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第44話 珠凛と陽葵の忘れ物③

 珠凛ママとの約束の当日になった。


 待ち合わせは夕方だったので家でノンビリしていると、珠凛がエッチをしたいと駄々をこねて、出掛けに、何度かしてしまった。


 「ママ、可愛いから。浮気されないか心配なの……」とのことだった。


 (珠凛ママって、アラフォーだろ? おばさんじゃん。さすがにそれはないでしょ)


 おかげで、今日の俺は性欲ゼロの出涸《でが》らしだ。覇気がなさすぎて、色々面倒で、もはや帰りたいんだが。



 待ち合わせ場所にいくと、それらしい女性がいた……、ってか、予想以上に可愛かった。白く胸元が開いたブラウスにカーキ色の幅広なパンツ。手には蔦を編んだようなカバンをもっている。どうみても、二十代後半にしか見えない。


 髪の毛はロングで両サイドを編んで後ろで纏めている。


 (珠凛は、母親似らしい)


 お母さんというより、どうみても、お姉さんだ。


 珠凛のことがなかったとして。

 アリかナシなら、明らかに『アリ』だ。


 そして、できるできないなら、確実に『できる』だ(なにが?)。


 同時にもったいないと思った。

 こんなに可愛いなら、もっとマシな男を選ぶことも可能だろうに。幸せになれるかは、外見だけじゃないってことか。



 珠凛ママは、俺に気づくと手を振った。


 「君が蒼空クン? 今日は急にゴメンね。あんなことがあったし、改めて君とも話してみたかったんだ」


 堂々としていて、悪びれた様子はない。

 こっちがおどおどしてしまった。


 「あ、いや。そんなことは……。あの、なんて呼んだらいいですか?」


 会ったら色々と文句を言ってやるつもりだったが、俺は面食らってしまった。オバさんと呼ぶには、あまりに違和感がある。


 「そうだなぁ。オバさんはちょっと傷つくから、藍《あい》がいいかな?」


 そのまま、珠凛ママが予約してくれていた店にいった。


 「ってか、ここ飲み屋なんじゃ?」


 俺が言うと、珠凛ママ……藍さんは、ビールを頼んで、ペロッと舌を出した。


 やはり、珠凛に似ている。

 いや、珠凛がこの人に似ているのか。


 「仕事後だし明日は休みだし。ちょっと付き合って欲しいなって。わたし、娘の彼と会うの夢だったんだ。あの子、そういう感じじゃなかったし」


 (俺の目的は旅行の同意書と文句を言う事で、楽しく過ごすために来た訳じゃなきんだが)


 そこで、俺は気づいた。

 この人の雰囲気、母親というより女だ。きっと恋に生きるタイプなのだろう。恋愛体質。これは生まれ持った性質で、なかなか変えられるものではない。



 前に咲姉が、こんなことを言っていた。


 「たとえるならば、恋愛体質の人は火の恋愛。激しく燃え上がるけれど、すぐに消える。激しいから周りを焦がす。相手からすれば、すぐ手に入るから大切にされない。大切にされないから恋愛に依存する。……ジレンマね。対するのは、水のような恋愛ね。温まるのに時間がかかるけれど、すぐには冷めない。利用するなら、断然、前者のタイプがいいわ」


 「咲姉はどっちなの?」


 「わたしは、一途そのものでしょ。樹兄さん以外を好きになったことないし」


 「あなたは、他の人に目を向けた方がいいのでは……」



 …………。

 ……。


 もし、俺がまだ珠凛を恨んでいてダメージを与えたいのならば、母親を落とすのが効率的なんだろうな。



 (珠凛は惚れやすいタイプなのだろうか。帰ったら聞いてみよう)



 まぁ、珠凛ママには色々と言いたいことがある。珠凛があんなに酷い目に遭うキッカケを作った母親。


 話しづらい話題は先に終わらせておくか。


 「あの……前にメールした件なんですが」


 すると、藍さんは俯いた。


 「ごめんなさい。蒼空クンにも心配かけちゃったね。……珠凛が、あんなことになってるのに。わたしは、あの男《ひと》に夢中で、何も気づかなかった。2人が仲良くなってくれてるって、能天気に喜んでいたんだ。ほんと、母親失格だよね」


 「そうですね」


 「そ、……そう言う時は嘘でも、そんなことないですって言うもんだよ?」


 藍さんは涙を拭うような仕草をした。


 「珠凛のこと考えると、ムカついてるんで」


 「……もう、わたし泣くかも」


 この人と話すと、どうも調子が狂う。

 打たれ弱いフリをしているけれど強そうだし。のらりくらりとかわす……これが年の功ってヤツなんだろうか。


 アラフォーの女性を泣かせる男子高校生。周囲からは、どんな風に見えるんだろうか。


 藍さんは話を続けた。


 「珠凛を産んだ時には、今頃は、普通の仲の良い娘と母になってる予定だったんだけどな。全然、ダメだった。ほんと、わたしみたいなのがママであの子が可哀想」


 どんなダメな母親だったとしても、藍さんは珠凛の母親だ。珠凛は、この母親のために辛い事を我慢してきた。


 だから、俺がこの人から珠凛を取り上げて終わる話ではない。


 せっかくここまで来たのだ。

 本心を聞きたい。


 「藍さん。本音で話しませんか?」


 俺がじっと目を見つめると、藍さんは目をそらした。不安そうな眼差し。


 これがこの人の本質なのだろう。


 「ほんとは、どうしていいか分からない。取り返しのつかないことになって。こんなダメな母親で、わたしがそうさせたも同然だし。うぅ……」


 女性が1人で娘を育てる苦労は、俺には分からない。でも、大人はきっと、……きっと、俺が思っている程は大人じゃなくて。大人のふりをしてやせ我慢をしているのだと思う。誰かに頼りたい時もあるよなって思う。


 俺がそんなことを考えていると、藍さんが口元を綻ばせた。


 「……蒼空クン。優しいんだね」


 (また俺は……思ったことが、口からでてしまったらしい)


 「藍さんに言ったつもりはなかったんだけど、どのへんから口に出てましたか?」


 「んー、辛い時は俺に頼って欲しいっていうところ? それと、わたしのことがタイプって」


 「そんなこと言ってないし」


 「そう? お姉さんにはそう聞こえちゃった」


 「自分で、お姉さんとか言ってるし。あ、そうだ。珠凛と旅行に行きたいんで、同意して欲しいんですけれど」


 藍さんは、俺の顔をジッとみつめた。


 「珠凛のこと、どう思ってるの?」


 「好きですよ。ずっと一緒にいたいです」


 「結婚したいってこと?」


 「まぁ、いずれは……」


 俺が頷くと、藍さんは微笑んだ。


 「そっか。蒼空クン。珠凛をよろしくね。それと……これ。そんな蒼空クンに渡さないと」


 藍さんは、紙封筒を差し出した。


 「これは?」


 「あの子が昔に書いたやつ。表面をみてみて。『だんなさまへ』って書いてあるでしょ? この前、偶然見つけてね。あ、これは珠凛には内緒ね。自業自得なんだけど……帰っても珠凛いないし……もう少しだけ付き合ってよ」



 藍さんは饒舌で、ビールを飲み終えて、ウーロンハイを頼んだ。


 (すごいペースで飲んでいるけれど、この人、大丈夫か?)


 時計をみると、20時半だった。

 面倒なことになる前に帰った方が良さそうだ。

 

 俺は烏龍茶を一気に飲み干した。


 「んじゃ、俺、そろそろ帰ります」


 すると、藍さんが俺を指差した。


 「それ。ウーロンハイ……」

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