第45話 珠凛と陽葵の忘れ物④
「蒼空くん」
「ん……、珠凛」
俺は寝てしまったらしい。
どうやって帰ってきたのだろう。記憶がない。
たしか、最後に烏龍茶を一気飲みして……。
えっ。
ここ、どこ?
見慣れない部屋なんだが。
家具が見える。ホテルではなく、どこかの家らしい。
「珠凛じゃないでしょ? 藍だよ」
えっ?
声の方を振り向くと、藍さんだった。
……膝のあたりに、ぷにっと藍さんの生チチが当たっている。
えーっ!?
俺と藍さんは同じ布団に入っていた。
そして、全裸……。
まじか。
これはマズい。
浮気するにしても、最悪の相手だ。
布団の中を覗くと、俺はパンツすら履いていなかった。そして、藍さんも全裸だった。真っ白な肌が見える。
(珠凛は健康そうな肌色だけど、藍さんは真っ白なんだな)
そんなことを思っている場合じゃない。……俺は頭を横に振った。
つか、どうしよう。
何も覚えてないし、ヤッてないと思いたい。
「……あの、藍さん」
「違うでしょ。サンはダメ。呼び捨てにして。ダーリン♡」
藍さんは抱きついてきた。
(だ、だ、だーりん?!)
「あの。藍さん。俺ら、ヤッてないですよね?」
藍さんは、少し拗ねたような顔をした。
「全裸の男女が一つ布団の中にいて、することは一つだけでしょ? 何を言っているの?♡」
何を言っているの、はアンタだよ!!
まぁ、確かに。こんな可愛い人と添い寝して、していない方が不自然だ。
いや、でも。
本気で何も覚えていないのだ。
もしかしたら、母娘の食べ比べという、世の男性の羨望のプレイをしたかもしれないのに……。記憶にないとは。不覚。
すると、藍さんが覗き込んできた。
「蒼空クン。なんか泣きそうになってる。ショックなの? 可愛い♡」
「そりゃあ、そうですよっ!!」
(いままで数多の誘惑に耐えてきたのに、よりによって、珠凛ママかよ……、しかも覚えてないとか。リスクだけで良いとこナシだ)
俺の様子を見ていた藍さんはクスクスと笑った。
「……からかってゴメンネ。ホントは何もしてないよ?」
「えっ」
「ほんとはね。あのあと、ウーロンハイのせいで蒼空クン、意識なくなっちゃって。歩けないし、タクシーで家まで送ろうと思ったら、途中でゲーしちゃったの。タクシーから降ろされちゃって。ちょうどウチの近くだったし、服とかゲーまみれだったし。とりあえず、服を脱がせて、休んでもらったんだ」
どうやら、俺の貞操は守られたものの、かなりの迷惑をかけてしまったらしい。
「すいません……」
「下着まで汚れていたから、迷ったんだけど、そのままにできないし、脱がせちゃった。ごめんね」
藍さんは、ペコリと頭を下げた。
「いや、おれ、酒に弱いのかも。気をつけるようにします。でも、なんで藍さんも裸なんですか?」
「蒼空クンのお世話してたら、わたしも汚れちゃって。わたしも酔ってたから、力尽きて寝ちゃったみたい」
どうやら本当にセーフらしい。よかった。
「状況は分かりました。色々とありがとうございました」
「でも、フキフキしてたら、蒼空クンを欲しく……こほん。味見……こほん。……甘えたくなっちゃって、色々したんだけど、拒まれちゃった……」
色々ってなんだ?
