09:悪癖と泥
感傷に浸ったのもつかの間、視線を足元に堕とした瞬間またいつもの癖が顔を出す。
パサついた土、うっそうとした木々。やけに日当たりはいいが、傾斜もある。先ず人に売り出す為には土地の質から変えていかないと売り物にならない。加えて、そこに対しての労力とリターンが合わない。土を変え質を上げ、やっと売れるモノに変えたとて買い手はつかないだろう。
なんせここには何もない、よほどの物好きしか買わないだろう。
――いや、そもそもここに現世の価値を持ち出してもそれこそ無意味だ。この世界、狭間に金銭的価値を見出したとてだな。
「どうしました?」
「癖でね。初見の土地だと、つい査定してしまうのさ」
指に付いた土を拭い、急に立ち止まった理由を説明した。職業柄、土地についてついつい価値を見定めるようになってしまった。
そういえばサトリに俺の職業を言ったことがなかった。
俺を構成するうえで、結構なウエイトを占めるのだから説明しておくべきだったな。サトリが此処から脱出する鍵を握っている以上、適宜俺の情報開示はしていこう。
「そうでしたか、ならやはり貴方は彼に会うべきだ」
「なぜそうなる。俺は、なら会うのは控えようかってなるかと思っていたんだが?」
「ふふ。私の慧眼を舐めてもらっては困ります、きっと貴方は彼を心を優しく解せるはずです。是非協力をお願いします」
「ま、いいけどよ。だがもし水と油で喧嘩になっても勘弁してくれよ、俺はここまで来て営業みたいなことしたくねえからな」
得意げなサトリを後目に、俺は首をかいた。せっかく仕事のあれやこれやから解放されたのだ、こんなところまで笑顔を張り付けてたまるものか。
営業という技能を取り除いた一般成人男性に妖怪を説得してみろと言われても何をどのようにしてやればよいのやら。
「さあ、そろそろ休憩はよいでしょう。こちらを」
そう言って先ほどまで自分で持っていた包みを手渡してくるサトリ。てっきり何かの貴重品かと思っていたが、渡してくるとは違ったのか。とすれば、泥田坊への手土産といったところか。
「慧眼を持つのは私だけではありませんね、その通り。彼に少しでもいい印象を与えたいので、特製の茶葉で煎じた茶を淹れて持ってきました。冷めても美味ですよこれは。」
どこかの重役にアポなしで商談へ向かう時を思い出して、俺は明後日の方向を見た。嫌な思い出ってのは何でこうも鮮明に思い出せてしまうのか。人間の欠陥だぜ。
「……どうしました?明後日の方向を見て苦笑いをして」
「やぁ~な思い出に浸ってただけだ。さ、行こうぜ」
顔を叩いて俺達は再び足を動かした。
ひりひりと頬が痛むが、思い出したくもないことを忘れるのにはちょうどいい。
*
「もうすぐ、泥田坊が管理する土地につきます。と言っても何か仕切があるわけでもなく、だだっ広い田畑に成り損ねた土地なんですがね」
サトリの言葉通り、田舎道を歩いているだけで何かの目印もない。森を出てからというものの、どれほど歩いたのかもわからない。
「目印らしいものですか。――おや、そんなことを言っている間に見えてきましたよ。納屋が」
「ほう?泥田坊の所有物か。しかし、酷い有様じゃないか。あの小屋、所々腐ってるぜ」
遠方に見えた小屋は先ほど休憩した掘立小屋よりも簡素なオンボロ小屋で、手入れが行き届いていない様子。それは、泥田坊がこの土地を管理しきれていないことを雄弁に語っていた。
自然に満ちた景色だが、よくよく見てみれば『跡地』であることが見受けられる。
畦道の痕跡、朽ちた用水路、小屋の付近には錆びた農具が転がっていた。
ここでもこんな嫌な景色を見るとは思ってもみなかった。人が人のために元々あったモノを破壊した痕を。
「そらそうか。人がいるのならこういった行為は必ず起こるわな」
「……現世では、ごくありふれた光景でしょう。田畑は荒れて、そこに人はいない。泥田坊、彼はそんな僻地でただ一人閉じ籠っているのです。」
サトリから語られる泥田坊の人物像は、俺の知識にあるそれと何ら変わらないものであった。サトリの眼には、確かに憐憫が籠っている。
「たとえそれが、私の独りよがりの偽善だとしても、私は彼を放っておけないのです。しかし……私の言葉に聞く耳を持ってくれない。そこで貴方の出番というわけです」
会話をしながら湿地帯を進む。田んぼであったであろう泥の中に人型の何かが蠢いている。
いよいよ、ご対面ってわけだ。
「お久しぶりです、泥田坊」
「また、来たんか。心読みの坊主、おどれにゃあ……いいや誰だろうとここは渡さん。いい加減諦めんかい」
みすぼらしい服を纏った泥まみれの痩せた身体……いや、泥と一体化しているのか。流動性を持っているように見受けられる。その腕を振るう度に、辺りに泥がびちゃりと跳ねた。
「どうせまたおどれのお節介が起因で、人間が食う米の備蓄が尽きたからこの土地を使わせろじゃなんじゃと宣うつもりじゃろうが、くれてやるものかよ。ここァ、何より大事な儂の全てじゃ。何人たりとも触れさん」
鋭い眼光が、サトリを貫く。
「いいえ泥田坊。今日はお話をしにきただけですよ、会わせたい人がいましてね」
「なんじゃと?儂ぁ誰に会いとぉないし、会話する気もない。おどれにァ迷惑はかけとらんじゃろうがい。放っておけ。昨日の雨でまた田が荒れてしまった、ちゃんと元に戻さねば……」
平行線をたどる二人の会話。少し悲しそうな顔を見せた後、サトリは俺を泥田坊に見せた。
「彼は昨日此処へ迷い込んだ現世の人間です、私の見立てが正しければ貴方の悩みを解決してくれると思いますよ」
「ご紹介にあずかりました――と言ってもそんな大層な人間じゃないが、話し相手ぐらいにはなれる。茶を持ってきた。どうだろうか」
俺の差し出した手を取らずに、泥田坊は俺に向かって泥を投げつけてきた。
「ふん!儂にかまうな!話をする気ぃなどないわい!」
この狭間で初めて向けられた悪意。
出会い頭の評価としては、ぶっちぎりでワーストだ。
おもしろい、つまらない等、どんな感想・評価でもいただければ私はとてもうれしく思います。
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