくらいなら素手で粉砕できるし、まっ、鉄パイプくらいなら、前腕で余裕で受けられる。感謝しろよ?」
「拳って……怪我してない骨にもチタンを入れたのか?」
「は? お前が弱っちいからだろ。颯……いや、井上の小倅なんかに負けやがって」
まぁ、たしかに。
負けたけど……。
「……ちなみに、この拳で人を殴ったらどうなるの?」
「ん? ほぼ確実に頭蓋骨が粉砕するな。脳みそが飛び出るかも知れない」
(知れない、とか恐ろしい事を冷静に言われても困るんだが)
「は? 相手、死んじゃうの? それじゃ、逆に殴れないじゃねーかよ。勝手に人の腕を殺人兵器にするなよ!! アンタらに課せられた殺さずの誓いがあるのに、どうするんだよ?!」
「……ま、そこはなんとか創意工夫で乗り切ってくれ。それと……、まぁ、後のお楽しみだ」
は?
この人、他にも何かしたのか?
「ちなみに、弾丸とかは? 弾けたりする?」
「受けられるだろうが、周りの組織は吹っ飛ぶだろうな。所詮は人間だからな」
冗談のつもりだったのだが、ほんとに素手で弾丸を受けられるの? いやいや、それ既に人間じゃないでしょ。
まぁ、いいや。
頭が痛くなってきた。
この困った右腕については、後で考えよう。
「そういえば、彩葉のことを聞きたいんだけど」
即断即決の樹兄が、珍しく言葉に詰まった。
「結構、キツイ内容だが、いいか?」
「あぁ」
「まず、結論から言うと、彩葉君は、命には別条はない。当面は免疫抑制剤は必要になるが、ちょうど咲のところで、承認前だが良い新薬があってな。いずれ、普段通りの生活に戻れるだろう」
免疫抑制剤?
なんで?
「歩いたり身体を動かしたりは大丈夫なの?」
「お前が右手で庇ったからな。幸い脊椎や四肢の損傷等はなく運動機能には問題はない。だが……」
俺が庇った?
それで俺の右腕が骨折したのか。
あの場にいたのに、知らない事だらけだ。
「だが? 何かあるのか?」
「心臓と膵臓の損傷がひどくてな。どちらもかろうじて機能はしていたが、早急な移植が必要になった。タイミングよく適合率が高いドナーが現れてな、移植を受けることができた訳だが……」
それほど危うかったと……それで俺にも伏せていたのか。
「歯切れが悪いな。それは、不幸中の幸いじゃん。ん、心臓? それって……」
「あぁ、亡くなった人から提供された心臓だ」
亡くなった人からの心臓。
高い適合率。
そんなこと、肉親でもない他人にあり得るのか?
胸の中がザワザワした。
「それって……」
「お前なら気づいているかも知れないが、彩葉君の事故の少し後に、彼女のお父上が転落事故を起こしてな……。ご本人の希望で、心臓と膵臓が、親族……つまり彩葉君に提供された」
お父上?
他人を敬うなんて、傲慢な樹兄らしくない言い方だ。
「……事故?」
臓器移植の運用では、ドナーが親族への提供を希望していたとしても、自殺の場合には親族への臓器提供は行えない。
事故……。
そんなにタイミング良く?
さっきの胸のざわつきの正体は、これか。
「……あぁ。そうだ。それでなんだが、今回は、ドナーの強い希望で、レシピエントへの情報提供は一切、行なっていない」
つまり、彩葉は何も知らないってことか。
「……分かった。彩葉は、今でも父親が生きていると思っているってことか?」
「……そういうことだ。移植は膵臓のみで、心臓は最先端再生医療で外科的な処置をしたことになっている」
東宮のオッサンは、仕事で海外の僻地にいることになっているらしい。いずれ分かることだろうが、少なくとも、完全に回復するまでは、彩葉には知らせない方が良いと思えた。
「あっ、身体に傷とかは?」
「あぁ。今は傷跡があるが、形成手術でかなり目立たなくはできる。執刀医も彼女の仕事に配慮してくれたみたいだしな。モデルの仕事も続けることもできると思うぞ」
彩葉の処置は、ここではなく、専門の病院で行われたらしい。
(明日にでも、行ってみるか)
診察室から出ようとすると、樹兄は、机から1通の封筒を出した。
「これは、膵臓のドナーから託されたものだ。いずれ、お前から、彩葉君に渡してやってくれ」
受け取ったのは、宛先も差出人もない白封筒だった。
その翌日、俺はお見舞いに来ていた。
受付をして、彩葉の病室に向かうと、自分がすごく緊張していることに気づいた。
心配だし、ドキドキするし、胸が痛い。
色んな感情がゴチャ混ぜになって、この気持ちがどこからやって来るのか、自分でもよく分からなかった。
病室は無菌室になっていて、まだ中には入れないとの事だった。病室にはガラスの窓があって、中の様子が見える。
彩葉は思ったよりも顔色がよく、俺に気づくと手を振ってくれた。
担当医の話では、術後の経過は良く、移植による拒絶反応は、全くと言っていいほど出ていないらしい。本人も頑張っていて、驚くほどの回復を見せているとのことだった。
……生きていてくれて、本当に良かった。
俺は、泣きそうになるのを我慢して笑顔を作った。
あと1ヶ月くらいしたら、外にも出れるようになるらしいので、そうしたら、一緒に中庭を散歩しよう。
疲れさせてもいけないので、積もる話はまた今度な。
時計を見ると、そろそろ実家に行く時間だった。彩葉に、また来ると伝え、俺は病院を後にした。
病院を出ると、咲姉が迎えにきてくれていた。
(……相変わらず、派手な車だな)
咲姉は真っ赤なスポーツカーに乗っている。ロングヘアでサングラスをかけて、服は身体のラインがでる派手めのスカートスーツだ。咲姉は脚に自信があるらしく、脚の露出が多い。正直、俺が他人だったら、あまり関わり合いになりたくない人種だ。
車に乗ると咲姉が話しかけてきた。
「彩葉ちゃんの様子は、どうだった?」
「思ったより良さそうだったよ」
「そうかぁ。良かった。ウチの新薬も体質に合ったみたいね。彩葉ちゃんは、色々と辛いだろうけど、……乗り越えてほしいね。お父さんもそれを望んでいるはずだし。んで、例のこと、今日からまた始める訳だけど、覚悟はできてる?」
咲姉らしくない。
思いやりがありすぎる。
俺は手をグーパーして見せた。
「あぁ。俺の右腕は魔改造されて殺人兵器になったみたいだしな。バッチリだよ」
俺はリハビリも兼ねて、今日からまた2人に稽古をつけてもらうつもりだ。
「なんか学校は大変なことになってるみたいだけど、大丈夫なの?」
高校では、颯があることないこと、俺の噂を広めているらしい。なんでも、俺が彩葉の親父から大金を巻き上げて半殺しにした極悪人だとか、反社と喧嘩したとか。
(ま、どれも、あながちデマでもないが)
そんな訳で、今の俺は「危ないヤツ。クラスから居なくなって欲しいヤツ」として、クラスですっかり定着してしまっているようだった。
学校に行ってもいないのに、どんどん嫌われているって、ある意味、すごいとは思うが。
櫻狼は、一応、進学校だしな。皆んな、クラスに問題児がいることで、自分の内心点に悪影響があることを怖がっているのかも知れない。
まぁ、そんな状況なので、急いで学校に行くこともないかなって思っている。もちろん、珠凛もいるし、辞めるつもりなんてないが。
しばらくは、2人に鍛えてもらって、颯との再戦に備えるつもりだ。




