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エルアル 闇堕ちルート  作者: 森川悠梨
第一章 闇に堕ちた者。
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第三話 名前を失くした者

「フン、貴様のような尊きお方の命令に背くような者など、野良猫以外に相応しい呼び名などないだろう。さっさと退け、任務の邪魔だけはするな」

「残念〜。お前の獲物じゃなくて、オレのものなんだ。オレのものを奪うのは、誰であろうと許さない」


 青年はアルを背に、愛剣を片手に携えながら吸血鬼の男を睨みつけていた。腰まで伸びた茶髪はさらりと風に靡き、全身を黒に染めた服とマントを纏っており、左目には眼帯をしている。

 美しいが光を失った黄金の瞳は憤怒と狂気に満ちており、目の前の男を逃がさない。冷徹で、残酷で、目の前の男を生き物ではなく道端の石ころを見るような目つきだ。


「チッ、貴様など我々の組織には必要ないと、以前から思っていた。私の任務を邪魔するというのであれば、ここで貴様の息の根を止めてくれる!」

「どうぞ、お好きに。どうせお前には無理だ」


 青年には依然として余裕がある。太陽の下でも活動ができるほどの上級の吸血鬼を前にして一切の恐怖も感じていないかのようなその振る舞いには、吸血鬼の男の堪忍袋の緒が切れるだけの挑発めいたものがあった。


「その言葉、今に後悔させてやろうッ!!」


 吸血鬼の男は青年に向かって武器を振るう。アルに対して使用した、即効性の麻痺毒効果を持つ魔力を帯びた細剣だ。

 青年は無言のまま細剣を剣で受け止め、アルに当たらないよう受け流してから吸血鬼の男を蹴り飛ばす。一般人では目でも追うことのできない速度であり、吸血鬼の男は攻撃を受ける準備すらできず後ろへと吹き飛ばされてしまう。


「なあ、他の二人にはお前以外の奴が行ってんのか?」

「ぐ…黙れ、貴様に教える義理などない」


 蹴られた腹を抑えながらも、吸血鬼の男はまだ立っている。

 衝撃波が出るほどの威力だったが、上級の吸血鬼だけあって頑丈なのだろう。しかし、それでも、先ほどの青年の蹴りの一撃だけでも脂汗が止まらず、どれほどの力があったのか想像に難くないだろう。


「ふうん。まあ、あの三人の中だとアルが一番強いからなぁ、お前がここに来るのは納得だ。それにしても、不意打ちが成功するよう精神攻撃をするだけで留まらず、一般人をわざと閉じ込めておいて、餌で釣り上げるなんてな」


 青年は呆れたように、一般人が閉じ込められ、瓦礫が崩れないよう防御結界が張られている場所を見る。

 青年が余所見をしたと判断した吸血鬼の男は間髪入れずに距離を詰め、青年の顔面に細剣を突き出した。だが、その距離からでも青年は余裕をもって回避する。ほんの少し、首を傾げるだけで、だ。

 そして、左手に持つ愛剣をそのまま振り上げ、吸血鬼の男を真っ二つに切り裂いてしまった。


「クッ…!! クソッ、野良、猫…ッ!!」


 切り裂かれた瞬間、吸血鬼の男は業火に身を包まれ、一瞬にして灰になってしまった。

 青年が扱う能力のほとんどは炎に関連するものであり、いくら太陽を克服した上級の吸血鬼といえども、相性が悪かったらしい。

 それに、青年が最も得意としているのはスピード勝負だ。決して追いつかれることのない境地に達した青年の速度には、上級といえども、吸血鬼の男は敵わなかったらしい。


「さて…アルのことをちゃんと連れ帰ってくれる人たちは大丈夫かな。簡単にやられるとは思ってないけど、連れてかれちゃうと困るな」


 青年は背後に庇っていたアルの方を振り向いた。そこには、麻痺毒に侵され、脳震盪を起こし、まともに意識も保っていられないはずのアルが、震える手で剣を構えて立っていた。


「…アル、大人しく寝ていないと」

「エルヴァ、何のつもりだ」


 普段は全く表情筋の動かないアルだが、エルヴァと呼んだ青年を前にした途端、誰にでもわかる殺気を放ち、鬼の形相とも思えるほど鋭い目つきをしていた。

 普段の穏やかで美しく愛らしい印象しか持たれないアルからは想像もできない、恐怖すら覚える顔だ。


「そんな怖い顔するなよ。せっかく可愛い顔なんだから。まあ、オレはそんな顔のアルも大好きだけど」

「……」


 誰もが気絶する殺気を真正面から受けながら、エルヴァは恍惚とした瞳でアルを見つめていた。

 まるで意にも介さないとでも言うかのような、場に似合わないその態度には、誰もが困惑することだろう。それだけ、エルヴァのアルに対する異常な態度は、この場では異質なものだった。


