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第39話 1人目のやり残し①


 「おはよ♡」


 目を開けると、目の前に珠凛がいた。

 珠凛は、あれ以来、自分の家に帰っていない。


 母親には連絡を入れさせているが、「そうですか」という具合で、あまり珠凛に興味がないようだった。


 最近は、陽葵のお見舞いに行くことが多く、珠凛と過ごす時間が減っている。珠凛もお見舞いに行くことには反対していないが、すごく甘えん坊になってしまった。


 身体を求められる回数も激増していて、ちょっと大変だ。


 「蒼空クン。今日の分しよ♡」


 毎朝、こんな調子だ。


 でも、まぁ。

 俺が逆の立場だったら、陽葵と会うのは心配だろうし、できるだけ珠凛に心配はかけたくないと思っている。反対されていないだけ、良い子なのだろう。


 そうそう。

 この前、面白いことが起きた。


 例の定期試験、山口と俺が脱落したことにより、颯を除けば、なんと珠凛がトップだったのだ。もとから上位には居たらしいが、この子、実は俺が思っているよりも、ずっと賢い子なのかも知れない。


 本年度受給者の颯は、もともと条件を満たしていないので、もしかすると、珠凛は、来年度の特別奨学金を狙えるかもしれないのだ。


 そういえば、前に咲姉が「この子は、とても素直で、あなたが思ってるよりもずっと優秀よ。手放さないようにね」と言ってたっけ。


 そして、俺は。

 この優秀な助手のお悩み解決に動こうとしている。遅くなってしまったが、これはいわば、当リベンジファクトリーの福利厚生だな。

  

 息を切らして横たわる珠凛の髪を撫でた。


 「今日は、珠凛の昔の話を聞かせてくれないか?」   


 珠凛は少し迷ったようだったが、頷いた。


 「うん。蒼空クン。頭なでて」


 俺が髪を撫でると、珠凛は話し始めた。


 「ウチの親ね。ウチが3歳の時に離婚したの。ママが嫌がるから、ウチ、パパに会ったことなくて。まだウチ小さかったから、兄もいたのに、2人のことは殆ど覚えてないんだ」


 ここまでは大体、聞いていた話だ。

 珠凛は話を続ける。


 「ママ、そのあと、何人か彼が居たんだけど、いわゆるダメ男好きなの。みんな働いてなかったり、ウチを叩いたり。そんなママが最後に連れてきた彼が、例の人」   


 例の人とは、珠凛に性的虐待をしたオッサンのことだろう。


 「そっか。その人も一緒に住んでるんだろ?」


 「うん。ママ、会社の経理で働いているんだけど、その人は職場の上司で。たぶん、はじめてマトモに働いている人。ママに紹介された時は優しくて、ウチも2人を応援したいって思ったんだ」


 ここまでの話ではイヤな相手ではない。どこで関係性が変わったのだろう。


 「うん」


 「でもね、その人が一緒に住むようになって。ウチ中2だったんだけど、どんどん胸とか大きくなってきて、その人のスキンシップが増えたの。最初は、軽く肩とかに触れられる程度だったんだけど」


 「だけれど?」


 「ある時、今日みたいに暑い日だったかな。ママが居なくて2人の時に、いきなりキスされて押し倒されて、身体を求められた。ウチ、なんとか逃げ出したんだけど、その人が「ママの経理での不正をバラされたくなかったら、言うこと聞け」って」

 

 「姑息だな」

 大人が子供相手にすることではない。


 「でもね、ウチ、嘘だと思ったの。ママはそんなことしないから言うこと聞く必要ないって。でもね。そのあと、ママに聞いたら、どうやら本当みたかった。ママ、経理で不正をしてたみたい」


 「うん」


 「きっとウチが悪いんだよ。ウチがお金の負担かけたから、ママは悪いことしちゃったんだと思う……」


 珠凛は泣き出してしまった。


 「珠凛のせいじゃない」


 俺は珠凛を抱きしめた。


 「ママが逮捕されたら困るし、その頃は、触られるくらいだったし、ウチが我慢してたらいいのかなって思った。でも、そのうち、要求がエスカレートして。でも、逆らうと叩かれるの。ウチ、怖くて。ママの前の彼にも叩かれてたの思い出して、大声を出されて叩かれると、身体がビクッとして動かなくかるの。……だから、言いなりになるしかなかった。でも、最後までされそうになって」