知りたいけれど、知りたくない。
とにかく、これ以上、こんなサキュバスの巣窟にいるのは危険だ。
「おれ、帰ります!!」
だが、藍さんは俺の手首を掴んだ。
「まだお洋服が乾いてないから。もう少しここにいて……寂しいの」
そう言うと、藍さんは毛布に潜り込んだ。
そして、俺の首元にキスをすると、チュッチュとキスをしながら、どんどん下にいき、気づいた時には、パクっと俺のモノを口に含んでいた。
「ごめんね。……ちゃんと気持ちよくするから」
藍さんは、そう言うと、頭を上下に動かしはじめた。
すごく気持ちがいいが、マズイ。
いや、もうすでに手遅れな気はするが。
「ちょっと。タイムっ!!」
俺が毛布を剥ぐと、藍さんと目が合った、その目つきは、妖艶でも色っぽくもなく、ただただ悲しそうで、潤んでいるように見えた。
「藍さん?」
藍さんの悲しそうな目を見ていたら、俺の頭の中に、樹兄との会話がフラッシュバックした。
「……樹兄、そういうのをなんて言うの?」
「強迫的性行動症。かつては、性依存症と言われていたものだ。これは性欲の強さとは必ずしも相関していなし、行動がセックスそのものとも限らない。恋愛依存……過度の男性への依存として現れることもある。ま、強迫ってついてるくらいだしな。心の不安定を解消するために、強迫行動……性的行動を繰り返してしまう。罪悪感を感じていても、自分ではどうすることもできない。俺は専門外だが、この治療には……」
…………。
……。
この人は、きっと病気だ。
俺はそう思った。
だって、自分でしたのに、泣いてるし。
であれば、不安の原因を知りたい。珠凛に対しては話しづらいこともあるだろう。だからそれは、俺の役目のように思えた。
俺は、藍さんの身体を引っ張りあげると抱きしめた。
「藍さん。悲しいよね。よかったら、話してくれませんか?」
藍さんは、俺のモノを握っている。
「……これは、くれないの?」
「くれません。それは珠凛のだから。まずは、藍さんのことを教えてくれませんか?」
「うん。あのね。わたし……恥ずかしいんだけど、男の人といないと不安で、悪いって思ってても、不安な気持ちがどんどん大きくなって止められないの。エッチがしたいっていうか。そうされていると、安心するっていうか」
やはり。思った通りだ。
不安が大きくなって、性的行動に傾倒する。今回のことで、珠凛が家を出てしまって、藍さんの不安定さに拍車がかかったのだろう。
樹兄が、依存の原因は複合的だが、自己肯定感の低下が大きいって言ってたっけ。
藍さんをギュッと抱きしめた。
「藍さん。俺は藍さんが頑張ってきたの分かるよ。小さな娘と2人で不安だったよね。きっと、藍さんは自分のしたいことを後回しにして、それでも、珠凛に不自由をさせてるって思っちゃったり」
すると、藍さんは顔を伏せた。
「うん。いつも思ってた。仕方ないって思っても、不安や罪悪感が頭から消えなくて拭えないの。パパがいなくて、十分なこともしてあげられなくて、わたしの娘で、珠凛が可哀想って……珠凛はそんなことないって言ってくれるけれど、あの子、優しいから」
そして、男に逃げて罪悪感が大きくなるという負のスパイラル。
俺は藍さんの頭を撫でた。
「珠凛は『ママのこと大好き』って言ってましたよ。藍さんが頑張ってきたの、ちゃんと伝わってるよ」
「でも、でも……。もっと違うママのところに生まれてたら……」
藍さんは震えている。すごく不安そうだ。
「あのね。俺は親ガチャなんてないと思ってるんだ。どこかで聞きかじった話なんだけど、こういうのを仏教では縁起っていうんだって。良いことも悪いことも、原因と結果がある。だからきっと、珠凛は理由があって……きっと望んで藍さんの娘になったんじゃないかなって思うよ」
すると、藍さんは、わんわんと大声をあげて泣き始めてしまった。
(小さな子供みたいだ。いや、これまで自由に泣けなかった分、今泣いてるのか)
頭を撫でながら10分程すると、ようやく藍さんが落ち着いた。
「ぐすっ。蒼空クン。ありがとう。あのね、浮気させちゃってごめんね……。わたしから珠凛に謝ろうか?」
いや、それはダメだろ(笑)
あなたには血縁があるけれど、こっちは嫌われたら終わりの赤の他人なんですから。
「いや、大丈夫です。珠凛に嘘はつきたくはないけれど、この嘘はつき通します」
すると、藍さんは俺の頬をツンツンした。
「悪い男がここにいまーす!! 悪い男ついでに、最後までしちゃう? わたし準備できてるよ?」
……なんの準備だよっ!!
