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人でなし魔法教師エレア 〜国家公認の研究者は、今日も生徒で人体実験をする〜  作者: カミツキ


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10話 魔法を以て魔法を制す

 朝、王都の地下研究室で試薬の小瓶に栓をしていると、助手が封書を差し出した。


「メルドの報告に、王からお返事が来ました」


 封を切ると、メルドの身柄を王城の管理下へ移すよう記されていた。交渉に応じられる状態を維持するという条件を満たしていないため、新たな捕虜の使用願いも、当面は受け付けないという。


 扉の外で待っていた兵士が入り、壁際の樽へ手をかける。


「まだ、切り離した腕が戻る速さを比べていないんだが」

「こちらで実験を続ける許可は出ていません」


 助手は樽を運び出せるよう、椅子を脇へ寄せた。階段を上がる足音が遠ざかっていく。


 あの動きを比べるには、生きた本体が必要だ。残した標本だけでは続けられないな。


 助手は扉を閉め、今度は机の上の紙の束を差し出した。


「エレア様、隣の研究班から届いたスライムの経過記録をまとめました」


 受け取った記録には、スライムの本体を布で覆っても、宿主の前で餌を動かすと、その方向へ触手を伸ばしたとあった。宿主の目も覆うと、餌の動きを追わなくなったという。宿主の目を使っているのか。神経へ命令を送るだけでなく、そこから情報を受け取ってもいるらしい。


 私はその箇所に線を引き、資料を鞄へ収めた。そちらも調べたいが、今日は先に昨日の続きだ。小瓶を持ち、魔法学校へ向かった。


 訓練場の端からは、今日も的を砕く爆音が響いていた。木陰のベンチに腰掛けて待っていると、精霊男とピュラがやってきた。ピュラは腕を胸元へ抱え、私の前で足を止めた。


「炎が戻ったのはいつだ?」

「夜明け前です。腕の奥で何かが弾けたみたいになって、目が覚めて……。その後で魔法をかけたら、いつもの赤い炎が出ました」


 投与から、およそ半日か。


 私は手帳に書き留めた。昨日は炎が見えなくなっても、熱と自己強化の力は残っていた。作用が切れた時刻の見当はついたが、試薬が腕のどこへ入り込み、どこで働きを失ったのかは分からない。


「でも、炎が戻ってからも、腕の奥がずっと軋むように痛むんです」


 ピュラは焦げた皮膚を指でさすり、途中で手を止めた。


「その痛みが何か、突き止めるための試薬だ」


 私は昨日と同じ濃さにしたシャマイラの分泌液を器へ注ぎ、細胞を取り除いたスライムの抽出液を混ぜた。研究室で試した標本では、オペルクラの縁が光り、新たにスライムの配列が入り込む様子はなかった。


「おい、腕に魔法を纏え」


 ピュラは器の中を覗き込み、ゆっくりと腕を差し出した。力を込めると腕の筋肉が盛り上がり、皮膚から赤い炎が立ち上った。私は一度強化を解かせ、炎が消えて熱が引くのを待ってから、その腕に試薬を塗り広げた。指先から微弱な雷魔法を流し、細胞膜に生じた裂け目を通して、試薬を内部へ送り込む。


「もう一度強化しろ。お前、こいつの腕へ炎を出させろ」

「……嫌だ。俺にやらせるな。またあいつが焼ける」


 精霊男が一歩後ずさると、ピュラがその袖をつかんだ。


「アトスくん、お願い。わたしの腕で何が起きてるのか、このまま分からない方が怖いの」


 男は引かれた袖を見下ろし、ピュラの顔を確かめた。女が手を離しても、今度は後ろへ下がらなかった。


「クッ……痛かったら、すぐ言えよ」


 前方に赤い光が集まり、精霊の輪郭を結んだ。その口から細い炎が伸び、ピュラの腕を包み込むと、皮膚の下に緑色の光が浮かび始めた。


 精霊男が炎を弱めた。その向こうで、ピュラ自身の赤い炎は見えなくなっていた。腕の周囲は陽炎のように揺れ、黒く焦げた皮膚の下には、緑色の斑点が肘から手首へまだらに散っている。


 目印が働いたか。


 光の分布を手帳へ描き写していると、手首の近くでパチッと乾いた音がした。緑色の斑点が不規則に点滅し、その境目から火花が散った。


「あぁっ!」


 ピュラが腕を引き、精霊男はすぐに炎を止めた。女の指が固く握り込まれ、細かな火花が消えても、その拳は開かなかった。


 取り込んだ成分を、身体が異物として弾いているのか。夜明け前に腕の奥で何かが弾けたという感覚も、この反応に関係しているかもしれない。


 本人の血肉を混ぜれば、異物としての反応を弱められないか。


 私はポケットからメスを取り出した。


「ピュラ、少し肉を寄越せ。本人の細胞を混ぜてみる」

「え、どこを――痛っ!」


 しゃがみ込み、無傷な太ももから皮膚と肉を薄く削ぎ取ると、精霊男が鋭い声を上げた。


「おい、何してんだ!」


 私は削ぎ取った血肉を器へ落とし、ヘラですり潰した。濁った試薬をピュラの腕へ塗りつけ、再び雷魔法を放った。女は切られた太ももを押さえていたが、私が手を引くと、歯を食いしばって腕を伸ばした。


