2話 対岸の火事
訓練場に着くと、雷クラスの生徒が、訓練用防具を取り付けた木の棒へ雷魔法を放っていた。威力も速度もまばらで、何人かが一番威力の高い生徒を囲み、コツを聞いている。担当している男の教員がこちらに気づき、近づいてきた。
「エレア先生も、訓練場を?」
「あぁ、反対側を使わせてもらうよ」
男の教員と目が合った。ずいぶんと目を細めて見てくる。
「また、死人を出すつもりですか」
「どのみち結果に変わりはなかったさ。不適合個体が淘汰されただけに過ぎない」
男は生徒たちを振り返ってから、声を低くした。
「俺はアンタのやり方を認めていない。この人でなし」
「ふふっ、彼らの進む道をあらかじめ提示しているんだ。私は君より余程人だよ」
「違う、それは指導を放棄しているだけだ! アンタは怠惰だよ」
怠惰か。あの男にも同じことを言われたな。
「私と比べると君は勤勉なんだろうね。まぁ、私から見ると君も私と同じだけどね」
「く、国に認められているからっていつまでも好き勝手していいと思うなよ」
「見当違いだな。ちゃんと飼育しているさ。なんだったら卒業式の決闘演舞は君の生徒たちと組んであげてもいいよ」
「……いいでしょう。彼らが実験動物ではないことを、私が証明してみせますよ」
男は吐き捨てるように言って去っていった。その背中を見送る気にもなれず、私は首を鳴らし、訓練場の的の前にすくむ精霊男へと歩み寄った。小刻みに震えているが、逃げ出そうとはしない。配置としては悪くない。
「じゃあ、お前、精霊を具現化しろ。そこの女は、こいつにポーションを飲ませろ」
「な、なあ。そのあと本当に気絶させるのかよ」
「そう言っただろう。精霊を呼んだまま、私の雷で意識だけを飛ばすんだよ」
「なっ、そのあと俺はどうなるんだよ」
「ちがうちがう。気にするのは精霊がどうなるかだ」
精霊男が拳を握り、的の前から一歩踏み出した。私は顎を上げ、こちらを見下ろす男を見返した。
「ふざけんなよ! こんなこと許されるはずがねぇ! 生徒の命を何だと思ってんだ! こんな学校辞めてやるよ!」
「好きにすればいいさ、誰も止めないよ。お前が『ミルファーゼ魔法学校を辞めた弱小魔法使い』って数年言われるだけだ。誰も困らないよ」
校門へ向かっていた精霊男の足が止まった。
「そんなの、この国の中だけだ! 隣国のアラインカプスに行けば魔法使いの需要があるって話は聞いたことがある!」
「そうか、隣国か。……同じ魔法を扱う者として心が痛いよ。止めはしないさ」
精霊男は再び歩き出し、放出女と特性も知らない男がその後を追った。私の前には自己強化女と髪の長い男の二人が残った。この男は、確か放出魔法がS評価だったか。
「お前は行かないのか?」
自己強化女は校門へ続く道を見たが、放出男の隣から動かなかった。
「せっかく、ここに入れたのに……」
自己強化女が震える指先を放出男へ向けたまま、こちらを仰ぎ見た。
「せ、先生。プローテくんの魔法で実験を続けたりしませんよね?」
「ん? ああ、こいつはS評価なんだろ。全力で放てば、お前が自己強化していても関係ないさ。焼け死ぬだけだ。続ける必要はない」
自己強化女はその場にへたり込み、浅い呼吸を繰り返した。喉の奥から、ヒューヒューと乾いた音が漏れている。
「た、助かった……」
「よし、別の実験を始めるか。その男にお前の腕だけを徹底的に焼かせる。お前は、欠損を治すために全力で自己強化をかけ続けろ。魔力が尽きそうになったらポーションを飲ませてやる」
「そ、そんなこと……。何になるっていうんですか」
「何になるか確かめるためにやるんだろ? 肉体が焼けるたびに自己強化で再生させる。同じ柔らかい皮膚を作り直していては、いつまでも焼かれ続けるだろう。その極限状態で、炎に耐える別の構造に変わるかもしれない」
自己強化女は口を開いたが、唇が震えるばかりで声が出なかった。首を横に振り、地面に擦りつけた手のひらで、土を掻きむしりながら後ずさる。
「残ったのはお前たちだ。安心しろ、腕だけだ。おい、B評価の上位程度まで威力を落とせ」
「はい」
「じゃあ始め!」
合図と同時に、自己強化女は身を翻して四つん這いになり、訓練場を離れようとしたが立ち上がることもできず、その腕へ放出男が炎を放った。
「きゃあああああ! あ、熱い。熱い……。止めて……消して」
自己強化女は腕に砂をこすりつけ、反対の手で炎を払った。払った手まで燃え移り、慌てて地面から浮かせて引き戻すと、今度は燃えている腕を地面へ押しつけた。
