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第57話 4人目とその後の物語。


 あれから彩葉の仕事は順調なようだ。表情が明るくなったと評判で、今度、雑誌の表紙を飾るとか何とか。


 個人的にも、モデルの仕事中に出先から連絡をくれるようになって、この前はSNSに、初キスした的なことを投稿していた。


 「そういうの大丈夫なの?」と聞くと、「別に男性のファンはいらないから、害虫除けができて都合がいい」とのことだった。まぁ、高2の初キス宣言とか、ある意味、青春してて印象が良いのかも知れないが。


 でもな。こっちは全然、大丈夫じゃないんだよっ!!


 この前、珠凛が彩葉のSNSを見たらしく、「蒼空クンの女ったらしっ!! ヤリチンっ。キス魔ぁぁ!!」って言われたし。


 今はそれでいいが、新学期がはじまったら大変なことになりそうだ。想像するだけで頭が痛くなる。


 でも、ようやく颯から取り巻きの4人を引き剥がすことができた。これで対等の勝負ができる。あとは、いつものように颯について入念に下調べをして……。



 そんな俺は、今日は彩葉に呼び出されている。連絡は頻繁に来ているが、会うのはあれ以来だ。


 ちょっとやりすぎちゃったし、少し気まずい……。


 それにしても、彩葉の身体、良かったよなぁ。真っ白で、でも、出るところは出ていて。


 理想的なボディって、ああいうのを言うんだろう。いや、俺には、顔も身体も性格も、珠凛が最高なんだけどねっ。


 俺がそんな妄想をしていると、声をかけられた。


 「おいっ、首振り君っ。鼻の下がのびてるぞっ!!」


 顔をあげると彩葉だった。

 彩葉をみて、俺は自分の目を疑った。


 なんと、ショートカットになっていたのだ。


 「お前、その髪型、どうしたの?」


 「え。切った」


 俺は彩葉の黒髪ロングが好きだったので、少し残念だ。


 「いや、仕事とか大丈夫なの?」


 「うん。っていうかテレビのお仕事が来て、先方の要望でもあるんだ」


 「そうなんだ……」


 「んで、ご感想はないのかね?」


 「いや、似合ってるとは思うけど。正直いうと、ロングの方が好みかな」


 「え……。やっぱり、またのばそうかな」


 やばい、失言だったらしい。

 話題をかえねば。


 すると、彩葉が目を閉じて唇をすぼめた。


 「んーっ」


 キスをしろって意味か?

 駅前で人が沢山いるんだけど、平気なのかな。


 キョロキョロすると案の定だった。数人が彩葉に気付き、チラチラと俺たちを見ている。


 (いきなりスキャンダルとか、彩葉のキャリアに傷がつくよ……)


 俺は指先をチョンと彩葉の唇に当てた。


 すると、彩葉は唇に指を当てて言った。


 「……やっぱり大丈夫だ」


 どういう意味なんだろ。


 「それより、こんな大衆の面前で俺なんかと居て大丈夫なのか? もっと変装とかして来るのかと思ったよ。SNSで晒されたりしたら仕事に支障とか……」


 すると、彩葉は腕を組んできた。


 「別に大丈夫だよ。晒されたら、彼氏って紹介するだけだし♡ きもい男に言い寄られないなら、むしろ助かるし。それよりもね」


 「え?」


 「この前、初キス奪った責任はとってくれるの?」


 「どういうこと?」


 「わたし、蒼空なら大丈夫みたい。どこまでできるか、試してみたいのだけれど」


 (いや、さっきの指だし。ここまででも大丈夫か不明だし)


 「え、いみふ」


 「朴念仁だなぁ。エッチできるか試してみたいってことだよ」


 「いや、そういうのは将来、恋人と……」


 「作る気ないし。だから、君の出番なんだよ?」


 「は?」


 「わたし、子供が好きなんだ。でも、わたし、男の子のこと苦手でしょ? だから、自分の子は諦めてたんだけど、もしかしたら、可能かもしれないなって」


 「って、俺は種馬?」


 「ん? ……そういうこと♡ こんな美少女と繁殖行為できるんだよ? ラッキーと思いなさい」

 

 「繁殖……その綺麗な顔で、そんな生々しいこと言わないで……」


 「うふふ♡」


 この人、心を開くとこんなだったの?

 キャラ変しすぎでしょ。


 「んで、今日はどんな用事?」


 「いやね、わたしのファーストキスを奪った君とデートしたいなって」


 それ本当なのかな。

 正直、半信半疑なんだけれど。


 すると、彩葉は言葉を続けた。


 「あっ、信じてないでしょ。男の子としたのは本当の本当で初めてだったんだから!!」


 「男の子と? あー、そういうことね……納得」


 一気に半疑の方はなくなった。


 「それとね、蒼空に言われた通り、父と話してみたよ。そしたら、すごい喜んでくれて。泣かれた……まだ嫌悪感は全然消えた訳じゃないけど」


 あの後、東宮のオッサンが娘のために土下座した話をしたのだ。オッサンはクズだが、彩葉のことは本気で大事に思ってるんだと思う。


 「そっか。ま、いいんじゃないか? んで、俺はどこに連れていかれるわけ?」


 彩葉に連れて行かれたのは、学校だった。彩葉は俺の手を引くと、中等部の校舎に向かっていく。


 ここは俺にとって、印象のいい場所ではない。だけれど、手を引かれているうちに、水飲み場や階段の踊り場等、陽葵との思い出がある場所も点在していることに気づいた。


 (良い思い出もあるのに、丸ごと捨てるのは勿体無いか)


 「そうだよ。もったいないよ」


 彩葉は俺の顔を覗き込むと、そう言った。


 (え、こいつ、俺の内心を読んだ?)