10分泣いたくらいで心の動きが改善する訳はない。治療には時間がかかるのだろう。
「しませんし。あの。差し出がましいかもしれませんが、俺の兄が医者なので、俺よりも詳しいし、今度、会ってもらえませんか?」
一般的に治療は、薬物と認知行動療法で行われる。治療にかかる期間も長く、年単位だ。
珠凛のためでもあるが、俺自身、この人をどうにかしてあげたい。
俺は言葉を続けた。
「あの。話くらいなら、俺でよければ、いつでも聞きますんで」
「うん。ありがとう。あのね」
藍さんは俺の目を見つめてきた。
「はい?」
「あのね、わたし。蒼空クンのこと好きになりそうなんだけど……」
それは、病気のせいだ。
うん、そうであってくれっ!!
「ええと、それは。きっと、今は不安定だからですよ。続きは、カウンセリングとかうけて、心が安定してから言ってください」
「ぶーっ」
藍さんは不満そうに頬を膨らませた。それはさておき、俺の服を洗ってくれて、乾燥してくれているらしい。服がないので、帰ろうにも帰れない。困った。
「それと、吐いちゃった件は、色々とすみませんでした」
「全然、いいよ。あ、ちょっと待ってて」
藍さんは、バスタオルを巻くとキッチンの方に行った。お尻がチラッと見えて……色っぽい。
(良い身体だ。やっぱ、もったいなかったかな……)
藍さんはホットミルクを入れてくれた。藍さんはマグカップを両手で持つと、俺に渡してくれた。
「ねぇ。わたしって女として魅力ない?」
「いや、そういうことじゃなくて」
「じゃあ、したい?」
「そんなこと言わせないでください」
「ふぅーん。ま、元気だったもんね?♡ お世辞でもありがとう。あの、わたし、ちゃんとできるように頑張るから」
きっと、ちゃんとできるように頑張りすぎて、こんなことになってるんだけどな。程々って難しい。
「藍さんも、一口、どうぞ」
藍さんも一口飲むと、安心したような顔になった。ホットミルクって落ち着くんだな。妙にリラックスしてしまった。
ピピっと音がして、衣類乾燥機がとまった。藍さんは、俺の服を畳んでくれている。
「これ、蒼空クンのお洋服。お待たせしました」
「あの、珠凛のこと教えてくれませんか。お父さんのこととか」
俺は、珠凛の育った環境について、あまり知らない。
「ん。あの子の父親と別れた時、まだ珠凛は小さな子供でね……」
「離婚原因って、藍さんの浮気ですか?」
「違いますぅ。相手の事情ですぅ」
(ピンポーン)
藍さんはドアの方を見た。
「あっ、珠凛が来たみたい」
「え?!」
「泊まってもらう訳にはいかないし、さっき珠凛に連絡したの。忘れてた。テヘッ」
テヘッじゃねーよ!!
俺は大急ぎで服を着て、ソファーに腰をかけた。なんとか間に合った……が。
藍さんが全裸じゃないか!!
「ちょっと。藍さんも服きてください!!」
「えーっ。だって、お口でしたのにキスしてないとか、順番はちゃんとしないとダメっ!!」
「何いってるんですか? 意味わかんないんですけれど」
「だから、蒼空クンからキスしてくれたら服を着ます」
は?
だが……。
この人が全裸だと、色々と終わるんだけど!!
「もうっ。分かりましたからっ!!」
チュッ
俺がキスをすると、藍さんの唇からは焼酎みたいな味がした。そんな俺の感想をよそに、藍さんは満足そうな顔をすると、タタッと奥の部屋に消えていった。
ガチャガチャ。
直後、ドアノブがクルクルとまわってドアが開いた。
「ママぁー。電話してきたのにカギ閉まってたんだけどー?」
珠凛だった。