「おーい、早く自己強化しろ」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔がこちらを向いた。同時に魔法が発動すると、焼けて裂けた皮膚が塞がり、その上から炎が飲み込んでいく。再生したばかりの皮膚がまた崩れ、傷口から新しい肉が盛り上がってくる。
私はポーションの栓を抜き、自己強化女の口元へ差し出した。
「飲め。魔力が切れたら、ただ焼けるだけだぞ」
自己強化女は震える手で瓶をつかみ、口へ流し込んだ。途中でむせ、顎からこぼれた液が服に染みたが、腕の再生は続いていた。
「おい、威力は変えるなよ」
「はい」
損傷と回復を繰り返すうちに、腕の一部が黒ずみ始めた。そこだけは炎を受けても裂けず、周囲の皮膚が焼け落ちる間にも残っている。
放出男は炎の向こうの腕を見つめていた。
「先生、そこだけ焼けていません」
私は自己強化女の近くで身をかがめ、変色した部分へ顔を近づけた。
「おい! 何やってんだ、やめろ!」
振り向くと、校門へ続く道から精霊男が駆け戻ってくるところだった。男は私の脇を駆け抜け、放出男の腕をつかんで押し下げると、そのまま自己強化女との間へ割って入った。
「一旦止めろ」
放出男が魔法を止めると、自己強化女は魔法をかけたまま横に倒れた。精霊男が膝をつき、その肩を支えた。
「おい、大丈夫か。聞こえるか?」
私は二人の隣へしゃがみ、炎が当たり続けた腕を見た。黒ずんだ部分にも肉の柔らかさがあり、炭化して崩れているわけではなかった。周囲の傷が塞がっても、そこだけは元の皮膚へ戻らない。
クロノスの限界か。あるいは自己強化が、同じ皮膚を再生する無駄を省き始めたのか。だが、人間には、外からの情報を螺旋へ組み込む機構がない。この変異の制御はどこで行われているのか。再生に必要なものを、ほかの臓器から奪っている可能性もある。
いや、そもそも熱はどこへ行った。外へ逃がしたのか、受け続けられる構造になったのか。切って見ないとわからないな。
顔を上げると、訓練場の反対側で、雷クラスの教員がこちらを凝視していた。男の目が自己強化女の腕から私の顔へと移り、目が合うと直ぐに視線を逸らす。
「よし、治療室に運ぼう。おい、お前。こいつを持て」
「先生、さっきの退学の話なんだけど……」
「ふふっ、忘れ物を取りに教室へ戻ったのだろう?」
精霊男は私の顔を見上げたが、自己強化女の肩が震えると、すぐに視線を戻した。
「……俺が運ぶ」
男は自己強化女の背と膝の裏へ腕を差し入れ、焼かれた腕に触れないよう抱き上げた。自己強化女は弱々しく息を吐きながら、まだ無事な方の手で、精霊男の胸元の服を千切れんばかりに強く握りしめた。放出男はその横で、指示を待つように立っていた。
「お前も来い」
私が歩き出すと、二人の足音も続いた。
治療室に着くと、精霊男が自己強化女を治療台へ寝かせた。私は台の脇に置いてあったナイフを手に取り、変色した部分の表面を小さく削いだ。自己強化女の肩が跳ね、精霊男がこちらへ手を伸ばした。
「おい、何してんだよ!」
「実験結果を見るんだ。大きく切る必要はない」
「はぁ? 先に治療しろよ!」
「自己強化は続いている。腕も塞がっているだろう」
精霊男は削いだ跡を確かめ、自己強化女の顔へ視線を戻した。
私は変色していない部分からも薄く皮膚を採り、治療室の片隅にある顕微鏡で見比べた。黒ずんだ部分では、一つ一つの細胞の外縁が厚くなり、内側には、隣の皮膚にはない黒い粒が詰まっていた。さらに倍率を上げて螺旋を追うと、コルプスの一部にも隣の細胞とは異なる配列が見つかった。
素晴らしい。見事に書き換わっている。
自己強化の出力が跳ね上がったというわけではないのだろう。同じ威力の炎を受けながら、変化した部分だけは焼けにくくなっていた。少なくとも、B評価の上位程度の炎に耐えうる組織を、腕の一部に作ったということだ。
この黒い粒は何だ。熱を遮るのか、それとも熱を糧にする性質を獲得したのか。炎を止めたあとの再生も見ておく必要がある。
では、プリマはどうだ?
私は顕微鏡から顔を上げ、治療台のそばに立つ二人を見た。
「おい、お前たちはもう外に出ていろ」
「わかりました」
放出男はすぐに扉へ向かった。精霊男は自己強化女を見下ろしたまま動かなかったが、私がナイフを置くと、ようやく口を開いた。
「……ちゃんと治せよ」
男が廊下へ出ると、私は扉を閉めた。




