08:運動不足と森林浴
小鳥のさえずりと、風が木々を撫でる音を聞いて一日の始まりを覚える。
すねこと別れた翌日、昨日とうって変わって晴天に恵まれたようだ。サトリが用意してくれた鯖を食べながら、俺は今日どんな出来事が起きるのだろうかと薄らぼんやり考えていた。
「お粗末様でした。さて、今日は折り入って貴方に頼み事があります」
「頼み事?」
「えぇ。昨日すねこすりの『隙』を見事埋めて見せた貴方の手腕を見込んで、是非会っていただきたい方がいましてね」
食器を片した後、サトリが食卓の対面に座り話しかけてくる。昨日できなかった案内でもしてくれるのかと思ったら、会わせたい奴とな。
まあ、一宿一飯以上の義理は皿洗い程度で返せると思っていなかったし、断る理由も無いだろう。その会わせたい奴と合う道程で、この狭間の事も知れるかもしれないし、帰る為に埋める必要があるという俺の『隙』のヒントがどこに転がっているかもわからない。
「その方の名は『泥田坊』。かつて私が説得を試みるもあえなく撃沈してしまった方。私には、彼が貴方と同じ傷を負っているように見えた。すねこすりの孤独を埋めたように、貴方ならば或いはと思ったのです」
「フゥん?了解した、俺が出来ることならやってやろうじゃないか」
正直、俺にそんな誰かの傷を癒すなんて言う高等技術が備わっているとは到底思えないが、まあ……実際会ってみないと分からないな。
「有難うございます。では、食休みを済ませたら早速出ましょうか」
「おう、案内頼むぜ」
泥田坊とやらが、俺の記憶にあるものと同じであればいいのになと心の中で思案する。
確か1つ目の妖怪で、田んぼを耕していた貧しい男が、悔恨などによってモノノ怪に転じた姿と記憶している。泥の中から体を出し、1つしかない目をぎらつかせこの土地は俺のモノだ、田を返せと繰り返し叫ぶのだとか。
すねこすりとは違い、一筋縄ではいかなそうな匂いがプンプンするぜ。なんたって俺とそいつとでは完全に対極、土地を奪う側と奪われる側だ。水と油なんじゃないかと思うが……サトリは一体俺の中に何を見たのだろうか。
「会えば、恐らく感じ取るはずですよ。あの爺さんは私よりも頑固者ですから」
「だからこそうまく行くか心配なんだが」
俺の懸念をよそに、サトリはさっさと支度を済ませていく。曰く、泥田坊の管理する土地はこの小屋より数キロはなれているという。俺はその距離にも戦々恐々とした。
いくら営業で一般の事務の人達より足腰は弱っていないと言えど、現代病を患っている齢30を越したくたびれお兄さんが歩ききれるとは思えない。
「そう後ろ向きになることはありません。山道ではないし、なだらかな道ですから、ほら……なんと言いましたか……当世風の言葉で……ひ、ち?いや違う。なんとか……にっくとか」
「ピクニックって言いたいのか」
「そう、それです。いけませんね、長く生きると新しい言葉を覚えるのも一苦労だ」
大層なピクニックもあったもんだ。休日はベットから抜け出ることすらないまま半日を終えることが大半だった俺にとっては大分堪える。明後日は筋肉痛だな。
*
小屋を出て歩く。とぼとぼと頼りない足取りで森に入り、木々の匂いに身を浸す。
コンクリートジャングルとは空気が全く違う。
なんというか、澄んでいるというのか。空気がスッと気道を通り肺を満たす。
「どうですか、そろそろ休憩を挟みましょうか」
「いいや、存外動けている。おじさんもまだまだ現役だなと思っていたところだ」
傾斜のない平坦な道であることが結構プラスに働いているのか、予想に反して今のところほぼ疲れていない。
俺も捨てたもんじゃないと自分自身を鼓舞しながら、草を踏んでいく。革靴じゃなくって助かった。シャツのボタンをひとつ外して流れる汗をぬぐう。
初夏の気温だとは思えない程過ごし易い温度だが、動いているとじんわりと汗が滲む。
「アンタはよくそんな草履ですたすた行けるよな。なんか歩くコツがあるのか?」
「コツですか。ふぅむ。特段気にしたことはありませんが……しいて言えば、地面に対し垂直に立つこと……でしょうか」
顎に手をやりながら俺の質問に答える。どこかの夏祭りの時に草履を履いたことがあったが、鼻緒が足に食い込むような感じがしてまともに歩けなかった記憶がある。
立ち方でそこまで変わるものなのかねえ。
「あと少しすれば森を抜けます、抜けたら近くに休憩所があります。簡易的な日除けと長椅子が置かれてある掘っ立て小屋ですが、小休憩にはもってこいでしょう」
「そうか、まだ動けるがまあ無理はいけないからな。まだ泥田坊のところまで距離はあるんだろ?」
小屋から数時間、まだまだ目的には遠い。身体を使い慣れていない男が体力管理などできるはずもないので、適宜休める時に休むのも重要だろう。
数分後、木々の海を抜けた所にサトリの言っていたであろう簡易的な木造の小屋が目に入る。見た目は小屋というよりバス停みたいな感じだな。
だれが立てたんだろうか、妖怪ならばサトリのように疲れるという事も無いだろうし、もしかしたらここにも人間がいるのかもしれない。
「敏い。その通りこの小屋は貴方のお仲間が立てたものですよ。森をぬけるのだって私達には一苦労。人にしか分からん苦労もあるんだよ、と何度も言われたものです」
「簡単なことだ、フィジカルはアンタ達の方が上だもの、俺じゃなくっても誰にだって導き出せる推論さ」
木で出来たベンチに腰かけて、俺は空を見やる。
先ほどまで木々に遮られて見られなかったが、所々雲のかかる青い空が目に通る。
画面越しではない実際の青は、俺の拙い語彙力では到底洗わせられない程美しく思えた。
おもしろい、つまらない等、どんな感想・評価でもいただければ私はとてもうれしく思います。
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