 「それで?」


 そんな男が欲望を抑えられる訳がない。

 珠凛は俺の手を握った。


 「ウチ、それだけはイヤだから許してくださいって泣いてお願いしたの。そうしたら、処女で居たいなら言うことを聞けって。性欲の処理をするのは娘のお前の仕事だって。それで、2人になるたびに、口でさせられてた……」


 「警察に相談したりは?」


 「ある日ね。また最後までされそうになって、拒んだら、言う通りにしろって」


 「言う通りにって?」


 「ウチのこと嫌いにならない……?」


 「あぁ。約束する」


 「するときは笑えって。その人のを口でしながら「◯◯さんの美味しいです」って言わされて、それを撮られた……。そしたらね、逆らえば、その動画をママに見せるって」


 「ひどいな」


 「その動画を何度も見せられて、ウチが同意した証拠になるから、警察に行っても無駄だし、ママも取り調べを受けることになる。親に迷惑をかけるだけで、どうせ犯罪にはならないって言われたの。それで、ウチ、言うこと聞くしかなくて。こんなこと誰にも相談できないし、どうしていいか分からなくて。ウチ、バカだったって分かってる。でも、言うこと聞くしかなかったの」


 「そうか。辛かったな」


 中2やそこらの女の子には、十分すぎるほどの追い込みだ。当時の珠凛にとっては、毎日が地獄だったのではないだろうか。


 聞いているだけで、俺の方が泣きそうだった。


 思えば、俺は、この話を聞くのが怖かったのだろう。それで、珠凛の問題を後回しにしてしまった。


 「その人、ウチに専門家が書いたサイトみたいなのを見せて「本当だろ?」って。たしかに、同意があったらダメみたいなことが書いてあったし。その人が言った通りに、犯罪にならないんでしょ?」


 

 …………。

 俺は、珠凛の話を聞きながら、樹兄の講義を思い出していた。


 「なぁ、樹兄。法律の勉強なんてしても、リベンジの役に立たないだろ?」


 樹兄は、そんな俺を、いつものように見下ろして言った。


 「おい。ブタ。俺がなんで弁護士資格をとったと思ってる?」


 「モテたかったとか?」


 「……ある意味、正解ではあるが。答えは……俺の正義の範囲を広げるためだ。この国ではな、法律を知ってることは正義で、知らないってことは悪なんだ」


 「意味がわからないんだけど」


 「察しが悪いブタだな。法律に期待しすぎるなってことだ。法律は善悪の基準じゃない。あくまで自己正当化に便利な道具であり、相互秩序のためのルールに過ぎない。だから、ルールを知っていれば得をするし、しらなければ損をする。つまり、知らなければ、カモになるってことだ。その意味で、知らないことは悪に等しいと俺は思っている」


 「いや、でも、樹兄。この前、法治国家は幻想とかいってたじゃん」 

 

 俺に格闘術を教えながら、この人、確かにそんなことを言っていたんだが。


 「はぁ? バカすぎて話にならんな。ブタは人間の言葉を喋るな。素直に聞いてればいいんだ。さて、今日は、特にリベンジに使えそうなのを教えてやる。刑法177条 不同意性交罪、これはな……」



 「……蒼空クン?」


 俺は、怯える珠凛の顔を見て実感した。


 (この世は、残念ながら樹兄の言う通りらしい)


 「うーん。その話、犯罪……だよ」


 俺がそう答えると、珠凛は目を丸くした。


 「ええっ、じゃあ、ウチ。騙されて言いなりになってたの? ウチ、最悪。あんなオジサンと……不潔だよ。蒼空クン、きっとウチのこと嫌いになったよね」


 「お前は被害者だ。なる訳ないだろ」


 「……ほんと?」   

  

 珠凛はとても不安そうだった。


 「信じられないなら、証明するために押し倒しちゃうぞ? いいのか?」


 「ウチ、安心したいの。証明して♡」



 ……。



 たとえ、樹兄が言うように、法律を知らないことは自己責任だとしても。大人には子供を守る義務がある。



 無知につけこんで支配するなんて。

 あり得ない。クズすぎる。



 ……俺の大切な人を傷つけたクソジジイも、それを見逃した母親も同罪だ。血祭りにあげてやる。

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