 彩葉は言葉を続けた。


 「……なんだか最近、なんとなくだけど、その人が思ってることが分かるんだ」


 「……すげーな」


 このシチュエーションで、俺に嘘をつくメリットは何もない。人知を超えた現象っていうのは本当にあるらしい。


 すると、彩葉はニコッとした。


 「……亡くなった人の言葉も聞こえるといいんだけどね。それはないみたい」


 階段を何回か上り、足を止めると、屋上だった。


 彩葉の足が震えている。

 体重が支えられず、その場に座り込んだ。


 「蒼空。勇気をちょうだい……」


 俺も膝をついて彩葉の手を握ると、彩葉は立ち上がり、ゆっくりと柵の方へ歩き出した。


 そして、柵に手をかけると、鞄から小さな花束を出した。それを地面に置くと、彩葉は言った。


 「ごめんなさい、あの時のわたし、あなたを追い詰めたよね。なにもしてあげられなくて、ごめんね……」


 彩葉はそのまま、10分ほど動かなかった。


 俺が少し離れたところで待っていると、彩葉が戻ってきた。


 「気持ちは落ち着いたか?」


 彩葉は微笑んだ。


 「うん。少しはお話できたと思う」


 お話?

 どういう意味だ? 


 引越しとかで本人には会えないって意味か?


 帰り道に公園に寄った。

 彩葉はベンチに座ると、手を開くと俺の方に差し出した。


 ん?

 何か買ってこいって意味か?


 「コーヒーでよかった?」


 コーヒー缶を渡すと、彩葉はふぅふぅとすすりながら色々と話してくれた。


 それによると、俺が知っているイジメ強要の話には、続きがあるらしい。イジメにあっていた子の名前は『板垣ヒマリ』。ヒマリ、いや、……板垣さんは、イジメ被害の後、転校したらしい。そして、そのあと、半年ほどしてビルの10階から飛び降りた。


 「あのね、わたし。その話を聞いてから、怖い夢を繰り返しみるんだ。高いところから落ちる夢……これは罰なんだと思う」


 いや、彩葉は加害者ではないだろう。

 

 イジメの表面化を恐れた学園は、彩葉についてはイジメの事実は認定せず、板垣さんについては学外のことなので関知しないという態度をとった。


 そして、騒ぎを起こさない対価のつもりなのだろう。彩葉にだけは、特例として板垣さんについての調査結果を伝えたらしい。


 それによれば、イジメ(報告書では「悪ふざけ」と表現)の原因は、主犯格A子(仮名)の嫉妬によるものだったらしい。


 A子には、好意をもつ男子(B男)がおり、容姿の良い彩葉に嫉妬した。ある日、B男が「彩葉っちって可愛いよな」といった言葉がトリガーになって、彩葉に対して集団でイジメをするようになる。


 しかし、その後、板垣さんとB男の交際が発覚。交際の事実を知ったA子は激昂。熾烈なイジメが行われたが、板垣さんとB男の交際は解消されなかった。そこで、A子は、板垣さんの排除を企図し、彩葉の利用を思いついた。


 そして、それ一件以来、彩葉は嫉妬心……の元凶となった男性という存在自体に嫌悪感を持つようになったらしい。


 正直、俺が思ったよりも酷い話だった。俺は話を聞きながら、泣いてしまった。


 「なぁ、彩葉。A子達はどうなった?」


 彩葉は何度かまばたきした。


 「んー。A子は、最後まで『悪いのは色目を使って抜け駆けした相手。わたしは悪くない』という態度を変えなかったみたい。周りの取り巻きの子たちも『自分達もA子に騙された被害者。正しいことをしているという認識だった』と言ってた。学校も問題にしたくなくて、口頭注意しただけだったしね。きっと、どこかで普通に生活していると思う。それよりも……」


 ……公正世界仮説だ。

 これは、良い事をすれば良い事が、悪い事をすれば悪い事が(必ず)起こるという認知の歪み。その結果、悪い事をした者は罰を受けるのが当然と考え、人は、他罰的、浅慮的な思考に陥る。


