第58話 最後の獲物①
サイレンの音。
視界が暗くなっていく。
珠凛、ごめん……。
…………。
……。
(2025年9月)
新学期が始まった。
櫻狼ファイブは事実上の解散状態で、メンバーはそれぞれバラバラに行動している。
俺が山口や斉藤と一緒にいると、時々、颯の視線を感じることはある。だが、颯には別の取り巻きがいるため、パッと見はいつも通りの学園生活だ。
そして、俺は毎度のことだが事前準備に奔走していた。
しかし、颯はクラスメイトどころか櫻狼ファイブのメンバーにも自分の話を殆どしておらず、どうしても颯の動機付けが分からなかった。
動機の把握は、効果的な制裁内容や攻略方法を考える上で、かなり重要だ。
陽葵の件や珠凛の誘拐の件だけとっても、単に俺のことが嫌いというだけでは、あまりに手が込みすぎている。
俺を目の敵にする理由。
絶対に何かあるはずなのだ。
生活環境から逆算してみるか。
とはいえ、颯は家族構成についても、不透明だった。学校に提出する資料では、父親の仕事は老舗服飾メーカーの代表取締役で、母親との3人暮らしとのことだ。
会社登記を見てみると、途中で代表取締役が颯の父に変更されていた。閉鎖謄本で見る限り……設立時からの社長ではなく、会社を継いだのは、颯が幼い頃のようだった。
住所は都内の高級住宅地で、建物名がないので、おそらく戸建てだろう。颯自身、奨学金に執着している様子はないし、生活に困っているようにもみえない。
弟や妹もナシか。
イニシアチブをとるには、弟や妹を使って誘い出すのがセオリーなのだが、それも難しそうだ。
(我ながら、すっかり悪者のやり口だ……)
SNSの書き込み等を見ている限り、恋人もナシ……と。少し遡ってみると、陽葵と付き合っていた頃も、恋人はいないような投稿をしている。
(陽葵は、やっぱり遊ばれていたんだな)
ま、言い寄って来る他の女の子も手玉にとっているようだし……、それはそうか。居ないものは仕方ない。目の前で恋人を陵辱する、みたいな攻め方も無理そうだ。
(うーん……)
自宅で色々調べていると、珠凛がPCを覗き込んできた。
「颯のプライベートって謎すぎない?」
俺が聞くと、珠凛は首を傾げた。
「確かに……、常に弱点を見せないように警戒してるみたいだった。あ、そういえば……」
「ん?」
「前に東大に入って弁護士とか医者になって、目標の人に追いつく、みたいな事を言ってた」
ふむふむ。
まぁ、ありがちだが。
んっ。
どこかで聞いたことある人間像だぞ。
樹兄か?
いや、でも、颯と樹兄は面識がない。咲姉なら、何度か親の代わりに学校の行事に来てくれたことはあるが。
んーっ。わからん。
攻略の糸口すら見つからない。
「そういえば、珠凛って颯に口説かれたことないの?」
前から不思議に思っていた。
颯は典型的な支配者タイプだ。現に陽葵にも、同様の手段をとった。だとすれば、男嫌いの彩葉はともかく、珠凛を手籠にしようとする方が自然だ。
すると、珠凛は迷う様子もなく答えた。
「んー。ないね。たぶん、ウチのことはタイプじゃないんじゃない?」
珠凛は普通に可愛いし、そもそも、颯は外見よりも、メリットの有無で相手を選んでそうだどな。そして颯にとって、俺に近い珠凛を落とすメリットは小さくない。
そんなこんなで攻略の糸口もつかめないまま、数週間が過ぎ、その間に陽葵の転校が決まった。転校先は他県で、気軽に行き来できるような距離ではなかった。
そして、ちょうどそのころ、颯が学校に来なくなった。
(偶然か? 何かイヤな予感がする。いや、でも。陽葵の事情なんて、颯が知るはずもないし……)
学校にいっても、イヤな予感が頭から離れない。鬱々とした気分でいると、山口に声をかけられた。
「蒼空、何難しい顔してるんだよ。あまり悩むとハゲるぞ?」
「なっ……」
俺が額を押さえると、斉藤が豪快に笑った。
「あはは。あ、そういえば、少し前に颯の親父さんが理事長室に出入りしてたんだけど、アイツも転校すんのかねぇ」
颯の父親は、学園に多額の寄付をしていて、学校に対して、かなりの発言力がある。颯が問題を起こしても大事にならないのは、それもあるのだろう。
残念なことだが、櫻狼学園は自己保身が大好きだ。颯の父親ならば、陽葵の転校について知ることも不可能ではないだろう。
陽葵の転校。
そして、颯の欠席。
颯から何か仕掛けてくる可能性。
(また陽葵が狙われるかも……)
それからは、できるだけ陽葵の外出に付き合うようにした。
そして、今日は陽葵のリハビリに付き合っている。
「蒼空クン。なんかゴメンネ」
陽葵は、申し訳なさそうな顔をした。
「いや、全然。リハビリは1時間くらいか? 俺は外で待ってるよ」
俺は施設のベンチで陽葵を待つことにした。
目の前では、子どもたちがサッカーをして遊んでいる。
(颯のヤツ、なんでそこまで俺を毛嫌いするんかね……)
正直、颯の俺への執着は異常だと思う。もはや、イジメとか好き嫌いとか、そんな次元じゃない。仮に俺が櫻狼高校を辞めたとしても、満足しないのではないか。
殺意。
……その言葉が一番近いように思えた。
(珠凛も危ないかも)
珠凛には、当面の間、実家に帰ってもらうことにした。
そんなある日、知らないアドレスからメールがきた。折り返すと、東宮のオッサンだった。
そういえば、示談の時に連絡先を交換したんだっけ。でも、なんで東宮のオッサンから?
(金返せとか言われるのかな)
しかし、東宮のオッサンからの用件は、思いもよらぬものだった。
「彩葉が家に帰っていないんですが、月見里君は、何か知りませんか?」
彩葉が行方不明になった。




