04:自然と違和感
「つまり、アンタのそれはある種のコールドリーディング。俺の職場でもよぉ~く利用されてる詐欺師や黄金色の眼をした人間が使う技術だ」
サトリは驚いた表情のまま、しかし徐々に口元に笑みを浮かべ始めた。
「成程、成程。貴方は本当に面白い方だ。確かに、心を読むという行為は観察と推察の技術でもある。ですが――そうですね……」
サトリの細い目が、ほんの少しだけ開かれた。
「そう仰るのであれば、貴方が今……心の奥底で何を一番恐れているか、私が当ててみましょうか」
「なんだと?」
俺の論理に、それ以上の事で返してくるサトリ。俺の心の内など、別に覗いたところでなんとも面白くないだろうし、別に大したことではない。俺は分かりやすい男だからな。
「無論、私の能力、眼とて万能ではありません。全てを見透かす千里眼のようなものではなく、たったひとつ、その対象の心を薄い膜越しに視ることができるだけ。つまらない能力とも言えぬ技能。ですが、貴方の心の内……己でも気づかぬうちに蓋をした悔恨や懺悔などを透かして見ることは出来ますよ」
サトリの双眸が、俺を貫く。
どくり、と心臓が強く打った。俺の心を暴露されたとて、何ら気にすることはない、隠さねばならない悪行や恥ずかしい黒歴史などは俺にはない。はずなのに。俺はひどく緊張し困惑していた。
「過去には帰れない。過去は変えられない。だからこそ、貴方は人の死を乗り越えるのではなくそのまま飲み込んで蓋をした。そんな貴方は全てを失う事を恐れ、全てを手放して生きている」
俺は目を見開いて奴を見た。
人が驚愕したときよく言われる、開いた口が塞がらないという表現は全くの見当違いだと痛感する。口を閉ざすどころか、息をすることすら忘れるほどの衝撃。
こいつは俺のトラウマを、観察では暴けない過去を暴露してみせた。俺の論理は見当違いであると証明するために。
――落ち着け。落ち着け。
誰かと死別した経験などあり触れている。俺は特別じゃない。恐らく食事の時何かを感じ取り、当てずっぽうとは言わずとも下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるで言ってきたものが偶々クリティカルヒットしたにすぎない。
「それを言い当てたとて、アンタの観察眼が飛びぬけて凄いってこと以外に……感情は出てこないぜ」
「なるほど、貴方の中ではそう辻褄を合わせているのですね」
俺の言葉を、否定も肯定もしないサトリ。
これでは平行線だ。心を読む妖怪、特殊技能を持つ人間、そのどちらともいえるし、そうでないともいえる。
「いや、いい。そうだ、そもそもアンタが何者かなんてのは些事だ。大事なのはここがどこで、どうやったら帰れるか。だ」
これ以上この議論に意味を見出せず、俺は次の疑問をぶつけた。本題だ。
サトリはどのような目的で俺を此処に誘い、歓迎しているのか。古い因習が残るとんでもない集落であった場合に、俺の命に危険が及ぶ。少なくともそれを完全否定できるまでは警戒を解くことはできないだろう。
「えぇ、そうですね。ここで論じているよりそちらの方が有意義でしょう」
俺の問いに、何かわけのわからないことを呟いたサトリ。
コイツの悪癖を見つけた、自分が読心術を持つかからかは知らないが、他人もそれができると思っているんじゃないか。言葉が足りないというか、うまくかみ合わない。
「そっちってどっちだ、問いに対しての答えとしては赤点だぞ、補習待ったナシだ」
「おっと、すみません。百聞は一見に如かず……実際に見ていただこうと思いまして。何分私はヒトと近いから、他の子たちを視ればわかっていただけるはずだ。雨の降らぬうちに、どうです?」
徐に立ち上がり、こちらに向けて手を差し出してくるサトリ。
俺はその手をそっと自分の手で払った。きっとサトリはここまで想定しているはずだ、保身第一の、疑心暗鬼に陥っている男がわざわざ危険の潜む外に出かけるという択をとるはずがない。故にサトリが本心で通したい提案はこの次に来る何か。
一度断られる前提で話を振り、その次に本命をぶつけるというセールスマンの常套手段だ。
故に、「まあ、いいぜ。その話、受けてやるよ」と俺は逆に襖の方へ向けて顎をしゃくった。
「おやおや――では、行きましょうか」
俺が手を取らなかったことで行き場を無くした手をゆっくりとしまい、サトリは微笑んだ。
*
襖を開けると、湿り気を帯びた空気が流れ込んできた。
灰色の雲が空一面に広がり、さっきより低く垂れ込めている。
「軒先の戸締まりをしておきますので、あちらの小道を少し歩いてみてください。」
サトリは雨戸に手をかけながら、庭の先を指さした。
「庭に出てすぐ襲われるなんてのは御免だ、俺はお前から離れん。出るのであれば一緒にだ」
「はは、そのように血気盛んな子はいませんよ。安心なさい」
そう言うが早いか、サトリはさっさと雨戸に取りかかってしまった。はやりこいつ、人の話を半分だけ聞いて勝手に段取りを決めるタイプだ。
一人取り残されて、手持ち無沙汰になって忍び足で外に出た。
雨が降る前の、独特の匂いが俺を包む。
木々の緑が、妙に鮮やかだった。都会で見慣れた街路樹とは違う、絵の具を塗ったような濃い色彩。現実離れした美しさに、一瞬息を呑む。
庭から玄関、俺が意識を取り戻した小道へと続く道をとぼとぼと歩く。
周りに建物も畑もない。あるのは自然だけ。ここに価値はあまりつかないんじゃないか、とつい思えてしまい自己嫌悪に陥る。せっかくこうして都会の喧騒から離れたというのに、思考の癖は簡単に抜けてくれない。
自然の中に身を置いて、何を考えるでもなくただ歩く。
歩数を重ねて違和感を覚える。どこかで、この景色を見たことがあるような既視感。風が吹くたびに何かを囁かれているような感覚。その感覚は、ここは尋常ならざる世界だと語っているかのようで。
――いや、気のせいだ。
ド田舎の景色などあり触れている。どこか、ドキュメンタリー映画やアニメで見た景色と重ねているだけ。単なる錯覚だ。
耳が人の声を聴きすぎたことによる幻聴だ、サラリーマンとしての疲労がありもしない言葉を俺の耳の中で鳴っているに過ぎない。
俺は足を止めて深く深呼吸をした。
いつも吸っているモノとは全く違う澄んだ空気が俺の肺を満たす。
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