第四話 束の間の休息
アルの連絡用端末の位置を見ながら移動するユーリとレグ。体力があまり残っていないレグの移動速度に合わせて進んでいるため、いつもよりかなりペースが遅い。
「ユーリ、俺に合わせなくていい。後でちゃんと追いつくから、先に行っててくれ!」
「無理だ。…今のお前を置いていくくらいなら、おぶって行ってやる」
「え…!?」
ユーリは返事も聞かずレグを肩に担ぎ、更に走る速度を上げた。
「うわああ!?」
後ろ向きに担がれたレグは一瞬困惑し、バランスを取るように手足をバタつかせてしまった。だが、ユーリの体幹が崩れることはなく、瓦礫の合間を縫い、飛び越えながら進む。
レグはアルの位置情報を見ながら、目標地点が近づいていることをユーリに伝える。それを聞いたユーリは少しずつ速度を緩める準備を始めた。
「…? 誰だ?」
倒れているアルらしき人物と、そのすぐそばに佇む黒ずくめの何者かを発見し、ユーリが呟いた。数メートル離れた場所に着地したユーリはそっとレグを降ろし、武器を手に携えながら近づく。アルの近くにいる人物が、敵か味方か判別し難かったからだ。
「…アルはまだ生きている。寝かされているのか?」
「生きているなら良かった。それにしても隣の男、妙だな…敵意は感じられないが、味方とも断言できない。こちらを見もしないくせに、全く隙がない」
黒ずくめの青年からは一切敵意を感じなかったため、敢えて気配も姿も隠さずに近づいてはいるものの、依然として違和感が拭えないでいるユーリ。レグも武器を構えた状態で、警戒を解かずに歩いている。
「すまない、仲間が世話になったようだ」
警戒は解かないまま、足音を隠すことなく近づきながら話しかけるユーリ。相手に対し、敵意がないことを示すためだ。しかしまだ油断はできない。青年が自分たちの味方である確信がまだないからだ。
「…別に。ちゃんと安全に連れて帰ってくれよ。あと、頭を揺らすなよ」
「ああ、ありがとう。何か礼を…」
「要らない。じゃあな、アル…」
青年は礼をしたいと申し出たユーリのその言葉を遮り、きっぱりと断った。ユーリに対する棘のある言い方とは裏腹に、眠っているアルに対しては非常に優しく呼びかけるかのような声で話しかけていた。アルの髪をそっと撫でると、青年は振り返ることもなくその場を立ち去ってしまった。
「え、何、なんだったんだあいつ」
「…とにかく、今はアルを運ぼう」
近くにある壁の亀裂の形状と、青年の頭を揺らすなという言葉から察するに、おそらくアルは頭を強く打ちつけられている可能性があるため、できるだけ安静にする必要がある。しかし、頭以外にも傷があるようで、今施されているのはあくまで応急処置のみ。
できるだけ早く、しっかりとした手当のできる場所へアルを運ばなくてはならない。
「レグ、もう少しだけ魔力は余っているか?」
「脳震盪をどうにかすることはできると思う。受け身は上手く取れなかったようだが、しっかり頭を保護してたみたいだ。脳に対してはあまりダメージもないみたいだし、一旦頭に回復魔法を集中してかければ、ユーリの足で急いで拠点に戻ることはできるんじゃねーかな」
「わかった。ならそれを採用しよう。拠点までは二人とも俺が運んでやるから、遠慮はしなくていい。ただし、お前も無理はするなよ」
レグは無言でうなずき、話しながら準備していた回復魔法をかけ始める。
「回復」
レグが治療に集中する間、ユーリはアルの持っていた武器や連絡用端末などの貴重品を確認し、収納する。アルの武器は彼専用とも言える国宝級の魔法武器であり、所持者にとっては紙のように軽いが、所持者以外の者にとっては数百キロもの重さになる代物だ。当然、ユーリにとってもかなりの重さになる。
幸いなのは、ユーリが最強の戦闘民族の末裔で力も強く、それを持ち運べるだけの筋力があることだ。それでも、いくらか移動の効率が落ちてしまうのは間違いないのだが、アルの大切な武器なのでここに置いて行くわけにもいかない。
出血箇所を確認してみると、青年が応急処置をしてくれた大きな傷は脇腹と頭の二ヶ所。他にも細かい傷が見られるが、止血が必要な傷は他にはないようだ。
