11話 擬態魔法
翌日、フェオリスに着いた私は、商業区の南通りへ向かった。見覚えのない聖堂を探して歩き回るより、ルミナ聖堂の修道女に場所を聞く方が早いだろう。手帳には、放出男から受け取った建物の形を描き留めてある。
ルミナ聖堂の前では、修道女が扉のそばに立ち、通りを行き交う人々の顔を確かめていた。こちらへ顔を向けたところで目が合うと、女は大きく息を吸った。
「あっ、見つけました!」
「ゆっくり眠れたか? 聞きたいことがあるんだが――」
女は首から提げていた小さな骨笛で甲高い音を響かせると、聖堂の奥から大きな棒を背負った男が飛び出してきた。
「フェルメノーメさん、この人です! この人が私を襲ってきた人です!」
男は修道女の前へ進み出て、私を見下ろした。
「アンタ、何が目的で戻ってきた」
「この街の聖堂について聞きたい。擬態魔法の研究施設を探していてね」
「擬態魔法? なんだそりゃ」
「知らないなら、ほかの聖堂の場所だけでいい」
「また誰かを襲うつもりか!」
男が背中の棒を抜き、私の喉元へ突きつけた。細めた目で睨んでくるが、棒の先は小刻みに震えている。
「落ち着けよ。前に来たのは、グレインの治療のためにだな」
男の肩の脇から、修道女が顔を出した。傾くベールを片手でぐっと掴み、その白い布の隙間から、鋭い眼差しがこちらに注がれる。
「グレインさんを襲ったのも、あなただったんですね!? あんな大けがをさせて、治療のためだなんて……」
女が一歩出かけると、男は腕を女の前へ差し出した。女は足を止めたが、私を見つめたまま唇を震わせている。
非凡な人間とは会話ができないな。治療の話をしに来たわけでもないのに。
「この街に、ほかの聖堂はないのか? 場所が分かればそれでいい」
喉元の棒が持ち上がり、顎を押した。
「アンタに教える義理はない。帰んな。二度とツラ見せんな」
「教えてもらえたら、すぐに帰るさ」
修道女は男の腕をつかみ、その脇から杖の先をこちらへ突き出した。
「ひ、東区にヴェール大聖堂があります。この商業区にある聖堂は、うちだけです! 早く帰ってください!」
「東区か。感謝するよ」
私が背を向けて歩き出すと、背後で棒が石畳を叩いた。振り返ると、男は棒を支えに膝をつき、修道女もその腕をつかんだまましゃがみ込んでいた。
東区へ入ると、建物の屋根越しに白い尖塔が見えた。近づくにつれ、その下に並ぶ大きなアーチ窓も見えてきた。色鮮やかなガラスが陽光を反射し、門の前まで明るく照らしている。
私は手帳を開き、尖塔と窓の並びを見比べた。放出男から受け取った映像の、あの聖堂だ。
武器を持った人々が門を行き来し、その間を、仲間に肩を借りた負傷者が運び込まれていた。治療を終えたらしい男が腕の布を押さえて出てくると、すぐ脇を別の負傷者が通り抜けていった。
さっきの聖堂とは大違いだな。
門をくぐり、扉を開けると、大広間では何人もの修道士が祈りを捧げていた。その奥の部屋では、寝台の間を修道士たちが慌ただしく行き交い、負傷者の治療に当たっている。私は通路を進み、地下へ続く階段の前で足を止めた。
暗がりへ沈む段の並びに、受け取った光景が重なった。この下か。
この国では、魔法を無力化する研究も進んでいたな。階段の下を覗き込んでいると、奥から短い悲鳴が聞こえた。続いて何かを打ちつける音が響き、私はその先を見ようと身を乗り出した。
何を使い、どの働きを抑えている? 資料にないところを、ようやく確かめられるかもしれない。
一段降りた途端、何の印も見えなかった足元に紫色の線が走った。光が足の周囲へ広がり、魔法陣の輪郭が浮かび上がった。
「なっ!?」
踏み込むまで見えないようにしていたのか。
咄嗟に指先へ集めようとした魔力が、足元へ引かれた。全身に激しい痛みが走って膝が折れ、階段の縁が目の前へ迫った。伸ばしかけた手に力が入らず、視界が暗くなった。
* * *
意識が戻ると、両肩の奥がひどく痛んだ。腕を引こうとしても、手首に食い込む木の縁が動きを止める。両手は頭の上で固定され、そこから伸びた紐で身体ごと吊り上げられていた。脚を動かすと、靴の先が床を擦った。
顔を上げると、薄暗い石造りの部屋で、人間が向かい合って魔法を放っていた。受ける側は身を固くして立ち、その足元には、何人もの負傷者が横たわっている。
指先へ魔力を集めかけたが、ほとんど残っていなかった。
あの陣に抜かれたのか。かすかに戻り始めてはいるが、今使い切っても、次を放つ余裕はないな。
魔力を収め、部屋の中を見渡していると、修道着を着た男がこちらへ近づいてきた。
「やっと目覚めましたか」
「お前は?」
「それはこちらが聞きたいですよ。あなたは何者ですか。なぜここへ?」
「知りたいことを探していたら、ここに着いたんだが」
「知りたいこと……。それがここのことなら、非常に残念です」
男は私の吊られた腕を見上げ、手首の固定具に指をかけた。
「あの陣は、踏み込んだ者の魔力で動くんです。あなたを倒したのも、あなた自身の魔力ですよ」
向かいで炎魔法が膨らんだ。受けていた女が吹き飛ばされて床へ転がり、その顔がこちらを向いた。
「せ、先生……?」
B評価の放出女か、こんなところでネズミになるとはな。
女が肘をついて身体を起こそうとすると、修道着の男がそちらへ顔を向けた。
「先生? 彼女の……なるほど、魔法学校の教師ということですか。我が国の情報を盗みに来たのですか」
「どうだろうね」
男が私へ手のひらを向けると、水が細長く伸びた。しなる鞭が脇腹を打ち、硬い棒で殴られたような衝撃に息が詰まった。
「ぐっ……がっ……」
次の一撃が肩を叩き、吊られた身体が揺れた。固定具の縁が手首へ食い込み、何度も打たれるうちに、顔を上げていることもできなくなった。
「彼女の教師なら、あなたも炎属性ですね」
男の声が、下がった頭の上から聞こえた。
「少しは魔力も戻っているはずですが、一度も放たない。適性は自己強化でしょう」
私が息を継いでいる間に、男は壁際にいた修道女を呼び寄せた。
「彼女を対魔牢へ入れてください。まだ聞かなければならないことがあります」
修道女が背後へ回り、吊っていた紐を解いた。足が床についても膝に力が入らず、そのまま崩れ落ちた。痛む脇腹をかばって息を吐いていると、修道女が私の腕を引いた。
私は顔を上げ、息を継ぎながら憐れみの目で見返した
「ふふっ、型にはまった黒い思考だな。底が見えるぞ」
男は私を見下ろしたまま掌を向けた。掌の前に水が膨らみ、その向こうで指の輪郭が歪んだ。
「言葉遊びに付き合っている暇はないのですよ」
膨らんだ水が太い束となって押し出され、私の腹を打った。飛沫が顎まで跳ね上がり、上体が折れる。
「ぐふっ……」
息を吸い直せないまま、再び視界が暗くなった。




