43:虚構と死
嘘まみれの自宅にて、俺は優しさに包まれる。サトリからの衝撃の告白と共に披露された特殊技能で、俺は現実世界にある俺の自室を完璧に模倣した空間に立っていた。
何がちょっとだけすごいだ、酒吞童子にも勝るとも劣らない幻術じゃないか。
「はは。買いかぶりすぎですね、私のこの幻は酒吞童子の幻術を間借りしたうえで初めてできる離れ業。それも彼の同意なしでは成立しないものですので」
曰く、サトリが覗き見た俺の心象風景を具現化したものだそうで、酒吞童子の幻想の上にそれを重ね掛けすることで、この幻覚は成り立っているらしい。
テーブルの質感から、部屋の温度、どれをとっても現実のそれと変わらない。彼ら妖怪の言う現実と幻想の違いなど些事であるという事が、いやでも感じ取れた。
「我は我の力を何に使おうがどうでもええからな、えらいモンみせてもろてるさかい、気分ええわあ。」
酒吞童子が近くにあったテレビのリモコンを弄りながら適当に言葉を紡ぐ。
どこまでも綿のように軽い彼の言動に、重くなっていた俺の感情が徐々に冷静に、正常になっていく。
浮世と常世の狭間の中でも、さらに境界にあたる朧げな空間。
つまり、ここには『意味』がない。
生と死すら曖昧な空間で、俺はただひたすらに立っていた。
狭い自室では、見つけたくない、直視したくないものなんてすぐ見つけてしまうだろうから。
何の変哲もない俺の家には、きっとある。
俺の心の中で、もっとも醜い虚像が。
心当たりなら、ある。リビングから向かって右手。俺の寝室に足を向けた。
面白いことに、俺達がその場を離れると元々いた場所は霧がかかったように霞んで見えて、また戻ると現実味を取り戻す。まるで何かのゲームの視点移動みたいだと場違いな感想を得た。
「珍妙な空間だな」
「ええ、これは私が見た景色ですので。非常に不安定なのです。なので一度に複数個所を具現化できない。皆ひとところに集まって行動してください。」
「面倒やねえ、ほなはやいことお目当てのもん探そか」
他のみんなが思い思いの場所を探す中、俺は迷わずそちらへ進む。
俺が寝室の戸を開けると、『それ』は佇んでいた。
瘴気のような淀み。
人の形をした、空気のゆがみ。
手作りの仏壇……その呼称が正しいのかと問いたくなるほどの出来栄えだが……その前に佇むそれは、やはりと言うべきか女性の形をしていた。
「俺が……作り出した偽物……なんだろうな」
仏壇と同じように、俺は彼女の幻影を作り出した。
木の板に色あせつつある写真を立てかけて、御猪口に水を張ったみすぼらしい贋作。骨も灰もそこにはない。……『星河未来』はそこにいない。だが、その偽物は偽物の前に立っている。
「……」
雪女は黙って『それ』を見つめていた。
沈黙が、重くのしかかる。
「やっぱり、喋らねえか。そこまで都合よくできちゃいないな」
「なんや、そこの幻影はガワだけかいな。えらい大層な呪いやと思ったら、そうでもないんやねえ」
酒吞童子が微動だにしない影を見て肩を落とす。
彼の言う通り、この影は俺の彼女である『星河未来』を模ったに虚像。俺が、俺の保身のために生み出した偽りの果て。
故にこそ、このような悍ましさを持った姿になってしまったのだろう。人のナリはしているが、黒い霧のような瘴気に包まれていて輪郭が朧気だ。所詮一般人の想像力では、これが限界といったところか。
本来の、美しい彼女とは正反対の怪物だ。
俺は、そんな怪物の彼女に向かって歩き出す。
俺は、救われた。
俺は、助かった。
俺は、許された。
俺は、愛された。
「悠弥さん、貴方」
「サトリ」
俺を止めようとするサトリを、雪女が阻む。何故俺の味方をしてくれたのかは、彼女が先ほど答えた通りだろう。
愛を、彼女に見せる。
これが、俺の愛だ。
「サトリ、有難うよ。まさか、こんなことが許されるなんてなァ。結局約束は果たせねえが、……まあアイツ等には謝っといてくれよ。」
ここは現実と狭間のそのまた間。ここで起きたことは現実にも反映される。
人が生み出した呪いに似た何か。きっと俺はあれに触れたらただじゃすまない。
直感がそう告げていた。
俺はそれを承知で、黒い淀みを纏う彼女の形をした何かに向かって歩く。
俺が生み出したのだから、俺がケリをつけなくっちゃあなあ。
我ながら芝居がかった独白だなと思いながら、俺は黒に触れる。
痛みは、無かった。
反応も、無かった。
「そらそうだ、意志なんてあるはずねえ。俺が作り出した呪いなんだからよ」
「悠弥さんっ!いけない!」
酷く慌てているサトリの様子を見て、いくら彼とてこの状況、この俺の選択を想像できていなかったのだろう。
「そんなことを言っている場合じゃあないっ!」
「やめえやサトリ、さっきの口上聞いてへんかったん?覚悟の上や。男の覚悟を安くさせたあかんで」
強引にこの空間を消そうとするサトリだが、主導権は酒吞童子にあるようでそれは失敗したらしい。助かった。
吞み仲間として、認められたってコトかね。
さて、と思考にひと段落つけて俺は彼女……偽の未来の窪んだ瞳を見つめる。
「ごめんなあ、俺のせいでこうなったってのに、恰もお前が悪いみてえによお……」
「――」
ぎゅっと、力の限り抱きしめた。
上着にのかっていた雪女の雪が完全に融けて、その代わりと言わんばかりに真っ黒い霧が俺を包み込む。
存外に、心地よいものだ。
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