「よし、脳震盪はどうにかなった。頭の切り傷までは魔力が持たなそうだったからそのままだ、ごめん」
「十分だ。後は任せろ」
レグの治療も間もなくして終わり、ユーリはレグを背におぶり、アルを姫抱きにしてその場を離れた。
*
崩壊した建物の瓦礫が広がる景色の中、銀月より遅れて到着した救護員や戦闘員たちの休憩所兼取り残された住民の避難所である拠点では、せわしなく人々が働いていた。
銀月のチームメンバーであるレグとアルが傷を負い、魔力も体力も尽きそうな状態で運ばれてきた。
リーダーであるユーリは無傷だったが、全ての状況を把握できていなかったため、再び調査に出ることになった。その他のメンバーも住民の救助と、B級以上の団員数人は救助部隊と一般人の護衛と残党狩りを行うこととなった。銀月を襲った魔族以外にも、下級の魔族が街の中を徘徊していたからだ。
予想外の敵の出現のせいで今回の遠征部隊だけでは戦力が不足しており、負傷者が多数出てしまったものの、ユーリが町中を警護し他の団員を助けたことで、死者は抑えられたことだろう。しかし町は広く、取り残された一般人も未知数で、魔族の襲撃に巻き込まれた一般人の犠牲は避けられなかった。
「…ん、ぅ…」
「…? アル、起きたか?」
薄暗い天井をぼーっと眺めながら薄く目を開けているアルに声をかけたのは、椅子に座りながら休んでいたレグだった。
レグが吸い飲みを使ってアルに水を飲ませると、アルは小さな声でレグに話しかけた。
「レグ…? ここは?」
「遠征部隊の駐留地点のテントだ。ユーリが、何があったかは後で聞くから、今は休んでろってさ」
レグはアルの布団を掛け直してやってから、身体をトントン、と優しく叩いてやる。
「…魔族は?」
「やっぱりお前のところにも来ていたのか。自分で倒したんじゃないのか?」
「違う…あいつは」
そこまで言いかけたところで、アルは何かを思い出したかのように目を見開いた。そしてそのまま起き上がろうとするので、レグが慌ててそれを止める。
「待て待て、どこかに行こうっていうのか? ダメだぞ、絶対どこにも行かせないからな」
アルは時々、こうして怪我をして医務室の世話になることがある。その度に意識を失う前の出来事を思い出しては「誰か」を探しに行こうとするのだ。こういう時だけ決まって、普段は一切動かない表情筋が筋肉痛になろうかというほどよく動く。笑顔などといったポジティブなものではない。怒り、悲しみ、焦燥感などといったものを感じさせる複雑な表情だ。
「…行かなきゃ」
「誰かをさがしに、か? やめろ、あれからもう八時間も経ってるんだ。今のお前じゃ見つからないだろうよ」
いずれにせよ、アルはまだ安静にしていなければならないのだ。パーティメンバーの健康管理や医療を担当するレグとして、パーティの仲間として、今の状態のアルに無理をさせることは決して許せることではなかった。
「アル、起きたのか?」
「ユーリ、おかえり。アル止めるの手伝ってくれ」
「行かなきゃ、俺はあいつを…」
レグが物理的に阻止しているのにも関わらず、説得に耳を貸すこともなく、レグの物理的な阻止にも構わずベッドから抜け出そうとしている。
小さく息を吐いたユーリは、アルの目線に合わせるように屈み、静かに声をかけた。
「アル、深呼吸をしろ」
「ゆ、ユーリ…」
「深呼吸だ、アル。一旦落ち着け」
「っ、すぅ、はあ…」
三回ほど深呼吸を行ったアルは、ようやく身体から力を抜き、普段通りの表情に戻った。
「…二人とも、ごめん」
「気にするな。少し話せそうか? 何があったのか教えてほしい。疲れていたら、また明日でも構わない」
「……」
アルは、そんなユーリの言葉を聞いてからも少し沈黙していた。何があったのか思い出しながら、頭の中で整理している時間だ。
「…上級の魔族に遭遇した。気づかないうちに精神攻撃を受けていたようで、敵の用意した餌に釣られて、不意打ちを受けた」
「上級…!? ただでさえ出現が稀な魔族なのに、中級に続いて上級まで現れるなんて…」