「応急処置をしようか、アル。あの汚い鉄くずがアルの身体を貫いたってだけでもムカつくし、今すぐ上書きしたいところだけど…今は安静にしてないとな」

「触るな。手当も必要な、い…っ!?」

「…お前に拒否権があると思うな」


 足元がおぼつかないアルは壁を背にバランスを崩し、エルヴァはアルが壁に頭をぶつけないよう支えながら、耳元で低く囁いた。

 吐気までしてきたアルの意識は既に限界で、朦朧とした意識の中でエルヴァの声を聞いたのを最後に、記憶がぷつりと途切れた。


     *


「…!」


 突然周囲を囲む、黒い霧。

 その中心に取り残されたのは、銀月のメンバーであるレグだ。即座に武器を構え、周辺の生き物の気配や殺気といった類に全身を集中させた。


「まったく、俺の本職は戦闘じゃないってのに…」


 不満を垂れるように呟くレグ。彼の目の前に現れたのは中級と思われる魔族だった。背には蝙蝠のような羽があり、全身が黒く、腕は二対存在し、手足には鋭い爪が、頭には羊のような角がある人型の魔族だ。

 外見はガーゴイルにも似てはいるが、その血のように真っ赤な瞳には知性が宿っていた。知性のある、人のような外見でありながら人ならざる特徴を持つのは、中級の魔族の特徴だ。

 上級の魔族であれば、より人間に近い外見を持ち、光が存在する環境でも問題なく過ごすことができ、力も振るえる。

 しかし中級以下ともなると、レグの周囲に現れた黒い霧のように、光を遮るものがないと全力を出すことができないという弱点も存在する。だが、人間というのは光がなければ視界が遮られる。魔族にとって好都合極まりない環境を作り出すための道具が、この黒い霧なのだ。


「大人しくしていてもらおう。お前の仲間は、すでに我々の手の内だ」

「ハッタリまで言ってくるなんてな。悪魔の囁きみたいに言わないでくれよな」


 レグは自らの武器である槍を取り出す。これは、彼の戦闘用の道具であるだけでなく、回復術を扱うための杖の役割も果たしている。彼の本職は、現代では非常に希少な魔法使いだ。回復魔法を得意とし、その他の基本的な初級魔法であれば一通り扱うことができる。

 彼の戦い方は、初級の魔法を行使しながら近距離でも戦うことができる。相手の虚をつくことができる戦闘方法だが、魔法に深く精通する魔族には、そんなレグの戦闘方法もお見通しらしい。


「ほう。杖の役割も果たす槍…この時代でも、それほど優れた魔法武器を目にする機会があるとは。あのお方が、貴様らを欲する理由が少しわかった。近距離で放たれる魔法攻撃か…さぞ、卓越した魔法操作の技術があるのだろうな」

「…っ!」


 目の前の魔族は、現代人では決して見抜くことなどできないはずの、この槍の性能を一目見ただけで見抜いた。これでは、不意打ちの魔法は使えない。詠唱の隙もない近接戦闘では、本来身体強化などの自身にバフをかけるものが主流であり、だからこそ不意打ちという形で攻撃魔法を放つことのできるこの槍は、相手が一切想定していない挙動をするのに十分な代物である。

 レグが主流とする戦い方に一瞬で気づいた魔族を前に、レグの警戒心と緊張が増す。

 少なくとも目の前の魔族は、魔法が廃れる数十年以上も昔から生きている可能性が高く、当然相手は魔法を使って戦ってくる可能性も高い。

 本職でもない戦闘を一人で行う上に、魔法学が廃れた現代に生まれ、廃れた知識しか学べていない自分が、果たして目の前の魔族をやり過ごすことができるのか、レグには想像もつかなかった。

 少なくとも、この黒い霧の中で真正面から戦闘をするには、かなり不利だろう。


「さて、そろそろ捕獲と行こうか」


 魔族の男はビー玉ほどの大きさの水晶玉をレグに向かって投げつける。

 レグは直感からその水晶玉には触れてはいけないと思い、地面を蹴って後ろに下がる。水晶玉は一瞬でレグと同じくらいの大きさにまで、網状に広がった。

 網目には粘着質な膜が張られており、触れれば決して放さない、虫取りのような代物だろう。


「くっ! 氷風(グラビエント)!!」


 急激に面積を広げて迫ってくる網から逃げきれないと察したレグは、咄嗟の判断で網を吹き飛ばすことに成功した。


照明ルォメン!」


 詠唱し、レグは周囲を照らす小さな太陽のような明かりを出現させた。しかし霧は濃く、目の前にいたはずの魔族の姿は見えなくなっていた。

 相手は中級の魔族だ。近くに光属性の照明があるとはいえ、、決して油断してはならない。

 濃霧は、長時間触れると精神に影響を及ぼすようになると聞く。魔族の気配に警戒しながら、レグは霧から抜け出すため走り出した。アルとユーリに警戒するよう、連絡用端末を使って緊急信号を発しながら、レグは走った。

 空気を切るかのような鋭い音が耳元で聞こえた。


「この匂いは…」


 鼻を突くような不快な臭いは、治療の時によく使う麻酔に似ていた。続いて、四方から刃物が飛んでくる音が聞こえた。レグはそれらを躱し、弾いて、絶対にそれらには当たらないよう専念しながら前に進み続けた。