「もう一度だ。精霊男、炎を出せ」


 男はピュラの顔を見つめたまま、精霊に炎を吐かせた。腕に力が込められると、皮膚の下に緑色の光が戻った。


 今度は火花が散らなかった。光は先ほどより途切れずに広がり、ピュラも痛みを訴える様子はない。


 反応が変わった。本人の細胞を混ぜたことが、偽装として働いたのだろうか。


「いい、外の炎は止めろ」


 精霊の炎が消えても、緑色の光は残った。私はその分布を手帳へ描き足したが、やがて、腕の向こうに見える地面の揺らぎが薄くなっていることに気づいた。皮膚の下の光は、むしろ明るさを増している。


 ピュラが肘を曲げかけ、途中で止めた。


「……腕が、すごく重いです。中が、熱くて……」


 昨日は見えない炎でヘラを赤くするほど、外へ熱を出していた。今は周囲の揺らぎが弱まる一方で、本人は内側の熱を訴えている。


 本人の組織を混ぜたことで、想定より広い範囲に試薬が定着したのか。熱を外へ逃がす働きまで抑えているなら、強化を続けるほど組織に負担がかかる。


「今日はここまでだ。魔法を解け」


 ピュラが息を吐くと、緑色の光が薄れて消えた。女は腕を下ろしたが、精霊男が支えようと手を伸ばすと、まだ触れさせずに自分の胸元へ引き寄せた。


 私は手帳に最後の光の位置を書き込んだ。光が広がった範囲は記録できた。だが、螺旋のどの配列まで覆ったのかは、やはりこれだけでは分からない。


 擬態魔法を実現させるためには、どの働きを残し、どこを抑えている?


 手元の資料を継ぎ合わせているだけでは追いきれない。本物を直接確かめる必要があるな。道具を鞄へ収め、立ち上がった。


「今日は帰って休め」


 ピュラは腕を抱えたまま、私を見上げていた。精霊男が何か言いかけたが、女がその袖を引くと、彼は口を閉じて隣へ寄った。


 私は二人を残し、学生寮の治療棟へ向かった。放出男の病室の扉を開けると、ベッドの上で膝を抱えていた男が肩を跳ねさせた。私が近づくにつれ、踵がシーツを擦り、身体が壁際へ下がっていく。


「お前も、擬態魔法の実験に使われたんだろう。どこで何をされた?」

「ひっ……! や、やめて……もう、いやだ……」


 男は頭を抱え、顔を伏せた。短く切れた呼吸の間に、聞き取れない言葉が混じる。私がベッドの脇に立っても、こちらを見ようとしなかった。


 今も、この部屋にはない何かを見ているのだろうか。


 朝に読んだ記録では、スライムは宿主の目を通じて餌を追っていた。神経から受け取れるのなら、今この男の中で蘇っている光景も、外へ取り出せないか。


 魔法で神経の働きを乱し、意識を飛ばすことはできる。流れている信号を潰す代わりに、自分の知覚へ引き込めばいいのではないか。強く流せば、受け取る前に男の意識が途切れるだろう。神経そのものを損なうかもしれないが、言葉で答えられないなら試すしかないな。


 私は男の頭を押さえ、こめかみに指を当てた。


「今、何が見えている?」

「い、いやだ……ッ!」


 男が首を振ろうとするのを押し留め、微弱な雷魔法を流した。その経路を通じて男の神経の信号を引き込もうとすると、目の奥で白い光が弾けた。病室の壁が見えなくなり、細かな明滅だけが視界を埋める。


「あ……がっ……がが……」


 強すぎるか。私は魔力をさらに絞り、指を当てたまま待った。


 明滅の向こうに、冒険者ギルドの建物が浮かんだ。次に見えたのは、見覚えのない聖堂だった。その正面が歪んで消え、足元が暗い階段に変わった。降りた先には何人もの人間が並び、一人が炎を放つと、その向かいにいた人間が床へ倒れ込んだ。


 どこからか声がしたが、言葉になる前に途切れた。同時に放出男の身体が大きく跳ね、視界に病室の壁が戻った。


 放出男は私の手の下で力を失い、ベッドへ崩れ落ちた。指を離すと、伏せた顔の脇でシーツが呼吸に合わせて僅かに動いていた。


 私は手帳を開き、見えた聖堂の形と、冒険者ギルドの建物の特徴を書き留めた。フェオリスの近くに、擬態魔法の研究施設があったはずだ。あの階段が聖堂の地下へ続いているなら、まずはその周辺の地図や建物の記録と照らし合わせてみよう。


 書き終える頃に、ベッドの上で衣擦れの音がした。男がゆっくりと身体を起こし、自分の両手を確かめていた。


「……俺、何を……」

「お前が擬態魔法の実験を受けたのは、聖堂の地下か?」


 放出男は唇を開きかけたが、言葉は出てこなかった。先ほどのように頭を抱えることはなく、やがて小さく首を振った。


「分かりません……。さっきまで、あんなに怖かったのに……」


 擬態魔法の名を出しても、呼吸は乱れない。信号を引き出した際の雷が、恐怖に関わる神経の働きにも影響したのか。今は反応が治まっているようだが、これが続くかも見ておきたい。


 私は手帳をポケットへ押し込んだ。


「次の授業は訓練場へ来い。その時に、もう一度話を聞く」


 男は両手を膝の上に置き、私の顔を見上げた。私は鞄を持ち、病室を出た。


 次の授業までに、あの聖堂を探さなければならないな。

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