魔族とは、数千年前までは人類と敵対し、種族間での戦争が起こっていたほど人類とは相容れない関係だった。その戦争が数百年にも渡り収束した後は、人類との関りは全くなく、伝説上の存在となった。
魔法学が最盛期だった数十年前までは人類とも深く関わりがあったらしいが、魔法学が廃れた現代では魔族の存在は一切確認されなくなった。
絶滅したのではないかという説まで浮上していたにもかかわらず、自分たちの目の前に平然と現れたのは中級と上級の魔族が合計で三体。町には下級の魔族らしき姿まで確認されたのだ。魔族との戦い方を知らない現代人では、知識があったとしても戦いづらい相手であることに変わりはないだろう。
「身体の中に残ってるそれはそいつの魔法?」
「ああ、麻酔薬に似ているものだと思う。俺たちを生け捕りにするのが目的だとも言っていた。それと…」
アルは続きを口にしなかった。彼を保護していた青年はアルを知っていたようだったが、アルは青年に関する情報を自分からは語らなかった。
「その魔族はどこへ? 俺たちが到着した頃には、お前とお前を介抱していた人物しか見当たらなかったんだが」
「…!」
アルの身体が再び強張った。ユーリもレグもその変化には気づくことができたが、敢えて突っ込まないままアルの返事を待った。
「…死んだ」
「そうか」
ユーリは短く返事をした後、小さく息を吐いていた。上級の魔族が生きたまま行方不明となっていたのであれば、今後も警戒する必要があると思ったからだ。
それから、自分たちもアルに対して情報を共有するべきだと考え、まずは自身に起こった出来事を話し始めた。
「俺も巡回中に魔族に出くわした。現れたのは中級の魔族で、黒い霧を使って俺を襲おうとしてきた。以前、魔族の使う黒い霧には精神攻撃の作用があると聞いていたから、気で霧を払ってから、魔族と少し話をした。アルと同じく、俺たちを生きたまま捕らえることが目的だったようだ」
ユーリも椅子に腰かけ、腕を組みながら話の続きをし始めた。
「理由を聞いてみたが答えてくれる様子がなかったし、レグからの警戒信号が来ていたから、そいつを殺して急いでレグの下へ向かった。俺からはそれだけだ」
ユーリは話し終わると、次はお前の番だ、とレグの方へ視線を向けた。
レグもそれに頷いてから、当時何があったのかを簡単に説明した。嫌な幻覚を見たことや、ユーリに助けられたお陰で助かったことなどを話した後、ユーリも頷きながら続けた。
「レグを襲っていた魔族にも、何故俺たちを狙うのか聞いてみたが…答える気はなさそうだったな」
「ええ~…あれはユーリが肋骨を折ったからだろ? あの様子だと、折れた肋骨が肺に刺さって空気が漏れてたんじゃないか?」
レグはその痛みを想像して鳥肌が立ったようで、ドン引きするように表情を歪めながらそう返した。
「…すまない。腹が立っていたようだ」
「もーう! 今のは冗談だってば。ごめんごめん、落ち込むなって」
レグの冗談が上手く通じなかったようで、ユーリは少し声のトーンを下げながら謝罪したが、レグは気にするなとユーリを慰めた。
「アル、今はとにかく休もう。ユーリが残党を全部何とかしてくれたから、俺たちの任務はこれで終わりだってさ。明日には帰りの馬車で本部に戻るらしい」
「わかった」
レグがユーリを慰めながらアルに対してそう告げると、ユーリもいつも通りに戻り、二人に対して声をかける。
「それと、明日の報告は俺が一人で行く。お前たちはシャワー浴びるなり、飯を食うなり、寝るなりして休め」
「俺は魔力が回復次第、アルの傷を治療するよ」
「頼む。では、これ以上は怪我人の休息を邪魔しないでおく。二人とも、しっかり休むように」
「ああ、ユーリも早めに休めよ」
さて、寝るか、と呟いたレグは、アルが寝かされていたベッドの向かい側に設置されているベッドに横たわり、ランプの灯を消す。
「アルもおやすみ。また明日」
「ああ」
アルも横になり、目を閉じる。相変わらず目は冴えていて上手く休める気はしなかったが、傷の影響もあるからか、気がついたら眠りに就いていた。