 戦闘が本職ではないとはいえ、レグもれっきとした戦闘民族の末裔であり、パトレイトから勧誘を受けるほどの実力は持ち合わせている。聴力も常人より優れており、武器が飛んでくる音を聞き分けながら回避することは容易い。

 しかし、レイヴァは精神攻撃には弱い一面も持つ。濃い霧に晒され続けたレグの精神は、少しずつ蝕まれていった。

 まっすぐ進んでいたはずのレグの進行方向は、絶えず飛来する刃物と精神攻撃の影響で方向感覚がズレて行き、本人はずっと前に進んでいるつもりのまま、その場をグルグルと回るだけになってしまっていた。

 動きも鈍り、全身に傷を纏うようになる。しかし即効性の麻酔と精神攻撃の影響で、レグは自分が傷を負っていることにも気づかない。少しずつ、着実に追い込まれているレグは、延々と続く霧の中を走りながら、力が抜けていく感覚を覚える。


(くそ…せめて、アルかユーリに伝え、ないと…)


 レグは地面に槍の石突を突き立て、詠唱する。


風盾(ヴェンスクートゥム)


 激しい風が巻き起こり、レグに向かって来ていた刃物は軌道を大きく逸らし、あらぬ方向へと飛んで行った。しかし元々魔力の保有量がそこまで多くないレグにとって、足を止めてのシールドの展開は貴重な選択だった。

 炎と風の魔力を同時に集中させ、レグはその魔法を空に向けて放った。


花火(イグニロース)


 槍の先端から、火球が大きな音を立てて上空へ飛んで行った。

 そして上空で、更に大きな爆発音を立てながら、強い光を放ったままその場に留まった。


「…はあ、イヌワシやアルが懸念してたのはこれのことだったのか…それにしても、あんまりだよ…」


 レグには、もう目の前の景色さえ見るのが困難になっていた。彼に見えているのは、幼い頃の惨劇の光景。長時間にわたり黒い霧の影響を受けていたため、それによる精神攻撃の影響が顕著になっていたのだ。

 膝をつき、俯くレグ。相変わらず四方から刃物が飛んでくるので、風の盾を使って防いではいるものの、魔力に限界が迫っている。


「波ッ!!」


 そんな声と共に、地面が揺れた。黒い霧が一瞬で晴れ、周囲に散った。


「クソ、あの役立たずめ。あれだけ自分が捕らえると意気込んでおきながら…!!」

「…ユーリ」


 上空を見上げると、純粋な気だけで霧を晴らしたユーリの姿が見えた。手に持っていた三節棍で地面に衝撃を与えることで重力を相殺して安全に着地した後、ユーリはレグに駆け寄る。


「回復魔法はまだ使えるか、レグ」

「…ギリギリ?」

「そうか。少し休んでいてくれ。アレは俺が片づける。…遅くなって、すまない」


 申し訳なさそうに眉を顰めるユーリの顔を見たレグは、安心したように笑いながら答えた。


「えへへ、大丈夫。ユーリが来てくれたから」


 レグは自分の身体の傷に回復魔法を施す。麻酔の影響も取り除いて、体力の回復に専念した。

 ユーリは立ち上がり、背後にいた魔族を振り返り、殺気のこもった視線を向けた。霧は晴らされてしまい、全力を出すことのできない今の自分がユーリ相手に敵うとも思えず、魔族の男は唇を噛み締め、血が滲むほどの強い力で拳を握りしめていた。


「チッ、クソ!」


 ユーリは一瞬で、魔族との距離を詰めた。

 徹底的に計算と洗練が成された、縦横無尽に繰り出される三節棍の動きに魔族の男は防戦一方となっていた。このままでは間違いなく殺されると、勘が告げていた。しかし、このまま命令を実行できず帰れば、ほんの少し長生きができるというだけの違い。

 魔族の男に残されていた選択肢はそう多くない。目の前のこの男に勝つには、もう一度黒い霧を周囲にばら撒き、再びこちらが有利に働くよう仕向けるしかない。

 だが、その隙をユーリが与えるはずがなかった。

 肘関節を確実に狙った攻撃、だんだんと速くなるコンボを捌ききれなくなり、両腕の肘関節を粉々に砕かれた。間髪入れずに肩、膝、肋骨を粉々に砕かれてしまう。


「ぐああああッ!!」

「答えろ。俺たちを生け捕りにする理由はなんだ?」


 ユーリは魔族の男を踏みつけながら質問するが、痛みに悶え、肋骨が肺に刺さった状態ではまともに話すこともできなかった。大きくため息を吐き、ユーリは魔族の男の頭を粉砕した。


「…レグ、歩けるか?」

「うん、歩けるよ。ごめん、迷惑かけちゃった」

「迷惑だなんて思うな。…それより、アルが心配だ。早く合流しよう」


 レグはユーリのその言葉にうなずき、アルが持つ連絡用端末の位置を特定し、走り出した。

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