 そして、A子も板垣さんは罰せられて当然の人間だと考えた。


 ……本当に、人というものは度し難い。


 「……蒼空?」


 彩葉は心配そうに俺を見ると、俺の涙をペロペロと舐めた。


 「蒼空の涙、塩っ辛い。悔しい涙は塩味が強くなるらしいよ。わたしのために悔しいって思ってくれているのかな? ありがとう」


 「あのさ、お前がのぞむなら、A子達に仕返ししてやろうか? だって、おかしいだろ。ヒマリさんが命を絶って、そいつらはのうのうと……」


 彩葉は首を横に振った。


 「ううん。いいの。ヒマリちゃんもそんなことは望んでないと思うし。もう、正直、あの子達はどうでもいいの。それよりもね……」


 彩葉は俺の膝の上に手を置いている。その手の甲に、彩葉の涙がポタポタと落ちた。


 「陽葵ちゃんのこと。ごめんね。あんな酷いこといってごめんね。わたしね、ヒマリのこと、忘れられないんだ。だから、男なんかに……しかも颯みたいなクズに入れ込んで死のうとした陽葵ちゃんが許せないって感じてたの」


 彩葉は、俺の顔色を窺うような仕草をすると、言葉を続けた。


 「……それなのに、わたしは自分を棚にあげて君に好意を持っている……A子のこと言えないよ。わたしの経験と陽葵ちゃんは別なのに、わたしの中ではヒマリと陽葵ちゃんがうまく区別できていない。本当にごめんなさい。気持ちが落ち着いたら、ちゃんと謝罪にいくから……」


 それから数分間、彩葉は何も話さなかったが、耐えかねて、俺から切り出した。


 「いや、お前が俺に好意を持っているのは勘違いというか……」


 すると、彩葉が俺の口を塞いだ。


 「いいの。蒼空って心理とかそういうの詳しそうだし、わたしに何かしたんでしょ? でも、いいの。……わたし、君のことが好きな自分を、けっこう気に入っているんだ」


 「そっか。あ、あの動画は消したから、安心して。無理に俺と居る必要ないから」


 「君は優しいね。あれは保険で持っていてくれても良かったのに。ところで、わたしの告白の答えは?」


 「え? 俺、告白されたの?」


 「わたしの生まれて初めての男の子への告白はスルーか……。いいよいいよ、泣いちゃうから」


 「いや、既に2人とも泣いているでしょ……」

 

 「あはは。そうだね」


 彩葉はカバンに手を入れた。


 「あ、これ。蒼空に頼まれていた件なんだけど」


 彩葉は俺に、求人要項を差し出した。

 

 「ありがとう。良いのあったか?」


 俺は彩葉に頼み、職歴不問の求人を探してもらっていた。

 

 「うん。ちょうどウチの事務所から新しいグループがデビューするから、人が足りないみたい」


 「へぇ」


 内容を見てみると、マネージャー:年齢は50歳までで職歴不問。必要なスキルは、アイドルが好きなこと書いてあった。


 (たしか、山口の兄貴は、アイドル好きっていってたよな。ややブラックな気配はするが、関係者からの紹介なら平気かな……)


 ん?

 彩葉が目を細めている。


 「蒼空さ。相当なお人好しだよね。そんな君だからわたしは好きなんだけれど。でも、そんな性格だと、復讐とか、疲れない?」


 「んー。これは俺がやらないといけない事なんだよ。颯はムカつくし。アイツ、俺の大切な人を傷つけるからさ。許せないし、制裁して排除したいんだ」 

 


 彩葉はニマニマした。


 「そっか♡ じゃあ、みんなにも声をかけておくよ。斉藤も山口も。本音では、蒼空に感謝してるみたい。きっと、君に手を貸してくれる」


 「ところでさ」


 「彩葉って、女の子のことは恋愛対象じゃなくなったの?」


 「え。好きなままだよ。わたしの恋愛範囲は女子+蒼空。だから、わたしは蒼空の愛人でもいいんだけど……あ、子供は欲しいけどね」


 「愛人はダメだろ」


 「まぁ、わたしと付き合ったら、わたしの彼女も入れて、3人で楽しめるかもね?♡」


 「……魅力的な提案すぎるから、言うのやめて……」


 彩葉は手を叩いた。


 「あっ。良い事を思い付いたっ!! わたしが珠凛ちゃんを口説けばいいんじゃない? そうしたら、なーんにも問題なくなるよ?」


 「いや、問題だらけだろ」


 「え。欲張りさんだなぁ。陽葵ちゃんも加えとく? え、もしかして小春ちゃんも? 蒼空はロリコンだったか……」


 「だー、かー、らー」 

 

 彩葉は嬉しそうに走って逃げた。


 俺は彩葉を見ながら思った。


 俺は珠凛を好きだけれど、出会い方やタイミングが違ったら、俺の横にいたのは、陽葵や彩葉だったのかも知れない。それだけの違い。でも、大きな違い。それこそが縁というものなのだろう。だけれど、……陽葵も彩葉も笑っていて欲しい。


 (やっぱり、俺は欲張りだ)


 それはさておき、彩葉の提案は、さすがにどうかと思う。完全にハーレムだし。メンバー全員、可愛いし。


 世の殿方に嫉妬されて、刺されそうだ。


 古今東西、「良い事を思いついた」という人のアイディアには、ロクなものがないらしい。

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